さとう桜子さん(美容ライフアドバイザー・エステティシャン、がん患者向けビューティサロンセレナイト運営)

さとう桜子さん(美容ライフアドバイザー・エステティシャン、がん患者向けビューティサロンセレナイト運営)

がん患者であっても「女性であること」「私らしくあること」をあきらめたくない。そんな女性を対象に、ビューティサロン「セレナイト」を運営しているのが、自らもがん治療を経験した、さとう桜子さんです。自身の体験とキャリアを生かし、がんと闘う女性たちをサポートするさとうさんの「セレナイト」に注ぐ思いをライフネット生命の社内勉強会でお聞きしました。

■見た目の変化に関する悩みをサポートする場所がない!

2013年6月、築地駅近くにビューティサロン「セレナイト」が誕生しました。(2020年4月に目黒へ移転済み)優しく柔らかい色調とインテリアでまとめられた安らぎの空間は、単なるサロンではありません。がんの治療中にダメージを受けた肌を少しでも美しくし、心と身体をポジティブに導くことを目的にしたビューティサロンです。

サロンを運営し施術も行う、さとう桜子さんは、メイクアップアーティストとしてキャリアをスタートし、その後国内外の化粧品メーカーで経験を積んでこられた美容のプロ。高齢者施設を訪問してマッサージやメイクを行う活動も行っています。年齢を問わず、フェイスケアやメイクアップが女性に与える可能性を追求するさとうさんが「セレナイト」をオープンしたきっかけは、自らの体験にありました。

2011年の春、子宮体がんを告知されたさとうさんは、その後リンパへの転移が見つかり、2度の手術と6回の抗がん剤治療を受けています。この間、彼女を苦しめたのは、抗がん剤の副作用だけではありません。肌が荒れ、髪が抜ける、身体がむくむといった外見の変化による心理的なダメージも大きかったと語ります。

「抗がん剤の治療で、髪の毛、眉、まつげがなくなりました。爪も黒くなり、足がむくんで左右の靴のサイズが違ってしまい、肌もボロボロ。なんとかしたいとエステサロンに駆け込もうとしたら断られました。がん患者は受け入れられないというんですね。やっと見つかったサロンでは非常に傷つく結果になった。かつらを取って、つけまつげを取った瞬間にエステティシャンに驚かれたからです。私はこんなに人を驚かせてしまう外見になったのかと思うとつらかったですね」

脱毛、むくみ、手術の傷跡、乳房の再建手術の跡、手のひらや足の皮むけ。がん患者を苦しめる見た目の変化は、多岐にわたります。しかし、美容に関する相談をしたくても病院や患者会しかなく、そこもがん患者の美容に対する理解がじゅうぶんとは言えません。

「若いがん患者も増えています。その多くが治療と仕事を平行させていますが、外見の変化に関する悩みをどこに相談していいのかわからない。エステサロンにも理解があるところが少なく、サポートする場所がないのが実態です。それならば自分たちで作ろうと、美容の仕事をしている私を中心に、がん治療仲間の友人2人と一緒にスタートしたのが『セレナイト』。ただ、残念ながら私以外のメンバーは亡くなりました」

■患者と家族が楽になれる場所にしたい

プライバシーの保たれる落ち着いたセレナイトの空間

プライバシーの保たれる落ち着いたセレナイトの空間(写真は移転前のもの)

「セレナイト」は、美容相談の場であり、がんに対する不安や恐怖を共有する「心の表出」の場であり、かつ、苦しみを吐露する「話し相手の場」。そこには、美容のプロであり、がん治療の経験者であるさとうさんの配慮やアイデアが随所に盛り込まれています。そのひとつが、家族で来店される方向けのスペースです。

「一緒にサロンを始め、その後亡くなった友人は、酸素ボンベでつながれて車いす生活を送っていたので、彼女も来られるようにと広めの部屋を借りました。途中で具合が悪くなっても横になれるよう、大きめのソファを入れています。ご家族の方にも横になっていただけますし、実際、ご家族4人でいらっしゃるケースもありますよ」

