写真左:小林せかいさん(未来食堂)、右:出口治明(ライフネット生命保険 会長)

写真左:小林せかいさん(未来食堂)、右:出口治明(ライフネット生命保険 会長)

日本IBM、クックパッドでエンジニアとして活躍した後、東京都千代田区・神保町に「未来食堂」を開いた小林せかいさん。定食屋「未来食堂」には、これまでの飲食店にはなかった楽しい仕組みが導入されています。ひとりの客として「未来食堂」の虜になったライフネット生命会長の出口治明が、小林さんにお店を開いた経緯や画期的なシステム導入の背景や思いについて迫りました。

■メニューは土曜に来店したお客が考える!?

出口:「未来食堂」にはこれまで4、5回うかがっていますが、本当に気に入っています。

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小林:ありがとうございます。

出口:僕はムダが嫌いなので、お茶も自分でいれて、ご飯も自分でよそえるのがいい。「あ、これは僕にぴったりの定食屋さん」と思いました(笑)。でも、小林さんは大学で数学を勉強して、卒業後はエンジニアとして働いていたんですよね。こういう食堂を開かれたのはどうしてなんですか?

小林:よく珍しいキャリアだと言われるんですが、もともと小さい頃からお店をやりたいというイメージが自分の中にあったんです。日本IBMから転職したクックパッドが、みんなでご飯を作ったり作られたりという職場だったので、そこから定食屋という構想が具体化していきました。

出口:小林さんがひとりでやっているということは、仕入れもご自分でされているんですか?

小林:仲買人さんといって、築地でお買い物をする方たちに頼んでいます。25時までに注文すれば朝6時に届けてくれるんですよ。たまたま今日は、「中トロがちょっと余ったからどうですか」と言われたので、100g 650円と格安で仕入れました。明日、来れば食べられますよ。

出口:それはもう明日来るしかないですね(笑)。メニューはいつ考えるんですか?

小林:土曜日にお店に来たお客さんに端から順に聞いていきます。「来週、何が食べたいですか」って。

出口:それは面白いですね。考えなくてすみます(笑)。

小林:メニューを考えるのはストレスなんですよ。あの料理は最近作ったからとか、また同じになるとか考えなくていいのは楽ですね。

出口:もし、作ったことがない料理をリクエストされたらどうするんですか?

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小林:ダメとはいいません。「タンドリーチキンがいい」と言われたら、週末にインド料理屋に言って、作り方だけじゃなく盛り付けなども合わせて勉強させてもらいます。山形出身のお客さんに「芋煮が食べたい」と言われたら、都内の山形料理屋さんを探し出します。

出口:うーん、それはすごいシステムですね(笑)。

小林:一種のユーザーインタビューです。土曜日のお客さまが食べている定食は先週、誰かが決めたもの。誰かが食べたいと思った料理が今週出てくる。お客さま同士がそこでつながるんです。

出口:レシピは考えなくていいし、土日は勉強の時間にあてて、調理技術もあがっていくわけですからとっても合理的で良い方法ですね。

■売上や原価を公表しているワケ

出口:お店を50分手伝ったら1食無料になる仕組みも面白いし、最初にお店にうががったときにいただいた割引券にも驚きました。この100円の割引券には、電話番号も書いてあるので名刺代わりにになるし、小さいので財布の小銭入れにもちょうど入る。入れておいたら使うのを忘れなくて済みますね。(笑)。

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小林:これ、お連れ様も割引になるんですよ。皆さま100円引きです。自分だけが得をするのでは友達といっしょに来づらい。でも、みなが割引になると人を誘いやすいと思ったんです。

出口:ものすごくきちんと考えられているんですね(笑)。感心してしまいます。お店の事業計画書や売上、仕入の原価も公開されていますが、あれはなぜですか?

小林:普通、会社は売上を公開しています。今期の業績はこうで、来期はこうしたいと株主にアナウンスするのが当たり前。個人の飲食店にはそれがないのは矛盾していると思いました。

出口:なるほど。ライフネット生命でも保険料の内訳(いわば“原価”である純保険料と会社の経費に充てられる付加保険料)を全部オープンにしていますが、業界に40数社ある生命保険会社の中で、同じようにオープンにしているところはいまだゼロ。仲間がいません。

小林:すごくよくわかります(笑)。お店に飲食店の方がよくいらっしゃって、「売上を公開しているのはすごい」と言われることが多いんですが、そのわりには誰も真似をしない(笑)。原価だけじゃなくて、いろいろな人が働けるシステムなども全部公開していますが、どこにも追随されていません。

出口:いわゆる社会常識じゃないんでしょうね(笑)。

小林:そうですね。共感以外の何かがないと、こちら側には来ないのかもしれません。

■予想外だった伝播の仕方

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出口:「未来食堂」に対する世の中の反応はどうでしたか? 想像通りだったんでしょうか?

