がんアライ部第2回勉強会の様子

がんと就労問題に取り組む民間プロジェクト「がんアライ部」の第2回の勉強会では、100社以上で多くのがん罹患社員を就労支援してきた、順天堂大学 公衆衛生学講座の遠藤源樹准教授から「がん治療と就労の両立」についての具体的な提言がありました。

労働力不足が深刻になりつつある今、がん治療と就労の両立支援は企業にとって大きな課題のひとつとなっています。

※第1回目の勉強会の模様はこちら

しかし、がんに罹患した社員の多くは治療と就労が両立できず、「フルタイムで働けないなら、会社を辞めるしかない」と会社を辞めていくケースが後を絶たないのが実状です。

遠藤准教授は、「企業の両立支援が充実していれば、がん罹患社員の8割が病休から1年後には復職することが可能であることが、我々の研究で初めて分かりました」と強調します。
がん罹患社員が治療と就労を両立するために、企業はどのような対応をとればよいのでしょうか。

■労働力不足から無視できなくなった「がん治療と就労」問題

今、日本では少子高齢化が急速に進んでおり、人手不足の問題が深刻さを増しています。総務省の「日本の人口推移」によると、日本の就労世代の人口は、2010年は8,173万人いますが、50年後の2060年には4418万人までほぼ半減すると推定されています。

第2回がんアライ部勉強会で講演を行う 順天堂大学 公衆衛生学講座 遠藤源樹准教授

中でも大きな問題は、就労世代のがん罹患者が増加傾向にあることです。主な理由は4つあり、1つは定年年齢が引き上げられ、60代のがん罹患社員が増えていること。2つ目は、女性の就労割合が増加していることから、全体としてがんと診断される確率が上がっていること。3つ目は、乳がんに罹る女性が増え続けて、子宮頸がんの発症年齢が若年化していること。そして4つ目は、がん医療の進歩により、より多くのがん患者が職場復帰しやすくなっていることです。

厚生労働省は、2016年2月に「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を定め、「がん対策基本法」改正を実施しました。政府も本格的に、がん治療と就労の両立という課題に焦点を当て始めたというわけです。

■時短勤務制度、1年以上の療養期間を設けることが重要

がんアライ部について説明する代表発起人の岩瀬大輔(ライフネット生命保険 社長)

では、がん罹患社員が治療と就労を両立するために、企業はどのようなサポートをすればよいのでしょうか。

がんと一言で言っても、種類、ステージ、治療の内容は様々です。療養期間にも大きな差があります。例えば、内視鏡でがんを切除するといった全身の負荷が少ない治療で済む場合は、1週間ほどの休暇があれば十分なことが少なくありません。一方、手術や抗がん剤治療、放射線治療などの治療を受ける場合は、1か月以上の長期の休暇が必要となることが少なくありません。

がんに罹った社員をサポートするために、企業は具体的にどのような両立支援制度を設ければいいのでしょうか。まずは、がんに罹患した社員がどれくらいの療養日数を要するのか、そのデータを知ることが大切です。

今まで、アンケート調査などで、「退職率」や「復職率」の報告が多々ありますが、これは、研究としては不正確な値と言わざるを得ません。正確な復職率・退職率を行うには、がんの5年相対生存率と同様に、必ず時間経過を含めたコホート研究が必要なのです。このたび、がん罹患社員の復職率、退職率、5年勤務継続率を算出するために、時間経過を踏まえた「復職コホート研究」(ある集団を一定期間追跡し、研究対象となる疾病の発症率を調査する研究)を日本で初めて実施しました。

がんに罹患し、病休を開始する平均年齢は、全体で51.9歳。特に、女性特有の乳がんは48.1歳、子宮癌などの女性生殖器がんは46.4歳と、若干若くなっています。

療養に要する日数はケースバイケースではありますが、病休を開始してからフルタイム勤務ができるまでの期間は、中央値で201日間(約6か月半)。時短勤務ができるまでの期間は80日間(約2か月半)でした。

つまり、企業に時短勤務制度があれば、罹患社員の多くは3カ月未満の休暇で復職できるということです。一方、フルタイム勤務のみという形であれば、復職まで6カ月半を要します。ここまで療養期間が長くなりますと、退職を考える社員も少なくありません。

