田口敬さん(ウンログ株式会社代表取締役)

現在50万ダウンロードを超え、App Storeのレビューも5点満点中4.9の高評価を記録しているアプリ「ウンログ」。日々の排便状況を記録するヘルスケアアプリというユニークさで、女性を中心に多くのユーザーから愛されています。

開発者で、ウンログ株式会社代表取締役の田口敬さんに開発秘話を聞くインタビュー後編では、そもそもなぜこのアプリを作ろうと思ったのか、ご自身の半生を振り返りながら語っていただきました。

(インタビュー前編はこちら)

■とにかく20代で起業したかった

──2012年7月からサービス提供を行っているウンログですが、田口さんご自身は、もともとアプリ開発の会社にいたわけではないんですよね。

田口:そうですね。大学では航空宇宙工学を専攻していて、同級生はみんな機械系エンジニアとして重工業メーカーや自動車メーカーに就職していきました。

──最初に就職したのは通信機器販売会社とのことでしたが、田口さんは開発者ではなく、営業として就職したそうですね。

田口:はい。僕が大学生のときにライブドアブームがあって、それに影響されました。絶対に自分も20代で起業するんだと決意しました。

──しかし、なぜ営業職に?

田口:当時読んだ起業家の本に、「起業には営業力が大事だ」と書いてあったからです。

──なんという素直さ。

田口:でも、営業を経験したら誰でも起業ができるわけじゃないんですよね。当たり前ですけど……。しばらく必死に働いて、営業力が身についてきた実感もありましたよ。ただ、お金も貯まらないし、そもそもどんな会社を起業したらいいのかも見えてこなかった。

──ただ「起業したい!」という思いだけがあったと。

ウンログのアプリでは、排便を記録するだけでなく、うんちにまつわる匿名のおしゃべりも盛り上がっている

田口:ええ。そこであらためてベンチャー企業の経営者のことを調べてみたんです。そうしたら、ライブドアの堀江貴文さんも、Facebookのマーク・ザッカーバーグも、みんなプログラマとしてサービスを自分で作って会社にしたんだとわかりました。しかも、プログラミングだと元手もそんなにかからない。だから今度は、プログラミングの勉強をしようと決めたんです。

──やっぱりとっても素直です。

■アプリを作るなら「おっぱい」か「うんち」か

田口:それが26歳のときで、会社員をしながら独学で勉強をしていきました。まずは具体的にサービスを作ってみようと思って、どんなアプリがいいか考えました。そこから1年くらいかかってリリースしたのがウンログです。

──なんでウンログを作ろうと?

田口:うーん、精神レベルが子供なんだと思うんですよ。自分が興味を持てるものでないとやりきれないですし、じゃあ、自分は何に興味があるかと考えたら、「うんちとおっぱい」しかなかった。

──うんちかおっぱいって、すごい2択です。

田口:もちろん、真面目なほうの理由もちゃんとあります(笑)。アプリを作るからには、誰もやらないものをやりたい。でも、そこにニーズがなければ誰も使ってくれない。その点、うんちとおっぱいはみんな好きじゃないですか。ただ、おっぱいはAppleにリジェクトされるので難しい。「これは、うんちしかないな」と思ったんです。

──うんちこそが田口さんが見つけたブルーオーシャンだったと。

田口:うんち業界では「ブラウンオーシャン」と呼ばれています。通信機器販売会社の次に務めた会社がダイレクトマーケティングの会社だったのですが、公開情報から集めたデータを統合整理して販売する企画営業をやっていたんですね。そこで「データに独自性があれば、商品になるんだ」ということがわかったんです。だったら、他人が集められないデータを独占保有できれば、大きなビジネスになるんじゃないかと考えたんです。 それに僕自身がお腹が弱かったり、花粉症がひどかったりして、以前から体質改善に興味がありました。

いろいろ調べたんですけど、体質を変えるためには、腸内環境の改善が重要なんです。そして、腸内環境はうんちを調べると大体わかる。それなら、うんちをライフログとして記録し、その改善案を提供するアプリを作れば、みんな使ってくれるのではないか。しかも、そんなことをやっている人はいないので、うんちのデータを独占できる。

──まさにブラウンオーシャンですね。

田口:それでひとりでウンログを作りまして、Appleの審査に送ったんです。ただ……。

■Appleに「うんちじゃない、お化けです!」

──まさか、リジェクトされた?

