突然ですが、日本人のどれくらいがストレスを感じているのでしょうか? 今や「ストレス大国」とも言われるように、「ストレスなんてない!」と断言できる人は、滅多にいないのではないかと思ってしまいます。
厚生労働省の「平成25年国民生活基礎調査の概況」によると、「日常生活で悩みやストレスがある」と答えた人の割合は、男性43.5%、女性52.2%と全体の約半分。働き盛りの世代に限定すれば、
「20歳~29歳」男性:43.3%、女性:54.4%
「30歳~39歳」男性:48.6%、女性:59.6%
「40歳~49歳」男性:50.3%、女性:59.7%
という結果になっています。全体的に女性の方がストレスを感じている傾向にあるようです。
統計学者・本川裕氏はこの調査結果を見て、「意外と少ないな」と思ったそうです。特に近年は職場のパワハラや過労死といった問題が連日のようにメディアに取り上げられることから、実感としては、もっと「ストレスがある」と答える人が多いのではないかと予想していたのです。
しかし、この結果をそのまま鵜呑みにするのは微妙なようです。本川氏は著書『統計データが語る 日本人の大きな誤解』(日本経済新聞出版社)で、日本人とストレスの関係について、興味深いデータを提示しています。
■統計の見方によって真逆の結果に
本川氏はOECD各国の職場のストレス状況を調査したデータ(「Society at a Glance 2009」)から、「日本は仕事のストレスが少ない国である」という結論を導き出しています。
同調査では、国ごとに「ストレスの多い仕事かどうか」という設問に対する回答を集計。すると、日本は全体の中で21か国中16位(72.0%)と低かったのです。ちなみに、1位はスウェーデンで89.5%。そのほか、フランスは86.7%、イギリスは86.3%、アメリカは78.6%でした。
さらに、「くたくたになって帰宅するか」という設問に対しては、日本はもっとも低い21位(73.6%)でした。う~ん、本当に日本人は諸外国に比べて職場環境に恵まれているのでしょうか?
実はこのデータの読み方について、本川氏は注意を促しています。
同調査の元になったデータは、国際比較調査グループの「ISSP(International Social Survey Programme)」が作成したものでした。その調査項目をよく見ると、仕事のストレスに関する設問は、仕事にストレスが「いつもある」「よくある」「ときどきある」「ほとんどない」「まったくない」という5つの回答から選ぶもの。OECDのデータは、このうち3つの「ある」という回答をまとめたものでした。
そこで本川氏は、特にストレスを感じている回答項目である「仕事にストレスが『いつもある』」だけで国別ランキングを作成してみたところ、日本は21カ国中4位(14.3%)になったのです。反対に、OECDのデータでは1位だったスウェーデンは14位(7.1%)と真逆の結果になってしまいました。
これはどういうことなのか?
■日本人は「低ストレス」と「高ストレス」に二極化
本川氏によると、欧米諸国は仕事に“そこそこ”ストレスを感じている人が多い。だから全体のストレス調査では上位に来てしまう。これを「中ストレス社会」と呼びます。
一方、日本は“ものすごく”ストレスを感じている人と“あんまり”ストレスを感じていない人に二極化していました。「高ストレス社会」と「低ストレス社会」が同居しているのです。だから全体の統計を取ると、国際比較で全体の中くらいになり、「日本は仕事のストレスが少ない国である」という結論になってしまうのです。
このような現状について本川氏は、
「日本社会は欧米流の近代化が進んだとはいっても、なお、近代化以前の伝統的な働き方を捨て去ってはおらず、キリキリしながら働いている人ばかりではないのだろうと推測できる。
その一方で、効率優先の職場も重要な役割を果たしており、その中で長時間労働や高ストレスにさいなまれながら仕事をしている者も多いので過労死が社会問題となる。日本の場合は、途上国のように都市部と農村部、あるいは近代産業と在来産業の対立というより、同じ会社の中に両方の働き方が混在している可能性が強い」(前掲書より)
と分析しています。
■こんなにある、ストレスが原因の病気
どうやら、同じ会社の中でも、仕事のストレスが一部の人に偏りやすいのが、私たちの社会の現状であるようです。だから、「全社員」を対象にした包括的なストレス対策だけでなく、個別の悩みに対処できる相談窓口の設置や、ケアの配慮が企業には求められます。
というのも、慢性的なストレスは「物理的」に人体に影響を及ぼすこともわかってきているからです。
今年放送されるや大きな反響を呼び、書籍化(『キラーストレス―心と体をどう守るか』NHK出版新書)もされた、NHKスペシャルシリーズの特集「キラーストレス」では、ストレスが関係すると考えられている病気を解説しています。
・じんましん、アレルギー
・胃炎
・胃潰瘍、十二指腸潰瘍
・脳卒中、心筋梗塞
・糖尿病
・エコノミークラス症候群
・うつ病など
これらの病気が、慢性的なストレスが原因になって起こると言われています。心理的にまいってしまうだけでなく、体にも変調をきたし、結果として働き続けられなくなってしまうのだそうです。
平成22年度の厚生労働省補助金研究事業の推計によると、その経済損失は、精神疾患だけでも年間で約3兆円(*)。ストレス対策を怠ることは、社会にとっても大きな損失なのです。
*慶應義塾大学「精神疾患の社会的コストの推計」事業実績報告書より
■個人ができるストレス対策は?
とはいえ、社会全体におけるストレス対策も大切ですが、今困っている人にとっては、少しでもストレスを軽減できる方法を知りたいところ。ここでは参考までに、アメリカ心理学会が毎年発行するレポート「Stress in America」で推薦されている「科学的に実証されたストレス対策」を紹介しておきましょう。
・医師のサポート
・運動、エクササイズ
・笑う
・マインドフルネス
一番いいのは、「まずは医師に相談」。最近は産業医と提携している企業も多く、ちょっとした世間話をするつもりで、気軽に相談してみるのがいいでしょう。
次はストレス対策の定番「運動」。やはり運動不足はストレスにとってもよくないようで、アメリカ心理学会の調査では、デスクワークの増加による運動不足の蔓延が、ストレスを感じる人を増やしている点が指摘されています。
「笑う」こともストレスには効果的です。笑いは脳の働きを活性化させるだけでなく、免疫力をアップさせる効果も期待されます。まさに「笑う門には福来る」といったところでしょうか。
近年注目が高まる「マインドフルネス」については関連書籍が多数出版され、実践する人が日々増えているのも、科学的な裏付けがあるからのようです。(ライフネット生命保険スタッフの体験談はこちら)
ここまでざっと、日本人とストレスの関係について見てきました。繰り返しになりますが、日本は同じ会社の中でも、一部の「高ストレス」の人と、多数の「低ストレス」の人に分かれてしまいやすい社会です。
そうした特徴は、強くストレスを感じている人を孤独に追い込みやすいもの。職場の中で共感を得られず、「どうして自分だけがつらい思いをしているのだろう? 自分に責任があるのだろうか?」と人知れず悩んでしまうこともあるかもしれません。
でも、それはあなたの責任というよりも、日本社会の構造的な問題である可能性があります。自分を責めすぎず、苦しいときは気軽に専門医に相談してみることを勧めます。
<クレジット>
取材・文/小山田裕哉
<参考資料>
『統計データが語る 日本人の大きな誤解』本川裕(日本経済新聞出版社)
NHKスペシャル「シリーズ キラーストレス」サイト