写真左:嶋浩一郎さん(博報堂ケトル共同CEO)、右:岩瀬大輔(ライフネット生命保険 社長)

女子力、加齢臭、イクメン、美魔女、インスタ映え……。日々生まれる新語の中でも、社会的に広く定着し、今では日常的に耳にするようになった言葉たち。こうした言葉はなぜ生まれ、使われるようになったのか?

博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEOである嶋浩一郎さんは、これら「流行語」の一種といえる言葉を「社会記号」と呼び、その誕生から普及に至る過程を著書『欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング』(一橋大学の松井剛教授との共著)で分析しています。

言葉が社会を動かし、市場すら作っていく。そのダイナミクスの秘密について、弊社の岩瀬大輔がお話をうかがいました。

■「誰が・いつ」作ったのかわからない不思議な言葉

岩瀬:もともと僕は嶋さんを一方的に存じ上げていたのですが、実際に初めて会ったのは5、6年前でしたか。

嶋:もう少し前だったと思います。神保町の中華料理屋でお会いしましたよね。フィナンシャル・タイムズを読みながら担々麺を食べている人は神保町では滅多に見ないので、珍しくてよく覚えています(笑)。


岩瀬:それから仲良くさせていただいているんですが、僕と嶋さんには共通の趣味があることに気が付きました。実はお互いにハードコアな文楽ファンなんです。この前はとあるイベントで一緒に幹事もやりました。

そんな嶋さんが最近出された『欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング』という本がすごくおもしろかったので、弊社社員の前でぜひお話していただきたいと思い、こうしてご足労いただきました。

この本の帯には、いろんな言葉が書かれています。カープ女子、断捨離、加齢臭……。こうした言葉がコンセプト化して「社会記号」となったときに、人々を動かし、社会を変える。そういう現象の実態を分析した本で、僕は「ネット生保」を社会記号にするにはどうすればいいのだろう、と考えながら読みました。いろんな業種の人のヒントになることが書かれている本ですが、まずは書籍の概要からお話いただけますか?

嶋:僕はPRの仕事を長年やってきました。PRって単に商品を宣伝することじゃなく、「Public Relations(パブリック・リレーションズ)」というように、世の中における新しい合意形成をすることが仕事なんです。この、「世の中における新しい合意形成」と「言葉」は深く関係しています。

例えば、「イクメン」という言葉が誕生した背景には、男性の育児参加を求める世の中の価値観の変化があったわけですし、「ダイバーシティ社会」という言葉が浸透するということは、LGBTを社会が受け入れるべきだ、という姿勢が広がってきているということの表れでもあるのです。

こうした言葉はほとんどの人が知っていると思います。しかし不思議なことに、「誰が・いつ」作ったのか全然わからない。この本ではそうした言葉を「社会記号」と呼び、その誕生と普及のメカニズムを解明しています。

実は、社会記号はマーケティングや企業の情報戦略と密接に関わっています。例えば、「イクメン」や「朝活」という社会記号があります。

ベビーカーの会社の人は「イクメン」という社会記号が広がる中でマーケティング活動をしたいですよね。なぜなら、「育児参加に積極的なお父さんが増えている状況」はベビーカーを売るのに有利だからです。パパがベビーカーを選んでくれるかもしれないし、「パパの意見を取り入れたベビーカー」を作ってもいい。あるいはデパートの催事担当者であれば、「朝活」が広まる中で「朝の勉強会や読書会」をやりたい。社会記号のメカニズムを知っていれば、自社に有利なマーケティング活動をすることができるわけです。

■企業が狙って 「社会記号」を作れるか?

嶋:では、「イクメン」とか「朝活」といった社会記号は、企業が意図的に作ることができるのか? 僕の結論から言うと、企業側が狙って作ることは難しい。一方的に企業が言いたいことを発信しても、メディアが報じてくれないのです。

メディアは自分たちで現象を発見したいというメンタリティを持っています。よく企業のプレスリリースに「○○現象が流行っています」みたいなことが書かれることがありますが、メディアのジャーナリストたちからすれば、それをそのまま鵜呑みにして報じるわけではありません。だからPRパーソンは、メディアにその現象を気付かせるようなアプローチをしなければなりません。

そうして新しい現象をメディアが名付け、世の中に広まっていく。つまり社会記号化していくと、社会にさまざまな変化が起こります。「コギャル」という言葉が社会記号化したら、それまで「変な格好の女子高生」と偏見を持たれていた女の子たちがスターになり、「私もコギャルになりたい」と願う人が現れます。そして「コギャル」は文化になり、それを狙った商品やサービスも作られていきます。新しい言葉が定着するプロセスの中で、新しいライフスタイルや市場が生まれるわけです。

もちろん、新しい言葉の中には流行語的に生まれてはすぐに消える言葉と、「コギャル」のように長く使われ定着する言葉があります。社会記号とは後者のことですが、それが流行語としてすぐに消えないのは、多くの人が「そういうのいいよね」「そういうことやりたいよね」と密かに思っていること(マーケティング用語で「インサイト」と言います)を捉えているからです。

