田口敬さん(ウンログ株式会社代表取締役)

日々の健康のバロメーターになる「うんち」。しかし、自分から出たものでありながらも、その状態を観察し、昨日と比べて今日は健康なのか、他人とはどう違うのか、客観的に判断できる人は滅多にいないでしょう。

そこで開発されたのが、排便の状態を記録するアプリ「ウンログ」。自分の排便の色やかたち、においなどをスマホから毎日記録することで、手軽に健康管理ができると人気を集めています。

今までありそうでなかったこのアプリ。いったい、なぜ開発され、なぜ人気を集めているのか? 開発者であり、ウンログ株式会社代表取締役である田口敬さんにお話を聞きました。

■大便は体からのお便り

──現在はどのくらい方が利用されているんですか?

田口:ダウンロード数は現在50万、月間アクティブユーザーは5万人といったところですね。毎日アクセスするものなので、PV数は約500万となっています。

──ひとりのユーザーが月に100回くらいアクセスしている計算ですね。すごい利用頻度です。

田口:ライフログ系のアプリはアクセス数が増えるものですが、それでも高いほうだと思います。うんちが沢山でる人もいれば、うんちが出なくてコミュニティで相談したり、出し方を学びにきたり、楽しんでいただいてます。

──それだけ大量のデータがあれば、人々の排便サイクルもわかるのでは?

田口:わかると思います。やはり食事のあとの時間帯というのは記録数が集中します。それから面白いのは、週の間でも曜日ごとに波があるんです。月曜は記録数が減る傾向があって、水・木曜あたりに増えていき、金曜がまた減って、土曜が一気に増える、という波です。

アプリのかわいいうんちのキャラクターは田口さんご自身が描いたもの。この後頭部(?)のカーブの最適な曲線を描くのに半年かかったとか

──それは人々の働き方と排便サイクルがリンクしているということ?

田口:そう考えています。休日明けの月曜は緊張しているから排便が少なくて、体が仕事モードに慣れてきたら回復していき、休日前の金曜日はまたピリッとして、土曜になると一気に緊張が和らいでうんちも出る(笑)。排便のメカニズムには副交感神経が関わっていますから、精神的に緊張していると、うんちも出づらいのではないでしょうか。

──なるほど。自分の体のことですが、そういう傾向があるとは気が付きませんでした。

田口:うんちの方が、自分より体のことを知っていると思います。「大便は体からのお便り」とよく言われているのも頷けます。

──体からのお便り?

田口:体の代弁(大便)者ということかと。

■ユーザーは女性が9割

──ウンログは、主に女性に人気のアプリと聞いています。サービス開始は2012年7月ですが、ユーザーが増えていくに従って、男女比などは変わってきましたか?

田口:今でも女性が9割ですね。これは僕も意外だったんですが、最初は自分のようなお腹ピーピー男子が使ってくれると思っていたんですよ。

──お腹が弱かったんですか?

田口:子どもの頃は便秘症で、大人になってからはストレスで下痢になりました。社会人になりたての頃は営業マンをしていたんですが、成果を挙げるために日々緊張していましたね。

──先ほどのお話と同じで、排便には精神状態がモロに影響すると実感されていた。

田口:ええ。ウンログを開発したのも、僕自身がうんちに悩まされて育ってきたので、同じような人はいっぱいいるはずだと思っていたんです。

──でも、そんな男性はあまり多くはなかった。

田口:想定外でした。だからサービスの立ち上げ初期の頃は、今みたいなかわいい感じのデザインではなく、男性向けのもっとスタイリッシュなデザインにしていました。でも蓋を開けてみたら、女性からの「かわいくない!」「使いづらい!」といった声が多くて。そこからですね。自分を基準に作るのではなく、ユーザーの意見を積極的に反映していこうと考えるようになったのは。

■ウンログが女性から人気な理由

──その結果、現在のようなキャラクターを全面に押し出したデザインになったと。なぜ、女性はこんなにウンログを利用してくれるんだと思いますか?

