将棋界でも繰り広げられるAI(人工知能)と人間の戦い。時代の変化に、棋士たちはどう対峙していくのか。羽生善治さんとライフネット生命社長 岩瀬大輔による特別対談の後編をお届けします。
(前編はこちら)

■驚異的スピードで進歩する将棋ソフトに対して羽生さんが思うこと

岩瀬:羽生さんがAI(人工知能)と対戦する予定はございますか?

羽生:「叡王(えいおう)戦」というトーナメントを勝ち上がった棋士と、「電王トーナメント」を勝ち上がった将棋ソフトとが対戦することになっています。今季、私は準決勝で負けてしまったのでAIと対戦することはありませんでしたが、勝ち上がっていけば対戦することになります。

岩瀬:将棋ソフトが強くなる中で、今後の将棋はどう変わっていくと思われますか?

羽生:将棋ソフトはここ1、2年の間に、本当に強くなっています、それには今話題のディープラーニングが非常に大きく影響しています。危機感としてあるのは、コンピューター同士の対戦のほうが人間同士の対戦よりも面白いとなると、棋士という職業がなくなってしまうということです。だから「それを越える」というのは変な言い方ですけど、人間同士の対局を魅力的なものにして、価値のあるものを作り出し続けていかなければと思っています。

でも一方で、将棋ソフトやAIが進化していった時に、人間の発想をより豊かにさせるとか、今まで以上の創造性を発揮できるようになるという可能性も十分あるのかなとも思っています。やはり人間の発想だけではどうしても限定的なところがあるので。

羽生善治さん

岩瀬:コンピューターの世界は進歩のスピードがとても早いから、次世代というよりも羽生さんが現役棋士でいるうちにもいろいろなことが起こりそうですね。

羽生:そうですね。ただ実はもう10年くらい前から、将棋ソフトはマーケットとして存在していないんです。強すぎて誰も買わなくなっている。だったらいっそのことオープンソースにしてみんなで活用してもらおうという流れになっていて、年に一度の将棋ソフトの大きな大会が終わると、上位ソフトのいくつかがウェブ上に公開されて、翌年にはそれをベースにした新しいソフトが出てきます。
その年の頂上にいたソフトが翌年には5合目くらいになっているということが繰り返されているので、本当に驚異的なスピードです。

岩瀬:以前放送されたAI特集の番組で、羽生さんは「Alpha Go*」を開発したロンドンのディープマインド社などを訪ねていました。特に印象的だったことは何ですか?

羽生:一番印象的だったのは、ハードの力とデータベースの力を駆使して、量で質をカバーしていたという点です。それは1秒間に何億局面を読むとか、何百万局のデータベースを使うということなんですけど、「Alpha Go」の場合はヒューリスティックといって、概算によって、つまり人間でいう大局観、直感のようなものをプログラムの中に組み入れて進歩させていったというところが非常に驚異的だと思います。

* グーグルの傘下にあるディープマインド社が開発した、コンピューター囲碁プログラム。2016年3月に、歴代最高棋士とも評されているイ・セドル九段(韓国)との五番勝負で、4勝1敗で圧勝したことが話題となった。

■ベテランが若手から学ぶことで相乗効果が生まれる

岩瀬:AIが進歩する一方で、棋士の皆さんも研究を続けられています。羽生さんは以前、若い棋士たちの対局から気づきを得ることもあるとおっしゃっていましたが、今でも若い人たちの対局を見られていますか?

