写真左:乙武洋匡さん、右:岩瀬大輔(ライフネット生命保険 社長)

この1年の間に、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、オセアニア、中南米の37の国と地域を歴訪していた乙武洋匡さん。マイノリティーの人たちに光を当てていきたいという乙武さんは、2年前の騒動以来「どのツラ下げて」と言われるなか、今の自分にできることは何かを考え続けたといいます。さまざまな体験を経て国内での活動を本格的に再開し、今後どのようなことに力を注いでいくのでしょうか。帰国から間もない4月某日、ライフネット生命にお招きし、岩瀬大輔とトークセッションを行いました。

■イスラエルで「危険人物」として取り調べを受けていた!?

岩瀬:世界歴訪中、乙武さんはインドで「世界一危険な祭り」に参加されたそうですね。

乙武:インドに行く前にネットで下調べをしていたら、ヒンドゥー教の「ホーリー祭」というお祭りがあるのを知ったんです。道ゆく人々が色水やカラーパウダーを互いに掛け合うというお祭りで、最初は「なんだ、楽しそうじゃん」と。でも調べていくと、ヤバそうな祭りだということが分かってきて・・・。

この日は年に一度、インドの人々がカースト制度から解放され、無礼講になる日。宗教上の理由で普段お酒を飲まない人たちがお酒を飲み、調子に乗ってソフトドラッグに手を出す者もいる。そんな状況だから街はとても危険で、外国人観光客が暴行のターゲットになる事例も相次いで報告されているんです。

もともと僕はホーリー祭とは別の目的でインドに行ったのですが、たまたま日程が重なりました。しかも僕が泊まったのは、インド全土で最も過激なホーリー祭が行われている、ガンジス川沿いのヴァラナシという街。

実際、ホテルが宿泊客に外出禁止令を出すほどで、僕もビビってホテルから指をくわえて見ていようと思ったんですけど、考えてみたらくわえる指がない(笑)。だったら外に出ちゃおうと参加してみたのですが、結果、めちゃくちゃ楽しかったです。その日に着ていた服は捨てるしかないくらい色まみれになって、顔についた染料も2、3日は落ちませんでしたけどね。


岩瀬:国境を越えるたびにセキュリティチェックも大変だったと思いますが、特に厳しかった国はどこですか?

乙武:イスラエルです。飛行場にはフライト4時間前に着いていないと飛行機に乗せてくれないこともあるほど、この国のセキュリティチェックは厳しいのですが、僕の場合は複雑な事情が重なって余計に厳しいチェックを受けました。その理由の一つは、僕の車いすに積まれている2つのバッテリーです。これはどこの空港でもしっかりとチェックされるので珍しいことではありません。

他に僕が厳しいチェックを受けたもう一つの理由は、去年、一昨年と2年続けて、イスラエルと激しく対立するパレスチナのガザ地区に入っていたからでした。このガザ地区というのは、通常は外国人が入れない地域なんですが、日本人の友人から「若者向けのビジネスコンテストを開くから、そこでスピーチをしてほしい」と頼まれて、国連機関から招待状をもらって入りました。

いくら招待されたからといっても、イスラエルから見れば怪しい人物。僕は車いすから降ろされて別室に連れて行かれ、パンツ一枚にされて細かくチェックされました。あれは結構、怖かったですね……。


岩瀬:街を散策していて、特に優しいと感じた国はありますか?

乙武:意外だったのはロシアです。ロシア人というと、どこか冷たそうなイメージを持つ人も少なくないかもしれません。僕も少なからずそういうイメージを持っていましたが、モスクワでのある出来事がきっかけで、先入観のあった自分を恥じました。

数段の段差を前に「ここは回り道するか」と思っていたら、屈強な男たちがどこからともなく湧いてきて、車いすを持ち上げて運んでくれたんです。そしてこちらがお礼を言う間もないくらい、すぐにいなくなってしまいました。それ以外でも、キリスト教圏、イスラム教圏の人たちは、障がいのある人たちに対してとても優しいと感じました。

■分からないことは障がい者本人にどんどん聞くべきか、控えるべきか

岩瀬:日本人はまだ、障がい者の方とどう接すればいいのか分からない人も多いと思います。僕自身も、乙武さんと初めて一緒に文楽を見に行った時は、「抱える時はどこを持ったらいい?」とか「トイレに行きたくなったらどうすればいい?」といったことをズケズケと聞いていました。

その時に「どんどん聞いてくれてうれしい」と言ってもらえて僕も嬉しかったんですが、障がい者の方に細かいことを聞きすぎるのはよくないんじゃないかと思って遠慮してしまう人が多いみたいですね。

乙武:いろいろなことを事細かに聞いてくださるということは、「今後も付き合っていきたいから、あらかじめ教えておいて」というメッセージだと受け取ったので、僕は素直に嬉しいと思いました。

岩瀬:腫れ物に触るような感じよりも、むしろあまり気をつかわずに接してくれたほうがいい?


