がんアライ部発足日のワークショップ&パネルディスカッション

去る10月6に発足した、「がんと就労」に関する民間プロジェクト「がんアライ部」。がん罹患者がいきいきと働ける職場や社会の実現を目指します。

では、実際に社内の同じチームのメンバーががんに罹患した場合、私たちはどのように接し、サポートすればよいのでしょうか。

がんアライ部第1回目の勉強会には、41社、50名の人事の方々にお集まりいただきました。勉強会では、企業事例紹介、ワークショップ、パネルディスカッションが行われ、がん罹患者、経営者、人事部、産業医の立場から、さまざまな意見が飛び交いました。

講演は、株式会社クレディセゾン取締役営業推進事業部長、戦略人事部キャリア開発室長の武田雅子さんによる自社の取組を紹介。キャンサー・ソリューションズ株式会社代表の桜井なおみさんが参加された人事担当者と一緒にがん罹患者の副作用の一部を知ってもらうため、人事の皆さんに手先の痺れを疑似体験するワークショップを実施。
最後のパネルディスカッションには、ライフネット生命社長の岩瀬と順天堂大学医学部公衆衛生学講座 准教授の遠藤源樹先生も参加して行われました。

■治療で無理をする罹患社員に対し、人事や産業医はどう対応すべき?

キャンサー・ソリューションズ 桜井:社会人のみなさんは、「病気になっても、周りに助けを求めることができない」と考えてしまう人が本当に多いんです。学生時代は病気になったら「友だちに助けを求める」という選択肢があるのですが、大人になるとその選択を選ぶ人が少なくなります。だからこそ、職場でがん罹患者をサポートする風土をつくることが、すごく大切だと思います。

桜井なおみさん(キャンサー・ソリューションズ代表)

もし、周りに助けを求められないがん罹患社員がいたら、武田さんは人事として、どのような対応をとりますか?

クレディセゾン 武田:まずは、抱えている仕事の内容とともに、自分が実際にできることは何か、ということを丁寧にヒアリングします。

その人が実際にどこまでの作業ができるのか。人事は一方的に考えてしまいがちなんですが、具体的なところは本人に聞いてみなければ分かりません。「何ができるのか」を一緒に整理をして、分類し、切り分けていく、という作業をします。

また、罹患社員の体の状況は徐々に変わっていきますから、「また変化があったら、いつでも言ってくださいね」と伝えた上で、定期的にお声掛けをするようにしています。

武田雅子さん(株式会社クレディセゾン取締役営業推進事業部長 戦略人事部キャリア開発室長)

桜井:それはすごく重要ですよね。罹患者が望む「柔軟な働き方」とは、そういうところも含まれているんです。一度だけ話をして、これで決定という絶対的な解決法はありません。コミュニケーションを密にやっていき、相手の状況に伴って対応も変えていくことが大切です。

企業でアンケート調査を行った時、「部下や同僚にがん罹患者がいる」と答えた人と、「いない」と答えた人との間で最も差が出たのが、この部分でした。

「いない」と答えた人たちは、「がん罹患者に、体調や病気のことを聞いてはいけない」と考えています。しかし、「いる」と答えた人たちは、「本人に聞いた方がいい」と思っています。まるっきり逆転しているんですね。

武田さんのおっしゃるように、人事がきめ細やかに対応していくことが大切です。働き方は細分化できます。細分化して、できることをやっていってもらう。

産業医の立場から、遠藤先生はどのようにすべきだと思いますか?

遠藤源樹さん(順天堂大学医学部公衆衛生学講座 准教授)

順天堂大学医学部公衆衛生学講座 准教授 遠藤:がんに罹患した方々は、「治療で休んでしまったから、周りに迷惑をかけず頑張らなければならない」という負い目があります。だから、普段よりも体力がなくても、無理をしてしまう傾向があると思うんですね。

ところが、上司と部下のように利害関係がありますと、自分の状況を正直に伝えることが難しい。産業医はその部分にしっかりと耳を傾け、会社と社員との間の架け橋になることが大切だと思います。

■「治療で周りに迷惑をかけたくない」という気持ちを払拭させるためには?

