山田敏夫さん(ライフスタイルアクセント株式会社 代表取締役)

日本のモノづくりから世界に通用するブランドを作ろうとファクトリエを立ち上げ、走り続ける山田敏夫さん。工場とエンドユーザーを直接結び、収益構造にメスを入れるなど、いくつものドラスティックな仕組みを採用しています。

商品を販売する手法についてもその姿勢は変わりません。山田さんの話が続きます。
(前編はこちら)

■実店舗は試着の場であり、職人との接点の場でもある

ファクトリエは、ネットで販売するファッションブランド。実店舗も開いていますが、そこは販売する場所ではありません。商品を手にとって試着する場所です。

「いま実店舗は、銀座と横浜、名古屋、熊本にありますが、店舗でもiPadを使って、ご購入いただけます。在庫を持つのはもったいない。百貨店にポップアップショップとして出店する場合でも店頭からiPad経由で購入していただいています。百貨店も最初は在庫を置かないことやレジを通さないことをいやがっていましたが、むしろ今では、在庫を置かないことでのメリットのほうを大きく感じていただいています。」

店舗には、試着以外にもうひとつ別の役割があります。それは、ファンと工場との接点の場であること。例えば、銀座店(銀座フィッティングスペース)には、工場で使われている素材や機械も展示しています。製品ができあがるまでのプロセスに思いをめぐらせ、職人の息吹も感じてもらいたいと考えるからです。

ライフネット生命の社内勉強会にて

ファンのためのイベントも盛り沢山。工場の職人を店に呼び、製造現場の歴史や現状、モノづくりへのこだわりやモノづくりにまつわるストーリーを披露してもらう交流会、プロを招いてのシャツやニットなどの洗い方勉強会、工場で使わなくなった糸を使ってコットンボールを作るワークショップなど、各店舗が趣向を凝らしたイベントを開催しています。

「お客さまを募って、工場を訪問するツアーも毎月実施しています。有名なアイドルグループではないですが、『会いにいける職人』ですね(笑)。現地集合現地解散のツアーですが、すぐに定員オーバー。誰もいないような無人駅に朝20人ぐらい集合し、みんなで工場に行っては職人と接して話を聞いていますよ」

ファンは職人の技に触れ、職人はファンを前に手応えとやりがいを感じ、ファクトリエのブランド力が高まっていく。良い循環が生まれています。

■感性を磨く機会を作ろう

「出張ファクトリエ」というユニークな試みも実施されています。ファクトリエがさまざまな企業に出向き、オフィスでブランドを体験してもらうイベントです。

目的は、洋服を通して社員同士の交流を活発にすること、ファクトリエの取り組みを紹介することで新たなビジネスアイデアの発想につなげてもらうこと。そして何よりも重要なのが参加者の感性を磨くことです。

社内で「出張ファクトリエ」

「日本人は感性が世界一優れていると聞いたことがあります。和食がユネスコ無形文化遺産になりましたが、和食の中でも、鰻屋や蕎麦屋などそれぞれ独立していて深いですよね。銀座店でサントリーウイスキーのチーフブレンダーである輿水精一さんをお招きしたときには、『日本人は試飲をすると違いがわかる』とおっしゃっていました。

出張ファクトリエをやっているのはモノづくりの仲間を増やしたいという気持ちもあるんですが、メイド・イン・ジャパンの上質さに触れる場所を作りたいと思うから。良いものを知ってもらいたいんです。一種の啓発活動ですね。」

これからのビジネスにおいて感性は競争優位性があります。この感性はファクトリエの武器。24時間365日全自動で洋服を生産する機械の導入も進みつつあるアパレル業界で、ファクトリエはモノづくりの巧みな技術に支えられた豊かな感性で世界に勝負を挑み、海外にも着々とファンを増やしています。

「メイド・イン・ジャパンは日本人が思うよりも評価が高いんですよ。これまで日本人はメイド・イン・チャイナでもいいからブランディングが大事だと考えてきました。だから、このポジションにはこれまで誰もいなかった。実をいえば、僕は別に起業をしたかったわけじゃない。ファクトリエみたいな、日本のものづくりで世界ブランドを目指す会社があれば僕もそこに入りたかったんですが、なかったから資本金50万円で起業しました(笑)」

■厳しい局面を乗り越えたとき、工場は立ち上がる

現在、山田さんが掲げるミッションは、提携工場が適正な利益を確保することで黒字化し、元気に自立するようになること。そのために、ファクトリエの売上を100億円、200億円規模のブランドに育てること。

ゴールから逆算する形で日々の経営判断を行っている山田さんは、工場の現状をこう評します。

「人間でいうと、今は工場が独り立ちするかしないかの微妙なところ(笑)。僕たちが手を出しすぎてもだめ。彼らが自ら立とうとしないといけない。例えば、在庫リスクをこちらが100%持ち続けてしまったら、工場はいつまでの下請けのまま。独り立ちはできません。

これまで長く取り引きがある他社からたくさんOEMの注文が入るけれど、あまり儲けにはならないというときに、生産数が増えてきたファクトリエを優先させるとか、もっと生産数を増やして売っていきたいから、その分だけでも在庫リスクを持つ、といった決断が迫られるときが来る。規模が大きくなれば直面するタイミングが必ず出てくるはずです。そういった決断を経て、工場は少しずつ独り立ちしていくのだと思います。」

ファクトリエと手を組むことによって工場はよちよち歩きを始め、自立のきっかけをつかみました。しかし、そこから先は自分自身の足を使わなければなりません。立ち上がり、歩き、さらには走れるだけの筋力はある。あとはリスクを引き受ける覚悟と行動力。山田さんは期待を寄せます。

「ただし、工場長が単独で判断するのではなく、現場の人も巻き込むことが大切ですね。シャツが完売したら工場で働いているおばちゃんもガッツポーズで飛び上がるぐらい、全員を巻き込む。そうしてひとつずつ壁を乗り越えてもらいながら自走してもらいたいです」

最後に山田さんの夢を紹介しましょう。それは、五輪の制服を手掛けること。ファクトリエが作った制服を選手団が着用して開会式に臨む光景です。

「アメリカは五輪でラルフ・ローレンを起用したり、フランスはラコステを使ったり、みな自国のトップクラスのブランドを採用しているじゃないですか。全国から集まった選手たちが日本各地の素晴らしい工場の名前がついた制服を着用して、工場の人たちが旗を振ってその選手たちを応援する。これが創業当時から、僕の毛細血管に流れている夢です」

夢を夢で終わらせない。ファクトリエは確かな足取りでその歩みを進めています。

<プロフィール>
山田敏夫(やまだ・としお)
1982年生まれ。熊本県熊本市出身。創業100年の老舗婦人服店の息子として育つ。大学在学中にフランスへ留学し、グッチ・パリ店で勤務する経験を得る。一流のものづくり、商品へのこだわりやプロ意識を学んだ後、帰国。大学卒業後、ソフトバンク系列のソフトバンク・ヒューマンキャピタルに就職。4年勤務した後、fashionwalker.comに転職。2012年1月に、工場直結型のジャパンブランド「ファクトリエ」を展開するライフスタイルアクセント株式会社を設立。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子
撮影/横田達也