小林:最初は、ミーハーな形で有名になるかなと思っていました。おかずのオーダーメイドシステム(まかない)を取り入れているので、お笑い芸人が来てとんでもない要望を出すとか(笑)。おもしろおかしく伝播されていくのかなと思っていたら、違いましたね。私のキャリアだとか、システム自体、システムをオープンにしていることについてネットや新聞が取り上げてくれています。

出口:「未来食堂」をGoogle検索してみたんですが、たしかにとても真面目な形で広がっていますね。

小林:「未来食堂」のことを知っている人はライフネット生命のお客さまと似ているように思います。20代〜30代でネットに強く、自分で情報を取りに行く人たちに共感されている。ただ、そういうファンばかりが増えてしまうと、他の層が入りづらくなってしまう。そこは気をつけたいと思います。

出口:信者が多く集まるような、同質的な仲良しクラブになると多様性がなくなりますからね。

小林:はい。12席の店をひとりで切り盛りしている規模感だと、信者を集めて経営するのもアリだとは思うんですが、私はそういう風にはしたくない。先日、北海道の帯広に行ったら、ある方に「未来食堂を知っています」と言われました。

お店に来てもらわないと利益は発生しないんですが、私としてはそういうところにすごく価値を感じるんです。同質的なコミュニティになると、止めてくれる人がいなくなるので、経営的に間違う確率も高くなると思いますし。

出口:そう、突っ込んでくれる人がいてくれた方がいいんですよ(笑)。そして、いろいろなことをやってみて、反応を見ながら変えていくのが一番だと思いますね。

小林:うちの店は毎日メニューが違うので、日々、進化しています。例えば、揚げ物ひとつとっても、いまは60点の出来かもしれないけれど、1か月後に来てもらったらもっと美味しくなっている。完成したメニューがすでにある普通のお店と異なる点です。毎日、学びがあります。

出口:学ぶのは楽しいですよね。最後に、店名の由来について聞かせてください。

小林:「未来」としたのは、今は驚かれているこのあり方が、いつの日にか“普通”として受け止められていることを願ったからです。“未だ来ていない”ので、未来なわけですね。新しいけど懐かしい感じがするお店をイメージして、その後に「食堂」とつけました。

出口:進化するイメージがありますね。この店名に「小林せかい」というお名前がよく似合う。

小林:ありがとうございます。店が入っているビルは日本教育会館なので、お店は「日本」の「世界」の「未来」なんですよ。縁起が良い(笑)。

出口:ライフネット生命も100年後には世界一というビジョンを持っていますので、お互いがんばりましょう。「未来食堂」を通じて、小林さんはこれからお名前のように、きっと世界に進出していくと思います(笑)。

<プロフィール>
小林せかい(こばやし・せかい)
1984年大阪生まれ。東京工業大学数学科卒。2008年に日本IBMに就職。その後、クックパッドに転職。両社で6年間、システムエンジニアとして活躍後、飲食の道へ進む。仕出し弁当店や大手飲食チェーン、料理代行業などで1年4か月ほど修行した後、2015年9月に東京・神保町に、メニューは日替わりの定食1種類のみ定食屋「未来食堂」をオープン。プラス400円を支払えば、その日、お店にある食材の一覧表を見て2品まで食材を選び、食べたいものをオーダーできる「あつらえ」、店で作業を50分手伝うと無料で一食が食べられる「まかない」など、楽しく効率的なシステムを導入し、話題を呼んでいる。2016年9月、『未来食堂ができるまで』(小学館)を上梓。
●未来食堂

<クレジット>
取材・撮影/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子

【お知らせ】


未来食堂 小林せかいさんとライフネット生命会長 出口のトークイベント「『未来食堂』の秘密を語る 」が2016年11月23日(水) 代官山 蔦屋書店で行われます。詳しくはこちらをご確認ください。