羽生:もちろん見ています。というのは、今の将棋の最先端の戦略や定石を作っているのは、10代後半から20代前半くらいの人が多いからです。もちろん年齢が上がってからもアイデアや発想を出す人はいますが、段が低いから、年齢が低いからではなく、棋譜の内容だけを見て、「これ面白いな」と思ったら取り入れたり、自分自身も考えたりするようにしています。

ライフネット生命保険社長 岩瀬大輔

岩瀬:ライフネット生命では、「リバースメンター制度」というものを取り入れる準備を進めています。通常、経験のある人が若い人にアドバイスをするところを、逆に若手から教えてもらうようにしようという制度ですが、若い人から気づきを得るという点で似ていると思いました。

羽生:有望そうな若手には、ベテランの棋士から「一緒に研究しよう」と声をかけることもあります。若手がいいアイデアを思いついても、それを一つの戦法として実用化できるかどうかは別の話で、経験値が物を言うところもあります。だからベテランと若手が互いに補完しながら研究を進めていく感じですね。

岩瀬:以前、羽生さんと対談をさせていただいた時に印象的だったのが、目の前の一局を勝つことだけを考えればこっちの手を打つけど、未来を見据えて、あえて違う手を打つこともあるという話。羽生さんにとってのリスク、チャンスとは何ですか。

羽生:リスクというものは、現在の視点で見るか、10年後からの視点で見るかによってその中身が変わります。そのため常に同じ選択をしていても、リスクの量が違ってくることがある。自分がその時のリスクを取るかどうかの選択は、アクセルとブレーキの関係と似ています。私は今46歳ですが、40代になると今までの経験に基づいて、知らず知らずのうちにブレーキを踏んでいることが多くなります。だから意図的にアクセルをちょっと強めに踏むくらいでちょうどいいのかな、と思っています。チャンスのほうはいつ来るかわからないので、くじ引きみたいなものだという認識です。

岩瀬:次の手を考えている時に「今日はリスクを取ってこっちの手を打ってみよう」とすることが、まさにアクセルを踏んでいる状態なんですね。

羽生:そうですね。公式戦の「待った」ができない状況の中で対峙する時が、やはり一番勉強になります。そういう時に挑戦していくかどうかが、長い目で見て重要なのだと思います。まあ、そういうことをするとたいてい負けますけどね(笑)。

岩瀬:その時、後悔はしませんか?

羽生:もちろん負けるつもりでやっているわけではありませんが、リスクを承知の上での判断なので、それをどこまで許容できるかが大事だと思います。

■いつだって「先が見通せない時代」だから、自然体でいることが大事

岩瀬:羽生さんにとって、棋士としてのゴールはどこにありますか。

羽生:今はマラソンやトライアスロンを走っている感覚があります。棋士になって31年目になりますが、これから先、「あと30年もがんばらなきゃいけないのか」と考えるとモチベーションが下がることもあります。だからとりあえず、「目の前の1年をがんばろうかな」という気持ちでいます。目の前の1キロを全力で走ろうかなという感覚です。だからゴールというものは、ないといえばない。ただ年代ごとに、自分のスタイルみたいなものを確立できたらな、という気持ちも持っています。

岩瀬:人生における不安にはどう対応されていますか。

羽生:人間はいつかは死ぬし、時間は有限です。でも10代の頃は、この時間が無限に永遠に続いていくんじゃないか、という錯覚を持っているものですよね。ある日、それがそうじゃないと気がつく時が来て、不安や悩み、苦しみが増えていくと思いますが、そのほうがいろいろなことをやっていく中で充実していくと思います。

よく「先が見えない時代」とか「不透明な時代」と言われますが、でも歴史を振り返ってみて、不透明じゃなかった時代があったのかという疑問もあります。だから先のことが見通せないからといって不安には思わず、基本的にそういうものだというふうに割り切っています。どんな時でも自然体でやっていくことが何よりも大事だと思います。 (了)

<プロフィール>
羽生善治(はぶ・よしはる)
1970年、埼玉県所沢市生まれ。6歳の時に同級生に教わったのをきっかけに将棋を始める。15歳の時にプロデビューして以降、数々の記録を塗り替え、タイトル獲得数は97期に及ぶ(2017年1月現在)。平成7年度には、名人、竜王、棋王、棋聖、王位、王座、王将の7つのタイトルをすべて獲得。現在は王位・王座・棋聖の3タイトルを保持。

<クレジット>
文/香川誠
写真/村上悦子