はなわさん(お笑い芸人・ミュージシャン)

■自分が楽しいと思えることを仕事に

──はなわさんといえば、去年(2017年)は『お義父さん』がレコード大賞企画賞を受賞されるなど、『佐賀県』(2003年)以来の大ヒットになりました。続いて、今年3月にインターネットに公開された新曲『拝啓、かっこ悪い親父』も、約3週間で100万回ビューを突破と、勢いがありますね。

はなわ:『お義父さん』は、うちの嫁が小さい時に生き別れたお義父さんに向かって、僕が呼び掛ける歌。こんどのは、自分の父親を歌ったものです。SNSの威力はすごいですねえ。『お義父さん』同様、『拝啓、かっこ悪い親父』もたくさんの方に見てもらってうれしいです。

──父親がマイホームを買った歳と自分も同じ歳になり、家族のために家を買う。子どもの時は、かっこ悪く見えていた父親が、家族を想う強い気持ちに思い当たるという“涙腺うるうるソング”です。

はなわ:僕の生まれは埼玉県の春日部で、2歳から千葉県の我孫子市に育ちました。親父が念願のマイホームを建てたからです。

その後、転勤になって、僕が小学6年生のとき、両親と僕ら3人兄弟は縁のなかった佐賀県に引っ越すんですが、親父はごく普通のサラリーマンでね。

朝、同じ時間に起きて、ラッシュの電車に乗って勤めに行って、夜遅く帰って来る。日曜は疲れて寝てる。そんな親父の姿を見て、子ども心に「大変だなあ」と思ってました。

──はなわさんは小学校時代から活発な少年で、「芸能人になろう」と思っていらしたそうですね。

はなわ:ええ、毎日、「今日はどれぐらい友達を笑わせられるか」ということばっかり考えている少年でしたから、「自分みたいなのが、芸能界に向いているんだろう」と、漠然と小学生の頃から感じてはいました。
ただ、学校は嫌いでしたねえ。特に高校の頃は、学校に行かなくなってた時期があって、「(学校に)行く」と言って家を出て、学校ではなく、どこかに行っちゃったり……(笑)。

要は、全力で打ち込むものが見つけられずにいた。そんな日々を過ごしながら、「何のために学校に行ってるんだろう?」とか一杯、考えました。そして、最終的に、大学に行くかどうするか本気で悩んだときに、「やっぱり、やりがいとか自分が楽しいと思えることを仕事にしないと嫌だな」という結論に至りました。

──どの学校に行くかよりも、自分にとっての仕事観が出てきたというところが面白いですね。

はなわ:高校を卒業して、とりあえず東京の専門学校に通いながら、25歳までに何かやってみようと……そのとき18歳でしたが、“25歳まで”という目標はうっすらと設定していました。

■仕事の優先順位は、3人の子ども

──『佐賀県』でブレイクして、世に名前が出たのは、20代の半ばですか?

はなわ:26歳です。23歳のときに子どもが生まれて、生活が苦しくて。売れねぇし(笑)。「そろそろ、やめないといけないかな」と考えた時期もあったんですが、嫁さんが「いいよ、やめなくて。売れるから大丈夫だよ。貧乏でもなんとかなるでしょ」と言ってくれたのが、大きかったですね。
逆に子どもができたからには、成人するまで養わなきゃならない。そう思って、お笑いの修業にも身が入るというか、より真剣になったりもしました。

『佐賀県』の歌は最初ライブハウスでやってました。第1章から作り始めて、ずーっと作り続けてました。不思議なことに、子どもが生まれたあたりから『佐賀県』がライブハウスでウケるようになってきて、だんだん、テレビでも頻繁にやらせてもらうようになって、26歳のときに全国的なヒットになったという流れです。

──『佐賀県』がヒットした後、そのまま勢いで突き進むのではなくて、はなわさんはちょっと引いて、2008年、男装のアイドルグループ「腐男塾(ふだんじゅく)」のプロデュースをしたり、いち早く、インターネットでブログを開始しましたね。

はなわ:根本的に飽き性なんで、嫌だと思うことはやらないんですよねえ(笑)。「仕事は楽しくなきゃいけない」という考えが根本にあるので、仕事でストレスを感じることがあると、自然とそれまではとは違うことをやっています。
それと、僕のモットーは「唯一無二」。人と違うことをやりたいと常に思っていて、自分がパイオニアだというところに喜びや楽しみを感じます。誰かの真似をしたり、誰かが作った道にどさっと乗っかるということはないです。

──そういえば、コンビを組んだりもされていないですね。

はなわ:誰かの舎弟や弟子になるというのも好きじゃなくて、「この人に引っ張ってもらおう、付いていこう」というのがそもそもダメな性分のようです。よくも悪くも、とにかく自分でやっていたい、という人間なんでしょう。

お笑い芸人として活動していますが、学生時代はバンド組んで、歌もやっていましたので、音楽もやってみたかったし、プロデュースも手掛けてみたかった。その願望を「全部、やってみたい」と思ってやってるんですけどね(笑)。

──仕事を決める際の優先順位は何ですか?