田口:これはウンログをやってみて感じたことですが、女性は男性が思う以上に体のことを考えて生活している。女性には、男性には無い生理もあるし、体調の波が大きいと思うんです。だから、日々の体調管理ということに対する意識がとても高いんです。

一方、健康意識が高い男性は少ない。特に若い男性は病気などのきっかけがないと、なかなかウンログみたいなアプリに手を伸ばそうと思わないようです。40代を超えると健康診断でひっかかったり、大病を患ったりして、内臓への意識が高まって、男性の比率も増えてくるんですけどね。

──ああ、その違いはわかる気がします。

田口:それに女性は若いときでも、かわいくなりたいから「痩せたい」「肌つるつる」「お腹すっきり」のニーズがありますよね。だから腸内環境に意識が向きやすい。でも若い男性の場合は、モテたいと思ったときに、健康というよりも、お金や地位にまず意識が向く。男性が集まって健康の話をするのは、やっぱり中年になってからなんですよ。

──メインユーザーが女性とわかったことで、デザイン以外にも変更した点はありましたか?

田口:利用頻度を高めるために、うんちの状態を良くするためのアドバイスを毎回配信するようにしているんですが、最初の頃は、データに基いて、「こういう理由があるから、こうしたほうがいい」というような、エビデンスベースのコミュニケーションをしていました。あるいは、記録したうんちの状態が良くないときには、「もっとこうしたほうがいいかも」と伝えていた。

でも、それだと女性ユーザーの方から怒られるんですよ。「便秘で一番辛いのは自分なんだから、アプリにまで注意されたくない」って。それからは僕も考え方を変えて、褒めることをコミュニケーションの基本にしました。

 

アプリ「ウンログ」画面の一部。出すとキャラクターがかわいいコメントをくれたり、お通じにまつわる匿名トークが盛り上がったりする

──それでウンログでは、排便のデータを入力すると、「今日も出してくれてありがとう」とか、調子が良くないときは「どうしたの? お腹大丈夫?」みたいなコメントが表示されるんですね。

田口:ほかにも、「生理日を記録できるようにしてほしい」といった要望も取り入れました。これも僕では思いつかなかったことですね。サービスを初めてもうすぐ5年ですが、ここまで続いてこられたのも、僕が自分のアイデアにこだわったからではなく、ユーザーからの率直な意見を反映させ、常に改善をしてきたからではないかと思います。レビューの書き込みとか、めちゃくちゃ読み込みますからね。

■昔の日本人は大便がすごかった?

──ちなみに、うんちに詳しい田口さんから見て、腸内環境を改善するためにやったほうがいいことって何ですか?

田口:やはり食生活の改善ですね。腸って面白くて、国民性がかなり反映されているんですよ。日本人には日本人の、欧米人には欧米人の歴史が蓄積されている。消化のしやすさを左右する腸内細菌が、その国の食文化に合ったかたちになっていると思うんです。

──ということは、日本人は和食中心の食生活が合っている?

田口:そう思います。一汁一菜の食生活が日本人の腸には合っているはずです。もともと日本人って、うんちがものすごく大きかったらしいんですよ。発酵食品や穀物中心の食生活だったから、うんちを形成する腸内細菌のエサになる食物繊維をたっぷり摂取していたんですね。

こんな話があります。過去の戦争時にアメリカ軍は、日本のこえだめの量から兵力を推測しようとしました。そこで調査してみたら、その量はアメリカの想像以上だった。実際の日本の兵力はずっと少なかったんですが、アメリカ人よりもひとりあたり4倍も出していたために、「日本にはものすごい数の兵士がいる!」と大騒ぎになったそうです。

──それだけ当時の日本人は快便だったと。

田口:便秘や下痢が騒がれるようになったのは、戦後に欧米型の食生活になったからだといわれています。腸内細菌が欧米型の肉や小麦の食事に合うようになっていなかったんじゃないでしょうか。さらに、戦後の日本人は大腸がんも増えました。これも食生活が変わった影響が大きいと考えられています。

──そうなると、食生活を変え、排便を改善すれば、病気の予防にもなるかもしれない?

田口:それはあると思います。繰り返しになりますが、大便は体の代弁者ですからね。

インタビュー後編では、そんなウンログ開発者の半生、さらにはアプリのリジェクトをめぐる攻防についてもうかがいます。

<プロフィール>
田口敬(たぐち・たかし)
ウンログ株式会社代表取締役。日本大学理工学部航空宇宙工学科卒業。通信機器販売会社の営業、WEBマーケティングの会社で企画などを担当した後、ゼロからプログラミングの勉強をして独立。2012年7月に「ウンログ」をリリース。テレビ、雑誌、WEBなどさまざまなメディアに取り上げられ、2014年にはドコモ・イノベーションビレッジ DemoDayでグランプリも獲得している
●ウンログ

<クレジット>
取材・文/小山田裕哉
撮影/村上悦子