鈴木太郎さん(株式会社ユニバーサルビュー 代表取締役社長 CEO)

夜つけて、朝外す。たったそれだけで日中は裸眼で過ごせるほどに視力が矯正されるという、従来と使用方法が異なるコンタクトレンズがあるそうです。その名も「オルソケラトロジーレンズ」。まだ馴染みの薄いこの医療機器は、実際どれほどの治療効果があるのでしょうか。国内初の角膜矯正用のコンタクトレンズ(オルソケラトロジーレンズ)を製造、販売する株式会社ユニバーサルビューの鈴木太郎社長にお話をうかがいました。

■「オルソケラトロジーレンズ」とは?

──御社では「オルソケラトロジーレンズ」という角膜矯正用のコンタクトレンズを取り扱っています。どういったものですか?

鈴木:「オルソケラトロジー」って舌を噛みそうになるくらい言いづらいですよね(笑)。このレンズを普及させたい私たちは、「オルソ」などと呼びやすいように略しています(以下オルソ)。
(オルソケラトロジー啓発サイト『オルソためそ』
オルソは新しいタイプの角膜矯正用コンタクトレンズで、目の角膜形状を寝ている間に変化させることにより、裸眼視力を改善させる効果があります。使い方は簡単です。

寝ている間にオルソを装着し、朝起きたら外す。それだけで日中は裸眼で過ごせるくらいに視力が上がっています。すべての人に有効なわけではありませんが、臨床試験の結果、装用12週後の視力が1.0以上になった方は89.5%、0.7以上まで広げると98.5%の方に有効性が認められました。ただしこのレンズの有効性が認められるのは視力0.08から0.8までの近視の方で、強度近視の方への効果はあまり期待できません。

中央部分に特殊なカーブがついており、装着することで角膜の型をつけ、裸眼視力を上げるオルソケラトロジーレンズ

──どういう原理が働いて、目の角膜が矯正されているんですか?

鈴木:近視の方の視界がぼやけているのは、光の焦点が網膜からズレてしまっていることが原因です。この焦点のズレを矯正するのが、従来ならメガネやコンタクトレンズでした。オルソのレンズは見た目、ハードコンタクトレンズと同じですが、内側の目に触れる部分に特殊なカーブがあります。夜寝ている間に、そのカーブによって目の角膜前面を少しだけ扁平化させ、ピントが合う状態に調整しているというわけです。朝レンズを外した時が一番ピントが合った状態となります。個人差はありますが夜寝る時間までは裸眼で過ごすことができます。

──近視の矯正にはレーシック手術という選択肢もありますが、それと比べてどのようなメリット、デメリットがありますか?

鈴木:レーシックは一回の手術で治療が終わりますが、オルソは使用をやめるとまた元の視力に戻っていきます。また、効果の持続期間にも個人差があるので、人によっては夕方になると見えづらくなることもあります。

ただ、レーシック手術で一度削った角膜は元に戻りませんが、オルソは角膜を削らずに矯正できるので、将来的に更に進んだ医療技術が開発された際の治療の選択肢が広がります。

■ユーザーの7割が子どものわけ

──実際どれくらいの方がオルソを使用していますか?

膜の形状や度数によって、60種類のレンズの中から最適なものが処方される

鈴木:国内では3万人程度の方がこのレンズを使用しています。医師の間でもオルソの近視進行抑制効果を認めてくださる先生が増えて、ユーザーは前年比で60%も増えています。幅広い年齢層に使われていますが、市販後調査の結果から見ますとおよそ7割は子どもです。なぜ子どもが多いのかというと、レーシック手術は日本では18歳以上にならないと手術を受けられないという制限があるからです。オルソなら子どもでも使えますので、メガネ、コンタクト、レーシックに加えた第4の視力矯正法になります。しかも角膜は代謝組織なので、むしろ代謝が活発で角膜が柔軟な子どもの方が効果が出やすく、早く始めるほど視力低下の進行も抑えられるという学会発表がつづいています。

また最近は、外で遊ばなくなった、スマホを使うようになった、などの理由から近視の子どもが増えています。早い子では幼稚園からメガネが必要になっている。オルソは厚生労働省にも認可された医療機器ですので、新しい治療法として医師が親御さんにすすめることが増えているようです。

──子どもが使うとなると、安全面が気になります。角膜を削らないとはいえ一時的に扁平化させることの安全性はどのように担保されていますか?

鈴木:これまでの日本眼科学会のガイドラインでは、患者さま本人の十分な判断と同意を求めることが可能で、親権者の関与を必要としないという趣旨から、対象は20歳以上とされていました。しかし海外で子どもへの使用が進んでいることもあり、先進的な医療を行うクリニックでは、近視進行抑制効果があるといわれている新しい治療の選択肢として親御さんに提案し、実際に子どもへの治療が行われています。

そこで大学医療機関の協力を頂き、臨床研究を実施し、6歳から16歳の子どもを対象に安全性評価を行っていただきました。その結果、この秋から未成年への処方を含めたガイドライン改訂の方向性になったようです。

今のところ、全国およそ300の医療施設で当社のオルソ製品を取り扱っていますが、ガイドラインで子どもへの使用が認められることになれば、医師の先生方も治療の選択肢の一つとしてこのレンズをすすめられるようになると思います。

60種類の中から最適なレンズ選びがスムーズに行えるように、独自のアプリも開発。タブレットに検査結果の数値を入力するだけで、最適なレンズが見つかる。患者さんが強度近視だったり、目の角膜の形に適応できるレンズがない場合は「適応が難しい」という判定が出ることも

■開発の原点は「子どもたちの力になりたい」

──ちなみに患者側が負担する費用は……?

鈴木:オルソレンズによる治療は自由診療なので、患者さんが新規レンズ代として払う金額はおよそ10万円~15万円と安くはありません。また、交換のレンズ代が3年に1回、7万円かかります。その他にケア用品代が年に2万4000円かかります。ただし5年間続けた場合の総額で見ると、使い捨てコンタクトレンズを毎日使用するコストと比較しても大差はないと思います。(※自由診療のため、各医療施設によって支払金額は異なります。)

──近視治療の新しい選択肢として考えることができそうですね。

鈴木:私たちの会社は、「子どもたちの力になりたい」という想いから始まっています。これまで目が悪い子どもたちは、視力の条件がある自衛官やパイロットになる夢を諦めなければなりませんでした。しかしこのオルソケラトロジーという新しい治療法により、夢を叶えるチャンスが生まれました。

勉強やスポーツに集中できなかった子どもも、メガネを使わない日常生活を送ることができる。これまで多くの親御さんから感謝されましたし、医師の先生方からも、「目の前の患者さんが喜ぶ顔が見られてよかった」という声をいただきました。しかしここに至るまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。

(つづく)

<プロフィール>
鈴木太郎(すずき・たろう)
1970年、東京都出身1992年慶應義塾大学卒業、同年三菱商事株式会社に入社。2001年に同社退職後、医療機器輸入会社代表、投資コンサルティング会社パートナーを歴任。2006年、ユニバーサルビュー代表取締役社長就任、オルソケラトロジーレンズ開発事業に参画、開発に必要な資金調達および事業インキュベーションを実行し新規医療機器として薬事承認取得。現在はピンホールコンタクトレンズおよびスマートコンタクトレンズの実用化に向けて事業拡大に注力。
2016年4月 MEDTEC 2016 イノベーション大賞受賞。同年11月 日経トレンディ「夢がかなう商品120・健康&食部門」大賞 受賞。
●ユニバーサルビュー

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナルオンライン編集部
文/香川誠
撮影/村上悦子