『社員参謀! ―人と組織をつくる実践ストーリー』というタイトルだけ見ると、ビジネス書なのか、小説なのかわかりづらいという方も多いはず。本書は、架空の組織開発ストーリーを使いながら組織論を解説していくという、「使える組織論」です。 ビジネス書は業務上必要と感じた時に読む程度、ましてや「組織論」も初心者であるという、ライフネット生命保険の棟方が、等身大の目線で本書の魅力を解説します。


 

『社員参謀! ―人と組織をつくる実践ストーリー』(荻阪哲雄著、日本経済新聞出版社)
トップ・リーダーが変わるとは何か?新しい組織開発の実践は、働く人々にとって、いかなる意味を持つのか?組織文化を変えてゆく実践の姿を、複数の実在人物をモデルにした物語を通じてリアルに描く。

私には年の離れた大学生の妹がいて、今まさに就活中である。
どんなところで勤めたいのか聞いてみたところ、「やっぱ大手に入りたいよね~」と軽いノリで答えた。妹に限らず、就活中の学生の多くは、あわよくば大手…と考えているのではないだろうか、と私は思う。
もちろん明確な理由があるから大手を目指す人もいるだろうし、大手だからこそできることも多くあるだろう。それでも学生の多くが大手を目指すのは「安定」と「ブランド」を好むからではないだろうか。

現在、日本には382万ほどの企業が存在するという。*1

その中でも大企業とされるのは1万社ほどしかなく、ほとんどが中小企業・小規模事業者で成り立っている(中小企業社数380.9万、全体の99%強)*1
2009年から2014年にかけて全企業に勤める従業員数は横ばいの中、大企業で勤める人数は減少し、中小企業で働く人数は増加している。*1
日本における中小企業の存在は大きいものなのだ。
そんな中、2017年版中小企業白書の見解には「中小企業の売上高、生産性は伸び悩んでいる。」と、小学生でも分かるくらいハッキリ書かれていた。

*1 経営産業省 中小企業庁調査室 「2017年版中小企業白書」(平成29年4月)

一方、ここ何年か、「生産性」という言葉が働き方の重要なテーマとなっているのはご存知の通りだと思う。2017年のビジネス書では、伊賀泰代氏著「生産性」が売上・話題ランキングで上位になったのも、多くの人や企業にとって関心があるからこそである。
生産性をあげる、というのは短時間で今までのことをやりきってもっと仕事しよう! ということだけではない。いかに新しい利益や資本を創りあげて“成長”を増やしていくことが重要なのである。
そもそも組織開発の書評なのになぜ生産性の話をしているかというと、本書を読み込んでいくほど生産性と非常につながりのある内容だと思ったからだ。
本書の中にこのような会話がある。

 

「人間成長が事業の成長をつくるとは、どういうことでしょうか?」

——「世界経済全体がソフト化、サービス化へ動いています。その結果、最も求められるのは、クリエイティビティといった人間しか生み出せない付加価値そのものです」

 

企業に勤める人間の成長が止まれば、事業の付加価値が生み出せない。一人ひとりの付加価値をつくる人間力こそが、今後は問われていくのである。

本書の非常に優れた点は、さまざまな業種やリーダーたちに出会い、組織開発の創造・改革を25年以上舞台裏から支えてきた、プロコンサルタントの著者が「独自の目線で書いた実践ストーリー」ということだ。

この主人公は、会社で26年勤めあげた次期役員候補。皆から慕われる事業部のエースが、人事異動でまさかの出向を命じられる。しかも出向先でのミッションは、組織開発を通じて利益を上げることだ。
主人公は事業部で組織開発の技法を使い、働きやすい環境を整え事業運営に取り組んできたことを評価された。一見繋がりが見えない「組織開発」と「利益」との関係を、組織開発が初めての部下と、主人公が“軍師”とあおるプロの組織開発コンサルタントの3人で、徹底した合理化を進める社長に組織の働き方から経営利益をあげる技法を説き、経営戦略を創り上げていく。

ビジネス書でありながら、不覚にもホロリと泣ける場面があり、ピリピリした会議の質問に対する沈黙の時間など、情景も非常にリアルだ。
リアルに感じられるということは、自分に置き換えて考えやすい。きっと自分が物語の一員になったように、プロのコンサルを受け、組織が良くなっていく景色を一番近くで感じ、学んでいけるだろう。まさに「実践ストーリー」なのだ。

さて、プロのコンサルタントはどのような組織開発をしていくのか。本書では、ビジネスだけではなく、人として生きていく上でもかなり役立つ話法・技法が一人ひとりの会話に散りばめられている。
ひとつ話法としてあげるとすると、本書の中の会話で、とにかく多いのが「問い」だ。
もういいだろ……というくらい、主人公は部下に問い、部下は主人公に質問する。
さらに、主人公が軍師とあおぐプロのコンサルも、とにかく主人公に問いまくるのだ。

経営のグローバル化は進み、環境はめまぐるしく変化していく。そこに対応していくためには、意思決定や実行のスピードが求められてくるだろう。これらが実行できる組織・リーダーを生み出していくには、一人ひとりがよく考え、結果に導いていくリーダーシップをもつことだ。
「なんとなく分かっていること」が仕事に限らず生きていく上でたくさんあるはずだろう。それを深掘りし、真剣に突き詰めていく。対話を通し、真剣に討論する。それを著者は「真剣勝負」と呼び、ストーリー上で多くの真剣勝負の場を私たちに見せ、教えてくれていた。
この対話は、組織開発を行う上で、非常に大切な要素になってくる。

著者は、本書の中で企業組織を変える基礎のツボとして、こうビジョンの定義をしている。

 

・企業理念は会社の存在意義だ。“なぜ、なんのために(why)”やるのか。働くための拠りどころとなる存在理由を明らかにした言葉が企業理念だ。

・経営ビジョンは従業員が皆で目指す“未来の目的地(where)”である。

経営ビジョンを実現するためにやらないこと(what)を決めることも非常に重要だ。

“真剣勝負”の対話・問いを通して創り出された集合知は、船の帰港地のような、組織の目指すべき目的地になるだろう。

 

組織の中で、意識がバラバラになっているものをひとつにまとめ、皆が同じ方向を目指していく。これが“戦略”というものだ。
組織・経営について学んだことがある方はご存じだろうが、戦略を生み出す方法についてはトップダウン・アプローチやボトムアップ・アプローチといったものがある。本書は「組織開発のリーダーシップ物語」として、その両方を掛け合わせたバインディング・アプローチという技法を使用しながらストーリー展開していく。実際、このバインディング・アプローチを開発したのが著書の荻阪氏なのだ。

原因というのは、普段気にしないような、一見結びつかないようなところにあることが多いのではないか。その原因を突き止め、改善する。詰まっていたものがなくなり、流れるようにものごとが動き出す。目的を見つめ、動き出した組織の成長は、やがて結果として目に見えてくるだろう。

本書では、財務体質悪化の原因は社員一人ひとりの働き方に対する考え方だった。
目に見えない人の心を動かせるのは、やはり人、そして情熱だ。
何かに立ち止まったとき、多くの人にぜひ読んでもらいたいと思う。なぜなら、使われている話法や技法は、企業組織だけでなくさまざまな場面で使えるものが多いと思うからだ。

 

「共通の目的に2人以上で集まるとき、小さな“組織”が生まれる」

 

と著者は言う。
組織とは何か。働くうえで、組織とはいかに重要なものなのかを、よく考えさせられた。

 

注:本文中*1の資料は経営産業省 「2017年版中小企業白書」より引用。