渡辺貴一さん(NPO法人Japan Hair Donation & Charity (JHDAC)代表)

渡辺貴一さん(NPO法人Japan Hair Donation & Charity (JHDAC)代表)

頭髪や頭皮に悩みを持つ18歳以下の子どもたちに、寄付された髪の毛で作ったフルオーダーメイドの医療用ウィッグを無償で提供しているJapan Hair Donation & Charity(JHDAC)。

捨てられてしまう髪の毛を子どもたちのために役立てたいと、美容師の渡辺貴一さんがJHDACの設立に動いた経緯や、贈呈先のお子さんの反応など、ボランティアや寄付文化の本質に迫るお話にぜひ耳を傾けてください。

■髪の毛を扱う仕事を通じて世の中に恩返しをしたい

──JHDACは、日本で初めて「髪の寄付を募り、お子さんにウィッグとして提供する団体」として設立されました。渡辺さんがJHDACを立ち上げたきっかけを教えてください。

渡辺:僕は美容師としてずっと髪の毛に携わる仕事をしてきました。その仕事でお金儲けをするだけでなく、何か世の中に恩返しができないかと考えて、たどりついたのがヘアドネーション(髪の毛の寄付)でした。21世紀はイノベーションの時代というと大げさですが、お金儲けで一生終わっていくのはかっこ悪いと思った。何か古臭いというか、旧態依然と言うか……今にして思えば、新世紀に相応しい新たな美容師像を模索していたのだと思います。

──設立メンバーは3人だとお聞きしました。

渡辺:自分を含めて現役の美容師3人で自分たちのサロン“THE SALON”をオープンする際に、JHDACを立ち上げました。メンバーの一人はニューヨークにも拠点があるし、もう一人はロンドンで修行をして、向こうに住んでいた経験がある。僕も若いときにニューヨークで修行をしたので、海外でヘアドネーションという活動が行われていることは知っていました。だったら、その日本版をやろうじゃないかという単純な理由ですね(笑)。

──8年前の設立時、ヘアドネーションという概念はまったく日本では馴染みがなかったと思います。寄付は順調に進んだのですか?

渡辺:いえ。もう、全然ダメですよ。サロンの立ち上げ後、とにかく髪の毛を集めることからスタートして、ホームページで告知をしましたが、1か月にひと束、髪の毛が届く程度。1年後に法人化してブログをスタートすると、週に1束ぐらい届くようになり、少しずつ増えていきました。

■一般の女性たちが活動を支えてくれた

──現在は、ドナー(髪の毛を提供する一般の方)に代わってカットした髪の毛を郵送したり、長い髪のお客様にヘアドネーションを案内する賛同美容室がずいぶんと増えています。

渡辺:実は、これは僕たちがやったことではないんです。JHDACの活動を支えてくれたのは、過去も現在もずっと、いわゆる「普通の人たち」です。

──JHDACとして美容室に賛同を募ったわけではないんですか?

渡辺:そうなんです。JHDACの活動を知った女性たちが美容室に行って、「髪の毛を切る前に、バラバラにならないようにまとめてからカットして、切った髪の毛は持ち帰りたい」と美容師さんにお願いしていたんですね。そうすると、当然、美容師さんは「それはなぜですか?」と聞くじゃないですか。そこから、美容室にもJHDACの情報が行き渡り始めて、賛同する美容室が増えていきました。寄付した後にヘアドネーションに関して積極的に発信をしてくれる、ボランティア精神の高い女性も多かったですね。

ドナーから提供された髪の毛を、丁寧に色と長さを合わせて一つの束にまとめられる

ドナーから提供された髪の毛は、丁寧に色と長さを合わせて一つの束にまとめられる

──まず動いたのは一般の方で、美容室の協力は後からなんですね。

渡辺:そう、「お客さんから聞きました」という形で、大阪を中心に全国に広がってきました。現在は、賛同する美容室が登録できるシステムも設けていますが、それもお客さまから「私が住んでいる県には賛同店がないので、広げてほしい」という声が届いたので、徐々に整備していきました。

──行動力はたくましいですね。ドナーはどんな方が多いですか?

渡辺:当初は若い女性が多かったんですが、次第に子育て世代に広がり、いまでは全年齢層にまたがっています。男性もいらっしゃいますよ。特に、小中学生などドニー(提供を受けるお子さん)と同世代の皆さんにも急速に広がっており、テレビで紹介されたことを機に50代以上の世代にまで波及しました。

──今年に入ってからはタレントさんがブログでヘアドネーションに対する思いを告白するなど、発信が相次いでいます。影響はありますか?