田口:いえ、最初の審査は通りました。でもアップデート申請しようとしたら、「我々は気づいてしまった。うんちはダメです」と言われ、リジェクトされました。

──排便を記録するアプリでもダメなんですか。

田口:うんちという文言と、うんちのキャラクターは消してほしいと。でも、そんなことしたら何のアプリか分からなくなってしまう。だから、「これはうんちじゃありません。お化けです。ジャパニーズ・ゴーストです」と言い張りました。キャラクターの色も、この時期は白に変えたんですよ。

──それで通ったんですか?

田口:長い審査期間を経て、通りました。そのあと、知り合いのツテをたどって、Apple本社のヘルスケアマネージャーに「これは決していかがわしいものではありません!」と直談判もしました。その甲斐もあって、それからはうんちだからダメというリジェクトはありません。

──そこで諦めたらアプリは世に出なかったわけですね。

田口:競合するアプリがなかったことも大きいかもしれないですね。もっと洗練されたデザインで、似たようなコンセプトのアプリがあれば、どうなったかわからない。ただ、少なくとも日本では、現在もそういうライバルは出ていません。

──それはどうしてだと思いますか?

田口:うんちのデータをお金にする前例がないからじゃないですか。誰もやったことがないから、ビジネスモデルも描けない。

──では、田口さんには勝算がある?

田口:まだこれからといったところですね。最初は広告で儲けることも考えたのですが、広告を沢山出すと「広告が邪魔」というクレームが増えるわりに、利益が出ない。今はユーザーの使いやすさを最優先にして、広告で儲けることはあきらめています。

その代わり、集まったデータを分析して、排便を良くする食品の開発に協力したり、ウンログのユーザー向けに有償で腸内フローラの解析サービスを提供して、よりきめ細かいアドバイスをできるようにしたりと、さまざまなことを行っています。

■うんちの総合商社を目指したい

──うんちを起点にいろんなビジネスの可能性があると。

田口:調べると人間の健康に関していろんなことがわかるのに、集めるのは大変なのがうんちなんです。でも、ウンログはうんちを集められる。今もかなりいろんな会社から、うんち集め(サンプル提供)の依頼が来ています。

──将来的に、どんな会社を目指していますか?

田口:「うんちの総合商社」になりたいですね。自分のうんちを調べれば健康状態がわかるし、大量のうんちを調べれば商品開発のヒントも得られる。病院でもデータを見せれば医師の診察がしやすくなるかもしれない。実際、消化器内科では診察で「最近、排便はどうですか?」と当たり前に聞くんですよ。医師向けのツールも開発中で、もっともっとウンログを日本人の生活に身近な存在にしていきたいと思っています。

──ありがとうございます。あの……最後に、ずっと気になっていたんですが、田口さんが話すときは「うんち」と言いますよね。「うんこ」との違いって、なんですか?

田口:それは、距離の違いじゃないでしょうか。

──距離。

田口:これは僕の感覚ですが、自分との距離が近い、もしくは体内にあるときは「うんち」で、体から出てしまって、客観的に観察できるようになると「うんこ」になる。ウンログは「自分の排便を記録するアプリ」ですから、うんちと言いたくなるんだと思いますね。

<プロフィール>
田口敬(たぐち・たかし)
ウンログ株式会社代表取締役。日本大学理工学部航空宇宙工学科卒業。通信機器販売会社の営業、WEBマーケティングの会社で企画などを担当した後、ゼロからプログラミングの勉強をして独立。2012年7月に「ウンログ」をリリース。テレビ、雑誌、WEBなどさまざまなメディアに取り上げられ、2014年にはドコモ・イノベーションビレッジ DemoDayでグランプリも獲得している
●ウンログ

<クレジット>
取材・文/小山田裕哉
撮影/村上悦子