短時間勤務制度が整備されていると、復職率がかなり高くなるでしょう。遠藤准教授らの研究で、主治医が「就労可能である」と判断されたがん罹患社員1031名のうち、その後、産業医が「フルタイムでの復職が望ましい」と判断したのは229名、「時短勤務での復職が望ましい」と判断したのは802名。医師が時短勤務を勧めるケースが3.5倍も多いことが分かりました。

特に「時短勤務が望ましい」が多いのは、胃がんと食道がん。治療で胃や食道を切除しますので、食事が満足に取れず、体力が著しく低下するからです。胃がん患者は、一般的に胃の全摘で体重が療養前に比べて10kg減少し、手術後、「分食」といって、朝、昼、晩の食事以外に、朝10時や昼3時ごろに軽食を取る必要があることも、現場は配慮しなければなりません。

復職率は、がんの種類によっても大きく異なります。全体として、180日しか休めない場合、フルタイムでの復職率は47.1%。1年間ですと62.3%まで上昇します。それが時短制度を導入しますと、半年で71.6%、1年間で80.9%と、かなり高い水準まで上昇します。

以上の結果から、より長い療養期間を設け、時短制度を利用できる体制をつくることが、治療と就労の両立に大きく貢献することが明確になったと言えます。企業には、こういった制度の導入を検討していただきたいと思います。

それは、がん罹患社員が「退職」ではなく、「復職」を選択しやすくなるきっかけのひとつにもなります。

当日配布資料より

がん罹患社員が復職か退職かを選択する時、主に4つの検討事項があります。1つ目は、身体のダメージや治療のスケジュールなどといった「治療の状況」。2つ目は、体力の低下や痛み、吐き気、不眠症などの「がん関連症状」。3つ目は、本人の就労意欲や家計状況などの「経済的な事情」。4つめは、「企業の復職支援制度」です。

特に、4つめの「復職支援制度」は、唯一会社が対応できる要素です。短時間勤務制度があるか。十分なサポート体制があるか。こういった点をしっかり整備することが、治療と就労を両立させる上で重要なポイントになります。

■がん罹患社員が復職した時、現場はどのようにサポートするか

がん罹患社員が実際に復職した時、職場の上司や総務人事、上役は、当人をどのようにサポートをし、医療機関と連携を取ればよいのでしょうか。両立支援の最大のキーワードは「事例性」と「疾病性」です。

「事例性」とは、がん罹患社員が業務を行う際、支障となる客観的な事実のこと。「通常時との業務の上でのずれ・差」と言い換えることもできます。例えば、「1日10回程度」「トイレで離席する」「毎月3日以上の突発休がある」「よくミスをする」といったことです。

一方、「疾病性」とは、症状や病名に関することです。具体的には、下痢、便秘、食欲不振、不眠症などがこれに相当します。

がん罹患社員の就労支援は、職場においては「事例性をベースに対応」して、「疾病性については医療職(主治医・産業医等)に『ボール』を投げれば(意見を聞く、診断書・意見書を書いてもらえば)」よいのです。

がん罹患社員にはさまざまな症状が現れるでしょうが、職場は事例性のみに対応し、疾病性については、医療職に相談する。事例性と疾病性を分けて対応すれば、両立支援は難しいことではありません。

しかしながら、両立支援を行う上で難しい点は、企業と医療機関の『言葉』 が違うということです。
企業では「事例性の言葉」でコミュニケーションされ、医療機関では「疾病性の言葉」でコミュニケーションされていることです。

具体的にどのようなことかといいますと、例えば、医療機関から「下痢や倦怠感などはありますが、一定の配慮の下、就労が可能です」と診断書などで、医療機関から企業側に情報が共有されても、企業は、その「一定の配慮」をどう具体的に行えばよいの分からないからです。「事例性」を『日本語』、「疾病性」を『英語』と考えて下さい。企業内で、『日本語』である「事例性」をベースに、部下に仕事を与え服務管理しているのに、医療機関から「乳がんに対して、こんな治療を行い、こんな症状があります・・・」といわれても、医療職でない一般の方にとっては、それはまるで『英語』を聞いているような感覚です。