はなわ:根源にあるのは、いつも家族……子どもですね。高校生を筆頭に息子が3人いますが、「子どもを幸せにしたい」。そのためには稼がないといけない。じゃあ、自分の能力で何が可能だろうか、仕事として必要なお金を稼げるのか、を常に考えてるんだろうなあと思うんです。

もし家族がいなければ、仕事ももっと余裕を持ってやっている気はするんですけどね……でも、つねに「3人の息子が成人するまで、自分に仕事があるだろうか」とビビリながら、お尻を叩かれてるというのはありがたいことですよ(笑)。

■はなわファミリーの人気の秘密

──はなわさんは2017年のベストファーザー賞に選ばれていますが、近年は、柔道をされている3人の息子さんや奥様を含めた“はなわファミリー”としても注目を浴びていますね。

はなわ:最初のきっかけは、TBSの明石家さんまさんの『からくりTV』でした。当時はまだ家族で東京に住んでいましたので(注:2011年よりはなわさん一家は佐賀県佐賀市に住まいを移している)、「一度ならいいか」と出演をOKしたら、うちの子どもたちがハネたんです(笑)。面白かったらしいです。それでまた番組に呼ばれて、はなわ家族のコーナーができました。

嫁さんも若い頃は歌手を目指してたので、TVに出ることにも抵抗はなく、「それが仕事につながるんならいいんじゃない」という感じ。『からくりTV』の次に、『有吉ゼミ』という番組が、佐賀まで取材に来てくれまして、大盛り・大食い企画でしたが、これも好評でした。

──お子さまは柔道をされていますが、はなわさんも中学生の頃、柔道がやりたかったとか?

はなわ:そうなんですよ。僕は左利きなんですが、空手部の経験しかない先生が柔道部の顧問で、左利き用の受け身を教えてくれていなかった。それであるとき、頭から落ちて強打しまして、お医者さんに「これ以上、頭をぶつけると危ないから」と止められて、柔道の道はあきらめました。

うちの子どもたちは、オリンピックに出るような選手でも天才的な才能を持ってるわけでもないんです。だから、試合で負けることも当然あるし、そういう子どもを持った親御さんは全国にも多いと思うんですね。昔、部活でスポーツしてて、いまは自分の子どもたちがスポーツをやっているという人たちが、親近感や共感をもって見てくださってんじゃないでしょうか。

──はなわさんのブログ「はなわLIFE」も、アメーバブログのパパ部門の上位にランクインしていますが、はなわ一家を現代の30代、40代の“理想的な家族”と思っておられる方が多いのだろうと思います。

はなわ:僕のブログで一番人気なのは、嫁が息子たちに作るお弁当の写真です(笑)。これも普通の人が作る普通のお弁当なのがいいんだろうと気付いて、僕が東京にいるときも、毎日、写真データを送ってもらってアップするようにしています。

■東京と佐賀、2拠点生活を続けてみて……

──はなわさんは2拠点生活のパイオニアでもありますが、2011年に佐賀に住まいを移されて、東京と行き来なさって、いかがですか?

はなわ:いまは地方に住んでいても、東京を中心に仕事ができる時代だろうなと思いますよ。移動は便利だし、インターネットもあるし。飛行機の便数もたくさんありますので。

地方ではおもに、自分の歌や営業をやらせてもらっています。東京中心で仕事しているからといって、地方をなめてるんじゃないですよ。むしろその逆で、地方のタレントさんはすごい技術がないと務まらない。スタッフが大勢いる東京のテレビ局と違って、地方のタレントさんはスタッフと目線が同じ。スタッフもタレントさんにすごく厳しいし、一人で司会もやり、自分で演出もやり、情報番組をレポーターとして仕切ったり……。

とてもいまの自分の技術ではできないと思うんです。なので、地方のテレビ局からお話しを頂いたときは、「自分一人でそう何役もこなすなんて、とてもおこがましくてできません」と素直にお話ししています。

──佐賀市のプロモーション大使もなさっていますね。

はなわ:はい。いまの時代は、東京と地方、どちらかだけとか限定して考えなくてもいいんじゃないでしょうか。僕の場合は、東京で仕事をしながら、佐賀をPRするから効果があるのかなとも思いますし、そこに自分ならではの価値も生まれます。東京に仕事の基盤を置いて、自分が行ったり来たりすればいいだけです。

僕は『佐賀県』の歌で売れたので、家族全員が、佐賀県のために、東京でもどこにいても佐賀をPRする。佐賀県に対する恩返しのために生きているという感じなんです。

長男が高校にあがるとき、柔道で別の県からスカウトがありました。そのとき本人が「佐賀に残る」と決めたのは、僕や嫁が日頃から、「うちは佐賀に恩義がある」「うちは佐賀に食べさせてもらっている」と口にしているせいだと思ったんです。そういう感覚はずっと、家族で忘れずに持ち続けていたいと思います。

(後編に続く)

写真提供:(株)ケイダッシュステージ

<プロフィール>
はなわ
1976(昭和51)年、埼玉県生まれの佐賀県育ち。2003年、佐賀の田舎度を自虐的に歌ったCD『佐賀県』が大ヒット。紅白歌合戦に出場する。その後も、松井秀喜の物まねなどを取り入れたベース漫談で、『エンタの神様』を始めお笑い番組で人気を博す。2017年『お義父さん』がSNSを中心に注目を集め、日本レコード大賞企画賞を受賞。近著に小説『お義父さん』(KADOKAWA刊)がある。漫才コンビ「ナイツ」の塙宣之さんは弟。
●はなわさんの人気ブログ「HANAWA LIFE」
●新Web Movie『拝啓、かっこ悪い親父』

<クレジット>
取材・文/樋渡優子
撮影/横田達也