乙武:そこが難しいところなんです。障がい者にもいろいろな性格の方がいらっしゃるので……。僕自身はあけっぴろげな性格なので、ズケズケと聞いてもらって、それに答えて、「ああそういう感じなんだ」と分かってもらうのがベストです。

でもそれは僕にとってのベストであって、僕みたいな性格ではない人にも当てはまるとは限りません。同じ高齢者でも、席を譲られて喜ぶ人もいれば、年寄りに見られて嫌だという人がいますよね、それと似たようなところがあります。

岩瀬:あけっぴろげだという乙武さんの性格は、お母さまの影響が大きいのでしょうか。

乙武:両親の影響は、本当に大きいですね。親が、「こんな体で生まれてきちゃって、この子の人生どうなっちゃうのかしら」と悲観的に育てていたら、僕は自分のことを不幸な子どもだと思ってどんどん自分を卑下して育っていたと思います。

でも僕の両親——特に母親は、いい意味で先の苦労というものを察知できない人間でして……。例えば、僕が生まれて祖母と一緒に赤ちゃん用品を買いに行ったときは、かわいいからって靴下を買い物かごに入れていたそうなんです。僕に足がないことをすっかり忘れて(笑)。

岩瀬:お母さまの有名なエピソードに、出産直後、乙武さんを見て「かわいい!」と言ったというものあるんですけど、あれも隠されたエピソードがあるんですよね。お母さまにお会いした時に、本(五体不満足)を読んですごく感動しましたと伝えたら、「最初見た時はタオルにくるまれていて、私気づかなかったの」って(笑)。

■キレイゴトに聞こえるミッションでも、貫いていく

岩瀬:障がい者との距離感をつかめていない人はまだまだ多いものの、今年のパラリンピックの前後で、日本の社会が障がい者の方を見るまなざしも少し変わったように思いませんか?


乙武:みなさんが障がい者スポーツに触れる機会が増えたのは非常にいいことだと思います。ただ、オリンピックのアスリートが超人であるのと同じように、パラリンピックのアスリートも障がい者の中では超人なんです。実はこれ、2年前までの「乙武さん」にも同じような問題があって……。それまでの乙武さんは、いわば障がい者のスターのように扱われていました。

でも実は、障がい者の人たちからはけっこう嫌われていたんです。「おまえは恵まれている立場だからそういうことが言えるんだ」といったような批判を、『五体不満足』が出版されてからの20年間、ずっと受けてきました。

パラリンピックでも、ごく一部のエリート障がい者だけが取り上げられて、それがデフォルトになってしまうと、そこに当てはまらない人たちの肩身がますます狭くなってしまいます。だからこのごく一部の人間だけではなく、それ以外の人たちにも光を当てていき、困っていることなどをあぶり出していくことが大切だと思います。

岩瀬:それは今後の乙武さんの活動にもつながる話と言えそうですね。

乙武:そうなればいいなと思っています。マイノリティーの人たちにも、他の人と同じようにチャンスや選択肢、権利がきちんと保障される社会づくりに貢献していくことが僕のミッションなのですが、こういうことって世間に向けて発信するとどうしてもキレイゴトに聞こえてしまいますよね。しかも、2年前の騒動以降は、どうしても「どのツラ下げて言ってるの?」と言われてしまう。

この1年間の海外生活では、ヨーロッパの人たちのライフスタイルにとても感銘を受けました。夕方5時には仕事を切り上げて、仲間や同僚とパブに飲みに行く。土日も決して働くことをせず、家族や友人との時間に当てる。日々の生活、もっといえば人生において、何が大事で、何が大事ではないかということの判断基準をしっかりと持っていることを感じました。

これまでの僕は仕事人間でしたから、しばらくは趣味のバンド活動なんかも再開するなど、もっと仲間とのんびりとした時間を過ごしたいなと。時計の針は戻せないので、今の自分にできることは何なのか、今の自分が発信して効果のあることは何なのか、しっかりと考えながら、自分のペースで活動していければと思います。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/香川誠
撮影/横田達也

<プロフィール>
乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)
1976年東京生まれ。早稲田大学在学中に出版した『五体不満足』がベストセラーになり、卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、新宿区教育委員会非常勤職員「子どもの生き方パートナー」、杉並区立杉並第四小学校教諭を経て、2013年2月には東京都教育委員に就任。2017年3月より世界37の国と地域を歴訪。2018年4月より日本での活動を再開している。