岩瀬大輔(ライフネット生命保険 社長)

ライフネット生命 岩瀬:がん罹患社員が無理をせず、周囲に助けを求め、周りも理解してサポートをするという「助け合いの風土づくり」が一番大切だと思います。しかし、それこそが最も難しい課題です。

「自分ができないから情けない」「助けてもらうのは申し訳ない」という罹患者の気持ちは、どういうふうにすれば払拭できるのでしょうか。

武田:例えば、ある部署の社員ががんと診断されたとします。もし、その部署に罹患社員と仕事をした経験がない場合、周囲は、「罹患社員は一定期間、がんという重い荷物を持っている。その荷物をチームで持ちながらゴールに向かうにはどうしたらいいだろう」と捉えることが大切です。その上で、「私たちはサポートの仕方を学びたいから、教えて欲しい」というスタンスで接するのがいいのではないでしょうか。あくまでも、「何かしてあげよう」ではないんです。

もしかしたら今後も、チームの中にがん罹患者が出るかもしれません。しかも、それは自分かもしれない。

「問題を外在化する」という表現をしますが、全体を俯瞰したように考えるんです。すると、罹患者本人も、「じゃあ教えてあげるよ」と周囲と向き合い始めます。

岩瀬:「自分のがん経験が、周りのためになる」と捉えてもらうようにするんですね。

桜井:そうです。一緒に学んでいくというスタンスです。

■がんの治療中だということを、どこまでカミングアウトすべき?


岩瀬:他社の事例ですが、がんになられた方が、社内報で自分の病状を随時アップデートしてシェアをするというエピソードが心に残りました。

あるメンバーががんの治療中だということを、社内の人たちもある程度知っておけば、みんなで支え合うことができます。できるだけ関係者の持つ情報レベルが同じである方が、スムーズに助け合えると思うんですよね。

しかし、一方では「言いたくない」と感じる人もいらっしゃいます。この問題は、どのように考えたらいいのでしょうか。

遠藤:ここが難しいところでして。中には興味本位で「がんのステージはいくつか」と、心ないことを聞く人もいるんです。罹患者本人が自分から状況を周りに言うことは問題ないのですが……。

罹患者と周囲との間で情報共有をしっかりやっていかないと、逆に傷ついてしまうケースもあるんです。

桜井:そこが、カミングアウトする時に信頼関係が必要となる部分です。どの人たちまで話せばいいのか。チーム内だけでいいのか。クライアントまで話をするべきか。社内全員に話すべきか。あるいは、どのレベルの話までするべきなのか。病名も言うべきか。そこは、やはり罹患者本人との話し合いだと思います。

武田:私は、2004年に乳がんを経験しています。当時は、人事部で採用と教育を担当していました。

自分のケースに当てはめて考えますと、私は「配慮が欲しい」「少しサポートしてほしい」ということがあった時、直接関係する人たちには、病名や状況をお伝えしました。必要があるならば、伝えることは構わないと思ったからです。

しかし、ただ心配されるだけとか、飲み屋でネタにされるとか、「かわいそう」と思われたりするのは嫌だったので、伝える必要のない人たちには一言も言わずにいました。でも、結局はどこからか伝わっちゃってるんですよね。

武田:どこまでカミングアウトするかという問題は、社内でも最も相談を受ける部分です。一つの基準としては、罹患者ご本人が「配慮が欲しい」と思っているのかどうか。もし、配慮が欲しいのであれば、決して「がん」とは言わなくても、「ちょっと病気をしていて、その副作用でこんな症状があるんだ」と言って、配慮してもらうこともできます。

「がん」という言葉は凄く強い言葉ですから、受け取る側は思考停止に陥ってしまうことが多いんです。でも、あくまでも大事なのは、周囲から配慮やサポートを引き出すこと。そのために、自らある程度の情報提供をしておくことは、お互いにとって大切なことです。

もちろん、自分の仕事に関係ない人たちには無理に言う必要はありません。ただ、中には、「私の生き様を見てほしい」とか、「がんの治療をしながら仕事をしていることを伝えたい」と考える方もいます。その場合は、周囲に言っても問題ありません。答えは、本当に人それぞれです。

まずは本人次第。ここがスタート地点です。「知った気になってはいけない」というのが、「がんと就労」問題の難しいところです。その分、非常に大切なところです。個々と向き合い、個々で対応を考えていくスタンスが一番いいと思います。

●がんアライ部

<クレジット>
文/ライフネットジャーナル オンライン編集部
撮影/村上悦子