こうした「人々の欲望の暗黙知」を言語化した言葉が社会記号として残り、世の中を動かしていく。そういうことを書いた本なので、興味がある方はぜひ読んでみてください(笑)。

■名付けられる前に実はみんな知っていた

岩瀬:以前、『君の名は。』をプロデュースした川村元気さんも嶋さんと似たようなことを言われていました。「ヒットの法則みたいなものはよくわからないけど、あるとき自分の仕事についてハッと気が付いたことがあった」と。

毎朝駅に向かう道の途中にあるポストの上に、ある日お人形が置いてあった。多くの人がその前を通るけれど、何日も誰も触れず、ずっとそこにあった。川村さんはその様子を見て、自分の仕事は「ここにお人形があります!」と叫ぶことなんだ、とわかったそうです。

つまり、みんなが薄々思っていることだけど、口に出していないこと、それを形にして提示するのが、時代性のあるテーマ選びにつながる。それこそ自分がやっていることなんだ、と語られていました。


嶋:それってメディアを作る人だけでなく、あらゆるビジネスパーソンに欠かせないスキルですよね。だって、「おひとりさま」や「歴女」という社会記号をいち早く発見できたら、その人たちに向けた商品開発ができるわけです。

でも、それに気が付くことはなかなか難しい。僕もそうだし岩瀬さんもそうですが、ここにいる人の全員が「おひとりさま」って言われる前の「おひとりさま」や、「草食系男子」って言われる前の「草食系男子」を見ていたはずなんですよ。でもほとんどの人は、「最近の新入社員はナヨナヨしていてけしからん」と文句を言うだけだった。

今振り返ると、それって新しいインサイトの萌芽であり、従来とはまったく違う価値観を持った人たちの登場だった。それを僕らは目撃していたんです。

新しい価値観を体現している人というのは、日常の中に違和感として表れます。それを「この人は例外なんだ」としてスルーするのか、「新しいインサイトの萌芽」だと捉えるのか。そこにマーケターとしてのセンスの差がある。

僕は違和感を覚えたときに同じことをやっている人を複数人見たら、これは世の中に新しい動きが起こっているのかもしれないと考えます。そのために日常の違和感をめちゃくちゃメモしているんです。

■アイデアは明後日の方向からやってくる

岩瀬:嶋さんって本当に何でも知っているというか、ものすごく忙しいのに探究心がすごいですよね。

嶋:いや、何でもは知らないですよ。嫁の誕生日とか忘れちゃいます(笑)。この情報はオープンソースで聞けば答えてくれるから覚えなくて大丈夫、なんてつい甘えちゃうんです(苦笑)。とにかく僕はムダなことが愛おしくて、人が気にしないどうでもいいことを覚えたくなっちゃうんです。

この前もツイッターで、

「最近、知らない人が増えてきたからリマインドしとくけど、役所広司は区役所に勤めてたから役所って言う芸名にしたからね」「付け加えておくと、役所広司の読み方は『や』にアクセントがあるから。役所は『しょ』にアクセントがあるけど、そこ違うからね」「もう一つ付け加えると、役所広司の名付け親は仲代達矢だからね。鋭い眼差しが気になる人は覚えておかなくちゃ」

とかつぶやいていました(笑)。

岩瀬:嶋さんのツイッターは面白いから、みなさんもフォローしてみてください。

嶋:そんなふうにムダなことをずっとメモするのが大好きなんです。

岩瀬:そうやってムダを愛でるようになったのはいつからですか?

嶋:子どもの頃からですけど、最近はムダ知識好きの自分を理論武装するようになって(笑)。イノベーションは世の中の辺境から生まれてくるじゃないですか。つまり、人がムダだと思うことから新しいものは生まれるということだから、ムダを愛でるのは大切なことなんだって考えるようになったわけです。

例えば、「新幹線」と「フクロウ」は何の関係もないように見えます。しかし、新幹線と同じように速く飛ぶフクロウは、獲物に近づくときにまったく羽音がしない。そんなムダ知識がヒントになり、新幹線のパンタグラフにフクロウの羽根の仕組みが応用され、騒音軽減に役立っているそうです。新幹線のことだけをずっと考えていたら、騒音問題は解決できなかったわけです。

つまり、アイデアは明後日の方向からやってくる。自分の専門分野だけじゃなく、多動的にいろんなことに興味関心があったほうが、アイデアは思いつきやすい。そんなふうに自分がやっていることを正当化しています(笑)。

(つづく)

『欲望する「ことば」 「社会記号」とマーケティング』(集英社)

<プロフィール>
嶋浩一郎(しま・こういちろう)
1968年生まれ。上智大学卒。博報堂ケトル共同CEO。PR視点で企業コミュニケーションを手掛ける。本屋大賞実行委員会理事。東京・下北沢に本屋B&Bを運営。著書に『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』など

<クレジット>
取材・文/ライフネットジャーナル オンライン編集部
写真/村上悦子