サロンには、かつらをかけるスタンドも。これは脱毛し、かつらを利用している方に向けてのアイデアです。

「みなさん、かつらの下にはアンダーキャップをつけていますが、その上にかつらをかぶり、ピンで留めているので痛いんです。治療が続くと頭に輪っかの跡ができるほど。そこで、来店したらすぐに取っていただけるようにスタンドを用意しました」

「セレナイト」利用者の約半数は乳がん患者。自分で胸を触るのが怖くて洗っていないという女性も少なくありません。そこで、さとうさんはマッサージをする前に顔からデコルテを丁寧にクレンジングしています。乳房の再建手術を受けた方はうつぶせになることができないことから、座った状態で足浴をし、その間に背中のクレンジングとマッサージも行う方法も取り入れました。

「抗がん剤の治療で大量の汗が出る方もいらっしゃるので、休憩をはさみながらお手入れをするようにしています。胸をじろじろ見られたり、病気について根掘り葉掘り聞かれるのが一番つらい。心のなかを吐き出し、楽になって少しでも綺麗になってもらいたいし、ご家族にとっても楽になれる場所が目標です」

■目指しているのはカモフラージュメイク

外見が変わってしまい、人前に出られないという女性を勇気づけたいと、さとうさんが追求しているのがカモフラージュメイクです。

「綺麗になるメイクではなくて、あくまでもカモフラージュ。外見の変化で人に驚かれたり不憫に思われるのはつらい。でも、カモフラージュすれば相手に気を使わせずに済むし、本人も人前に出る勇気が出ます。ある患者さんは引きこもり状態だったのが、『セレナイト』でメイクの仕方をお教えしたら、その1週間後に会社に復帰されました。そういうお手伝いをしたいですね」

美容のプロだけに、さとうさんが提案するカモフラージュメイクは具体的です。例えば、つけまつげの利用方法。つけまつげを買ったら半分か3等分にして、目じりだけにつけ、後はアイラインを入れれば、まつげが生えているように見えるという方法です。

「つけまつげはうまく付けないと、リカちゃん人形のようになって、人に『どうしたの?何があったの?』と聞かれてしまう。隠したいのに逆にバレてしまうんですね。でも、この方法なら安全で時間の短縮にもなるし、ちょっと練習をすればできるようになります」

来店されるのは美容の上級者ばかりではありません。日本女性のエステサロン利用率は約50%。「セレナイト」においても同様です。洗顔とクレンジングの違いを知らず、肌荒れにはどんなクリームがいいのかもわからない。そうした美容初心者も視野に入れながら、さとうさんは誰にでも始めやすく続けやすい方法を伝えています。

「化粧品をまったく持っていない場合には買う必要がありますが、そうでなければまず自分がいま持っているモノを活かした方がいい。そのためにお客さまには化粧品を持参してもらい、その中から使い方のヒントをご提案しています」

リラックスできる時間と空間の中、美容の知識とがん患者としての経験を踏まえて提供される効果的なケアとアドバイス。「セレナイト」が女性たちに支持されているゆえんでしょう。

(後編につづく)

<プロフィール>
さとう桜子(さとう・さくらこ)
美容学校卒業後、ヘアーメイクアップアーチストを経て化粧品業界へ転向し、フランスのブランド・オルラーヌでエステの技術を習得。その後ソニアリキエル新宿伊勢丹チーフ、カバーマーク、ケサランパサランのマネージメント、トレーニング担当を経て、2009年からエステダムジャパン設立メンバーとして大手エステブランドや百貨店、代理店の教育、企画運営を手掛ける。2013年6月からはがん患者向けビューティサロン「セレナイト」をオープン。ビューティアドバイザー兼エステティシャンとしてサロンの運営に力を注ぎつつ、化粧品ブランドでのトレーナーとしても活躍中。
セレナイト

<クレジット>
取材・撮影/ライフネットジャーナル 編集部
文/三田村蕗子