写真左:岩瀬大輔(ライフネット生命保険 社長)、右:小林りんさん(インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)代表理事)

写真左:岩瀬大輔(ライフネット生命保険 社長)、右:小林りんさん(インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)代表理事)

ライフネット生命保険の開業8周年記念感謝イベントが2016年7月3日、東京・秋葉原で開催され、日本初の全寮制国際高校、インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)の代表理事・小林りんさんと、ライフネット生命保険社長の岩瀬大輔による特別対談が行われました。テーマは、「子育て世代と考える:グローバル・ネット時代の教育のあり方とは?」。子育て世代必聴の内容が盛りだくさんとなったトークショーを、2回にわたってお届けします。

■子どもは親の背中を見ている

岩瀬:僕とりんさんは学生時代からの友人で、卒業後の20年弱の人生も互いに交差するようにたどっています。2人とも外資系の会社に就職した後、ネットベンチャーに転職して、ちょうど同じくらいの時期にアメリカに留学をしました。それから僕はライフネット生命を始めて、りんさんは国連児童基金(UNICEF)の仕事でフィリピンに行った。

りんさんは今、インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)で代表理事を務めています。僕らの世代としては2人ともちょっと変わった経歴で道なき道を進んできたところもありますが、社会起業家になったりんさんの場合は多摩市の職員から市長になられたお母さまの影響も大きかったのではないでしょうか。

小林:母は福祉に携わりたくて市の職員になり、ソーシャルワーカーを経て、ボランティアセンターの所長などを務めていました。毎週末、点字教室や多摩川のゴミ拾いといったボランティアに行くのが当たり前で、家族で旅行した記憶とかがほとんどありません。2002年に前職の市長が汚職で逮捕されて出直し選挙が行われることになった時に、たくさんの市民の方がうちを訪れて、「選挙に出てくれ」と。それで立候補して8年間市長を務めました。母は、人のためになることが自分の喜びであると純粋に思っている人で、その背中を見てきたというのが大きいとは思います。

岩瀬:今日は教育がテーマになりますが、やはり親ができることは、自分の背中を子どもに見せることに尽きるのではと思います。僕が子どもの頃の記憶としてあるのは、父がダイニングルームの机にノートを広げて中国語を勉強していた姿です。

若い時に研修で香港や台湾に行っていたようで、ちょっとかじっていた程度だと思うんですが、今でもタイ語の勉強をするなどとにかく勉強好きです。子どもに「勉強しろ」と言うような親ではなかったのですが、僕にとって、父がいつも勉強している背中を見ていたことは大きかったのではないかと思います。

■子どものうちに育むべき「3つの力」

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岩瀬:家庭では親が自分の背中を見せて教えることもありますが、学校では何を教えていくべきだと思いますか?

小林:ISAKでは、3つの重要な力を掲げています。1つ目は多様性に対する寛容力。2つ目は問いを立てる力。3つ目は、困難に対して果敢に挑戦していく力です。3つ目については、私は「リスクテイクの力」とも言っています。これから時代はますます混沌とし、これまでにないスピードで社会が変わっていきます。国際情勢だけでなく、人工知能(AI)の進化もそう。多くの職業がAIに置き換わるだろうと言われている中で、今の子どもたちは、私たちが想像できない時代を生きていくのだろうと思います。

岩瀬:3つの力はどれも大事だと思いますが、それを「どう育むか」という課題があると思います。たとえば1つ目の「多様性に対する寛容力」については、どのように育んでいくのですか?

小林:ISAKでは、生徒比率にして約7割、金額ベースで5割以上の奨学金を給付することで、国籍だけでなく経済格差や宗教観の違いなどあらゆる多様性を内包する学校であろうとしています。今の子どもたちが大人になった時に一緒に仕事をする相手が、中国人とかアフリカ人ということもありえます。そうなると、アイデンティティーの衝突は当然あるという前提で物事を考えないといけません。実際、高校生にもなれば異なる歴史観を持つ物同士で意見がぶつかることもあります。ある程度のアイデンティティーが確立された人間が集まった時に生じる衝突にどれだけ直面していけるかということが、寛容力につながるのではないかと思います。