これはがんだけに限りませんが、治療と就労の両立支援においては、その『英語(疾病性)』を『日本語(事例性)』に翻訳する『通訳』、そして、『英和辞典』が必要なのです。

例えば、「疾病性の言葉」である「下痢」は、「1日に5〜10回、トイレのために離席する可能性がある。通勤ラッシュや長時間の車の運転は難しい可能性がある」。「疾病性の言葉」である「倦怠感」は、「座り仕事や事務作業であれば就労が可能だが、長時間の立ち作業は難しい」という「事例性」「就業上の配慮」の言葉に言い換えることが必要なのです。
現在、その『疾病性から事例性への翻訳できる通訳』である人材と、『英和辞典』である翻訳ソフトがないことが、がん治療と就労の両立支援を難しくしていると思います。

もうひとつ、注意しなければならない点があります。がん罹患者には、「他人が気付きにくい症状(invisible symptoms)」があります。遠藤の恩師でもある、がんサバイバーシップ研究の大家でもあるMichael Feuerstein教授は、『がん治療と就労の両立支援において、invisible symptomsをしっかりフォローアップしなければならない』と仰っています。Invisible symptomsの代表例として、例えば、体力の低下や身体のだるさ、頭痛、腰痛や睡眠障害、メンタルヘルスの不調などがあります。

下痢や食欲低下などのvisible symptomsと違って、これらのinvisible symptomsは、がん罹患社員が会社の中で利害関係の空気を読んで、体力低下などを我慢しながら、就労していることが少なくなく、周囲が気付きにくいのです。職場というものは、「評価者」や「被評価者」といった利害関係が存在します。罹患社員が「体力低下で、与えられた業務が遂行できなければ、評価が下がってしまうかもしれない」と考え、自身の症状をあえて周囲に伝えないケースも多々あるのです。

そこで企業側は、「安定した勤務が一番」「言える範囲内で配慮してほしいことを伝えて欲しい」と罹患社員にしっかり伝えることが肝要です。そのためにも、直属の上司による定期的な面談を実施したり、産業医面談を行い、産業医の意見をベースに対応することが必要になります。

この時、直属の上司は一人で抱え込まず、対応が難しいと思った段階で、総務人事労務担当や上役、産業医と連携することが大切です。

このような配慮を、復職後1年間、実施することが望ましいでしょう。これは、遠藤教授の研究で、「復職後の再病休の半数が、復職日から1年に集中していた」エビデンスから導かれたものです。復職日から1年間だけ、「身体に負荷のかかる作業から軽度の作業への配置転換」「短時間勤務制度」「在宅勤務制度」「特別病休制度」を認め、復職日から1年経ったら、通常の社員と同じ配慮にするなど、期間限定的に運用するだけでも、がん罹患社員の就労継続に大きく寄与します。

がん治療と就労の両立についてはまだまだ課題は残りますが、企業、医療機関、がん罹患者の3者が、今回挙げた点に注意をし、適切なコミュニケーションを取っていくことが重要です。

がん治療と就労の両立支援は、企業の「働き方改革」そのものです。
誰しも、ある日突然、がんと診断される可能性があるのですから。

『企業ができる がん治療と就労の両立支援実務ガイド』遠藤源樹 (著)、日本法令

<プロフィール>
遠藤 源樹(えんどう もとき)
2003年産業医科大学医学部卒業。医師、医学博士、日本産業衛生学会専門医(産業衛生専門医)、公衆衛生専門家等。国の厚生労働科学研究・遠藤班「がん患者の就労継続及び職場復帰に資する研究」の研究代表を務めるなど、治療と就労の両立支援の第一人者。主な研究テーマは、「治療等と就労の両立支援(がんと就労、妊娠・育児と就労、不妊治療と就労、脳卒中・心筋梗塞と就労)「治療と就学の両立支援」。著書に『企業ができるがん治療と就労の両立支援 実務ガイド(株式会社日本法令)』がある。

<クレジット>
取材・文/ライフネットジャーナルオンライン編集部