渡辺:大きいですね。いまも日増しに寄付が増えています。下手すれば、JHDACを立ち上げた最初の頃の1年分ぐらいの量が1日に届く。取材も多くて、昨日はスポーツ紙の取材がありました。この種の情報から縁遠いと考えられる50代以上の男性にも知られるようになった(笑)。そこまでいったらある意味完結です。

■本人の意志で使いたいと思ったときに使ってもらえればそれでいい

──これまでにヘアウイッグを提供したお子さんの数は124人、順番待ちの人数は107人とのことですが(2016年11月時点)、どういったお子さんが多いんでしょう?

渡辺:脱毛症や無毛症など、頭皮および毛髪の疾患のお子さんです。その8割〜9割が原因不明、もしくは先天性か事故ですね。後は、小児がんの治療の副作用に苦しむお子さんです。

──ウィッグはフルオーダーメイドですよね。採寸から提供までの流れを教えてください。

渡辺:お子さんの頭のサイズを採寸した上で制作に入り、完成したウィッグを着用していただき、お好みのヘアスタイルにカットします。ウィッグそのものは、採寸を終えてからなら約2か月で完成しますが、それ以前に、髪質と色を揃えないといけないので、トリートメントと呼ばれる専門的な前処理や長さ別の仕分けに時間がかかるんです。その作業は中国で行っていますが、実際にウィッグに使える量となるとかなり少なくて、1体のウィッグには、約20名〜30名分の髪の毛が必要な計算です。

──本当にきめ細かに制作されているんですね。そうして作られる世界でただひとつのウィッグを受け取ったお子さんたちの反応はいかがですか?

渡辺:ここは重要なポイントなんですけど、髪の毛に問題を抱えているお子さんの全てが、ウィッグを必要としているわけではないんです。いらないというお子さんもいる。ただ、逆にウィッグを必要だと思う保護者は多いと思います。

ウィッグを付けた経験があれば分かると思うんですけど、1日つけると圧迫感や締めつけがキツイし、ガンで毛が抜けた場合などは頭皮がヒリヒリするので、その状態でウィッグをつけるのは大人でも大変だと思います。それなりに重量感もありますし、チクチクして気持ち悪いという感覚もある。そういう意味では、好んでウイッグをつける子ども、特に小さなお子さんは少ないかも知れませんね。

──子どもの意志というより、保護者の意志が勝っているケースも多いんですね。

渡辺:高校生や中学生になれば自分の意志で使いますし、4才でも5才でも、自分がほしいと思ってつけるお子さんもいる。そういう場合は、装着感などもある程度我慢できると思いますし、美容師さんに仕上げのカットをしてもらった後は、本当に嬉しそうな表情を見せてくれます。

ただ、お子さんの中には、自分に髪の毛が無いことでお母さんが泣いているけれど、私がウイッグをつけたらお母さんは泣かないで済むのかな、と思って着用するケースもあるんじゃないでしょうか? 自分に髪がないと周りが気を使うので、周りの人のためにつけるというお子さんも少なからずいると思います。

ですので、親御さんがお子さんを思う気持ちは重々承知の上で申し上げるなら、ウィッグを着けるということについて、できたらお子さんと同じ目線で向き合ってほしいと思っています。ウィッグを受け取ったけれど、お子さんがいやがってかぶらないというメールが来ることもありますが、それならそれでいいと思います。だって、かぶるのはお子さんなんですから。

──本人の意志で使いたいと思ったときに使ってもらえればいいわけですよね。

渡辺:そうですよ。ないよりある方がいいのは保険と一緒(笑)。何かフォーマルなセレモニーがあるときに、ウィッグが活きてくる。そういう時、ちょっと我慢してつけてみた、というので十分です。よく「私の髪が子供たちの笑顔につながれば」というお言葉をいただくんですが、常に笑顔じゃなくてもいいんじゃないでしょうか? 皆さんもそうだと思うんですが、辛かったら泣けばいいし、落ち込んでしょげることもあるのが、本当の人生です。

僕は、人を思う気持ちとか、誰かの役に立ちたいという純粋な気持ちは、ちゃんと子どもたちに届いているという気がします。ドナーとして髪を送ってくださる皆さんには、それを信じてほしい。

極端な話、子供たちが喜んだとか笑顔になったということとは関係なく、自分の満足だけで終わってもいい。贈った相手が喜ぼうが喜ぶまいが、そもそもパーソナルな問題です。ドナーの善意を受け取ってくれてありがとう、それだけでいい。それこそが寄付文化なんじゃないかと思うんです。

<プロフィール>
渡辺貴一(わたなべ・きいち)
日本でいくつかの美容室勤務を経て渡米。ニューヨークのトップサロンに勤務した後、帰国。ヘアサロンにてカラー・ダイレクターをつとめた後、2008年に「THE SALON」を設立すると同時に、NPO法人Japan Hair Donation & Charity(JHDAC)を設立し、代表として精力的に活動している。
●JHDAC

<クレジット>
取材・撮影/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子