岩瀬:僕は28歳の時にアメリカに行きましたが、向こうではよく「I disagree」と言われました。日本人って、「まあいいかな」と思う程度ならスルーするけれども、アメリカの学生たちは「ちょっと自分と意見が違うな」と思ったらすぐに「I disagree」と言ってくる。日本人は、仲がいい相手と議論するのが苦手な上、いろんな物事について明確なオピニオンを持つということが当たり前になっていませんよね。アメリカだと夫婦間でも政治の突っ込んだ議論をしている。
りんさんの話を聞いていて、日本人は自分なりの意見を持ってそれをきちんと相手にぶつけるという訓練がされていないのでは、と思いました。

小林:そのような状況は、ISAKの寮の中でも日常的にあります。たとえば掃除は、寮ごとに自分たちでルールを決めた上で行われていますが、「クリーンな状態」という認識が国によって全然違うので、きれい好きの日本人はストレスを溜めやすい。

「これでもう十分きれいだよね」と思っている人たちに、どうやって「いや、きれいじゃないからもっと掃除しないといけない」ということを伝えてきれいにしてもらうのか。そういう実践が寮の中で起こっています。歴史や理科の授業でも、ただ自分たちの主観をぶつけ合うのではなく、生徒たちにいろいろな立場の役を与えて、「自分がその立場だったらどうするか」と考えながら議論してもらうことを重視しています。

■子どもの限界は親が決めている

岩瀬:3つ目の困難に立ち向かう力というのも「言うは易し」で、実際にどのように育めるものなのかみなさん知りたいと思うのですが、ヒントになることはありますか。

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小林:ISAKでは「プロジェクト・ウィーク」といって、年に2回、1週間完全に授業を休みにして生徒に好きなことをゼロからやってもらうという課外活動を実施しています。プロジェクトのスタート時に、たとえば「ネパールの大地震で倒壊した山間部の村の医療施設と学校を再建するために、クラウドファンディングで数百万円の寄付を募りたい」という壮大なプロジェクトを企画するようなチームがありました。

こういう時に、ネットで寄付金を集めることにまつわるリスクを心配したり、子どもが失敗しないように横から指導したりする親や教師が多いと思いますが、ゴールが大きすぎても私たちはいったん見守るようにしています。失敗をしたりリスクを取ったりする彼らを、親や教師、私も含めて、見守っていくことが大事だと考えているからです。ただそのためには、忍耐と信頼が必要になります。

プロジェクト・ウィークを通じて私が気づいたのは、子どもの限界って親が決めているんじゃないかな、ということです。「高校生だとこれ以上は無理だ」と思って止めてしまうからそこで終わってしまうのであって、止めずに続けさせれば子どもたちはすごいことができると思います。

岩瀬:それは大人のキャリア論にも通じる話かもしれません。すごいことを成し遂げた人たちを見ていると、能力や行動力のある人ばかりとは限らないんです。周りからは「それはありえない」と言われそうなことでもやり続けてしまう人が、結局成功している。子どもは親の背中を見て育つものなので、教育という面で大人も「自分はここまでしかできない」という自分自身のリミットを作らないほうがいいと思います。

小林:そうですね。教育統計学では、社会における成功と強い相関関係にあるものが2つあるといわれています。ひとつは、「自分はできるんだ」と自分に思わせることのできる自己肯定感。もうひとつはレジリエンス(resilience)です。
胆力とか、耐えて頑張る力とも言い換えられますね。松下幸之助さんも、成功するには、諦めずに成功するまで続けることだと言っています。プロジェクトの進行中には思うようにいかないことが必ずありますが、そこでやめたら結果的に失敗だって言われるようなことも、何回も何回も耐えて、ようやくスタートラインに立つことができるのだと思います。

(つづく)

 

<プロフィール>
小林りん(こばやし・りん)
1998年東大経済学部卒、2005年スタンフォード大教育学部修士課程修了。大学で開発経済を学び、国連児童基金(UNICEF)のプログラムオフィサーとしてフィリピンに駐在、ストリートチルドレンの非公式教育に携わる。2008年に帰国、インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)代表理事。ダボス会議の40歳以下のメンバーである世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダー2012」に選出される。2012年日本政策投資銀行主催「第1回女性新ビジネスコンペ」にて日経新聞特別賞を、日経ビジネス チェンジメーカー・オブ・ザ・イヤー2013、日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2014大賞。

<クレジット>
文/香川誠
撮影/村上悦子