写真左:乙武洋匡さん、右:森亮介(ライフネット生命保険 次期社長)

マイノリティーの人たちにも、他の人と同じようにチャンスや選択肢、権利がきちんと与えられる社会づくりに貢献する。そんなミッションとともに、日本での活動を再開した乙武洋匡さん。企業が利益追求をしながら、社会的責任を果たしていくには何が必要か。ライフネット生命の次期社長、森亮介がうかがいました。

■障がい者への配慮が足りないのは不親切だからではなく、慣れていないから

森:乙武さんは、ライフネット生命という企業にどんなイメージをお持ちですか?

乙武:素直にかっこいいと思うし、頼もしいなと思っています。本業である保険業で結果を出しながら、保険金の受取人に同性のパートナーを指定できるようにするなど、企業として社会課題の解決に取り組んでいくという強いメッセージが感じられるからです。私も社会課題を解決したい人間の一人として、とても共感しています。

日本は戦後、渋沢栄一の『論語と算盤』という理念に基づいて会社経営が成されてきたはずですが、高度成長期からバブルへとつながっていくなかで利益を追求する算盤(そろばん)のほうにばかり力が注がれ、論語の部分、会社が社会にどう貢献できるかというところが疎かになってしまったようなところがありました。

この10年ほどでCSR(企業の社会的責任)という言葉が聞かれるようになりましたけど、それもまだ形だけのところが多い。ライフネットさんのLGBTの取り組みなどを見ていると、CSRという枠を超えて、生命保険事業としての取組の一環でもあり、会社の指針(当社注:ライフネットの生命保険マニフェスト)とも連動しているところが大きな推進力となって世の中に広がっていくのが伝わってきます。


森:ありがとうございます。当社のLGBTに関する取り組みはメディアでも大きく取り上げていただけて、小さな会社でも業界に良い影響を与えることができるんだ、という手応えを感じました。でもこういうことは狙ってできることではないですし、もっと外に出ていろいろな声を聞いてみる必要があると感じています。

乙武:そういう意味では、一昨年御社に入社された聴覚障がい者アスリートの岡部祐介さんが多くのヒントを与えてくれそうですね。私と岩瀬さんのトークセッションの時に、岡部さんはオンライン手話サービスを利用されていましたが、ああいったサービスはろう者の方にとって、自分と社会とをよりスムーズにつないでくれる貴重なツールになっていると思うんです。

保険の問い合わせや申請にそういったツールを使えるようになれば、LGBTに続く御社の社会的な取り組みになりうるかもしれません。

森:岡部と同じ職場で働くようになって感じたのは、これまでの人生で聴覚障がい者の方と接点があった人と、全くなかった人とでは、その人に対する想像力、思いやりの面で差があることです。


乙武:それは当然のことだと思います。私がこの1年、世界の37の国と地域を回る中で感じたのは、日本は物理的なバリアフリーは世界でもトップクラスと言えるほど進んでいるのに、障がい者やベビーカーの人々への配慮はワーストクラスだということ。

それは決して、人々が不親切だからというわけではありません。慣れていなから、どうしていいか分からないのだと思います。この問題を克服するには、まずは教育の現場など、障がいのある人とない人がふれ合える場所を増やすことだと思います。幼い頃からそうした場づくりができていれば、いざ社会に出て両者が出会っても、さほど戸惑うこともなくコミュニケーションが図れるようになると思うんですよね。

そういう意味では、岡部さんを迎え入れたことで、ライフネット生命のみなさんは聴覚障がいのある方にふれ合う機会が劇的に増えたと思います。彼がよりスムーズに仕事をするには、どういう配慮が必要で、どういうことを整備すればいいのか。そういったノウハウが2年間で蓄積されてきたはずなので、それを今度は、顧客になってもらう立場の人に向けて実践していくというのもひとつの手かもしれません。

森:彼が入社したのは当社にとって大きくプラスに働いています。彼が私たちに教えてくれることことはたくさんあります。

乙武:ロンドン滞在中、マイクロソフトUKにお邪魔して、障がい者向けのサービスを提供している部署の責任者にインタビューしました。マイクロソフトUKでは、自分たちの商品やサービスの最終テストに、さまざまな障がい者に参加してもらっているそうです。

日本では、車いす用のトイレを作ったのはいいけれど手前に段差があって「これ誰が使うの?」などという笑えない話がありましたが、やはりモノやサービスを提供する前に、実際にそれを使う人間の声が取り入れられているかどうかはとても重要だと思います。

■上の世代が言うことを鵜呑みせずに、自分で判断することが必要

乙武:話題は変りますが、私はいつか、日本でも同性婚が認められるようになってほしいと願っています。マイノリティーのために社会が取り組むべき課題を個別に見ていくと、実現されていないことがたくさんありますが、同性婚というのはそのアイコン的存在。まずはそこが実現することによって、世の中のいろいろなことが連鎖的に変わっていくと思うんです。

森さんは社内でLGBTの取り組みを推進したメンバーのお一人ということですが、どのような動機があったのですか?


森:以前、外資系投資銀行に勤めていましたが、保険業界で働き始めて感じたのは、「この業界は古い慣習が多いな」ということでした。私の性格でもあるのですが「これは変えても実害がなさそうだな」というものはどんどん変えていけばいいと考えていますので、同性パートナーを受取人にすることも、何も困ることはないから、この取組は進めようと考え動きました。

乙武:出口さんと岩瀬さんという二人の創業者はいろいろな変革を起こしてきましたが、森さんもまた古い慣習を変えてくれそうですね。

森:ありがとうございます。そのつもりで頑張ります。ただ、私は経営者としては「若い」ということを言われます。若い頃からご活躍されている乙武さんは、「若い経営者」に必要なことは何だと思いますか?

乙武:メジャーリーグで活躍している大谷翔平選手は、昔プロ野球で活躍されていた方たちから「二刀流は無理だ」と言われていましたよね。プロ入りの時も、メジャーに行く時も同じようなことを言われた。でもこれまでのところ、大活躍しているじゃないですか。

若い人は、もちろんたくさん失敗もするけれど、成功するかもしれない。何事もやってみなければ分からないということはあると思います。ライフネット生命の創業当時、保険というのはフェイス・トゥ・フェイスで、営業員に説明を受けながら契約するものだという固定概念があったから、「ネット専門の保険会社なんて無理だ」という人もたくさんいたと思います。でもやってみたら、こうして成り立っているわけです。

上の世代の人たちが言うことは、もちろん大事なこともあるけれど、だからといって既存の価値観におもねってばかりいたのでは新しいものは生み出せない。すべての判断を旧世代の価値観や経験に委ねることはないと思います。昔の人のコピーになってしまっては、新しい可能性は生まれないので、上の世代から言われたことも自分で取捨選択することが大事なのかなと思います。

森:私はライフネット生命に途中から参画した人間ですが、創業者の二人が作ったこの会社の風土はとてもすばらしいものだと思っています。その風土を大切に、社内の新しい制度を立ち上げたり、業界の先陣を切って新しいことをしていきたいと思います。

乙武:先頭に立って何かをやろうとすると、反対意見の人が必ず出てきますが、結果を出せばそのうちなびくと思いますよ。新しいチャレンジを楽しみにしています。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/香川誠
撮影/横田達也

<プロフィール>
乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)
1976年東京生まれ。早稲田大学在学中に出版した『五体不満足』がベストセラーになり、卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、新宿区教育委員会非常勤職員「子どもの生き方パートナー」、杉並区立杉並第四小学校教諭を経て、2013年2月には東京都教育委員に就任。2017年3月より世界37の国と地域を歴訪。2018年4月より日本での活動を再開している。