吉藤オリィさんとOriHime

知性や感覚はそのままなのに、カラダを動かすことができなくなってしまう。そんなALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病を罹患した患者の約7割は、寝たきりの人生に希望が見つけられず、延命治療を拒否してしまうといいます。

しかし、失ったカラダの機能をロボットで補うことができたら? これはロボット開発者の吉藤オリィさんが開発した「OriHime」により、ALSの患者さんが来客にコーヒーを出し、もてなすことを実現した光景です。

吉藤オリィさんが代表を務めるオリィ研究所では、ALSの患者さんが唯一動かせる目を使って、ロボットを制御するシステムも開発。カラダが動かせず、声も出せない寝たきりの方々の社会参加をサポートしています。

自身の不登校の経験から、「孤独を解消するロボット」の実現にいたる経緯をうかがったインタビュー前編に続き、後編では、吉藤さんがロボットに見出しているさらなる可能性についてうかがいました。

■もっとも難しいのは……

──前編ではOriHimeの誕生までについてうかがいました。先日もテレビで吉藤さんの活動に密着したドキュメンタリーが放映されましたが、メディアにも注目されている今、ご自身が次なる課題とされていることはなんでしょうか?

吉藤:次というよりも、未だに難しいと思っているのは、OriHimeというものがあることを知ってもらうことですね。これは思った以上に難しかった。私は今までになかった孤独を解消するテクノロジーを作ることもできたし、周りから批判されてもやりたいことを貫く信念もあります。しかし、それを必要としている人に届けることが、これほど時間がかかるとは思わなかった。そこが今も最大のネックですね。

創業時、私は今やほとんどの家庭がiPadやPCを使いこなしていると考えていたんですが、実際はそうじゃないんですよね。新しいものに対する拒絶感を抱えている人も多い。企業や自治体では前例のないものを導入することに躊躇されることもあります。

──それを乗り越えるためには……。

オリイ研究所にて。分身ロボットOriHimeが出勤していることも

吉藤:あの手この手を考え、がんばるしかないですよね。ありがたいことに、こうして取材に来てくださることが多いので、多くの人に伝えることはできているんですが、それでも悔しいのは、「もう半年前に知っていれば……」と言われることが絶えないんです。

本当に先日も、病気で寝たきりのお父さんを看病されていた方に言われました。そういうとき、ものすごく悲しい顔で言われるんです。めちゃくちゃ悔しいですよ。

たとえばALSの患者さんは、症状が進行すると呼吸器をつけるかつけないかという、生死を分ける選択を迫られます。そのときにOriHimeと出会えたから、明るい未来を描けて、「生きる」という選択をされた方もいるんです。

ある人は、寝たきりのお父さんの分身であるOriHimeを、自転車のかごに乗せて一緒にお墓参りに行くとか、病気になった先生がOriHimeで卒業式に来てくれて、生徒のひとりひとりに声をかけてあげるとか、いろんな用途で使ってくれています。

「情報は人を生かす」と言いますが、寝たきりでもこんなことができる、という事実を知っているか知らないかによって、人は生き死にが変わるんです。だから、「どうやったら知ってもらえるだろう?」ということは、今もずっと考えていますね。

■寝たきりでも働ける

吉藤:そのために今計画しているのは、OriHimeのカフェを運営することです。実際にモノを運んだりできる120cmの新型OriHimeで、寝たきりの患者さんが遠隔で接客する。すでにコーヒーを出すことは実現しているので、11月から期間限定で実験的にやってみようと考えています。 

──それは大きなインパクトがありますね。

吉藤:これまで寝たきりの人は就労の機会がほぼなかったんですよ。病気になったから仕事を辞めたっていう人がほとんどです。でも、OriHimeを使えば目しか動かせなくても働けるんですね。うちの会社にも一回も出社したことがないのに、ロボットで働いて給料をもらっている人が3人います。

昨年亡くなってしまった親友の番田雄太も、盛岡で寝たきりでありながらOriHimeで私の秘書として働き、講演活動で全国をまわったり、大学の講義に参加したりしていました。

ほかにもALS患者の榊浩行さんという方は、PCへの視線入力だけで絵を描いています。

これは私たちが開発した視線でPCを操作できる「OriHime eye」というシステムによって、目の動きだけで描かれています。使っているソフトもWindowsの「ペイント」なので、特別なものではありません。しかし榊さんは視線入力だけでチャットもできるし、タイピングも私より早い。普通にコミュニケーションができるんですよ。

これは2年前に特許をとり、製品化もされています。今は補装具費支給制度という控除が利用できるので、患者さんは定価の1割の4万5,000円で購入できます。しかし、それもまだまだ知られていません。

■新しい時代のセーフティネットに

吉藤:高齢者の方でも、寝たきりになっても働きたいという意欲を持っている方がたくさんいます。その人たちが人生で培ってきたノウハウは、日本中で文字通り眠っているわけです。しかし、これから超高齢化社会になって、そういう方々がロボットで働くようになれば、人間社会はさらに活性化するじゃないですか。働きたい人がいるなら、それに応えてあげるテクノロジーを作ればいいんです。

これまで頷くことも難しいような寝たきりの人は、意識があるかどうかもわからなくて、植物人間のような扱いをされていました。しかし、それが普通にコミュニケーションができて、人と会話することもできるってなると、働くこともできるし、人から必要とされ、自分は生きていてもいいんだって気持ちになりますよね。

だから私は、こういうテクノロジーがあって、寝たきりでも働いている人がいるんだって知ってもらうことは、多くの命を救うと思っています。

──そのためにも多くの人に知ってほしい、と。

吉藤:そうです。私たちは世界を変える理由があり、そのためのテクノロジーを作っているけど、本当に世界を変えようと思ったら、それをどうやって届けるかというところまでデザインしなければならないんです。

──居場所があって誰かに必要とされれば、人は死なない。それを実現するOriHimeは新しい時代のセーフティネットになるのかもしれません。

吉藤:マズローの欲求5段階説ってありますよね。一番下の基本的な欲求に生存に関する「生理的欲求」があって、次に衣食住に関わる「安全欲求」がある。社会に参加したい、人とつながりたいっていうのは、第三の「社会的欲求」なんです。単に生存が保証されるだけではだめで、この社会的欲求をちゃんと満たせることを考えないといけません。

 だって尊厳死という言葉がありますが、この尊厳に関わる欲求は上から二番目の「尊厳欲求」なんですよ。衣食住が足りていて、社会的なつながりがあっても、自分らしさという尊厳がなくなれば人は死を選ぶ。そのくらい簡単に人は死んでしまうんです。だから、どんな人でも社会に居場所があり、役割を得られる未来をデザインし、伝えていかないといけません。

■ボディシェアリングロボットという新提案

吉藤:それを私は脱・万能主義社会と言っています。今はあらゆる人に完璧さが求められていて、挑戦は恐れないけど失敗は許さないみたいな空気が蔓延しています。でも、どんな人でもエリートになれるわけじゃない。

万能主義社会の一次元的評価では障害者は社会的に弱者なので、多くの場合は底辺化します。カラダが動かせなくて家から出られない人や目が見えない人は、できることが少なくなり社会からこぼれ落ちてしまう。私たちはそれは違うんじゃないかと思っていて、脱・万能主義社会を目指すためのコンセプトを表したロボットを企画しています。

これはボディシェアリングロボットの「NIN_NIN」。レンタカーのように互いのカラダの足りない部分を補うためのロボットです。

たとえば、目が不自由な人とカラダの不自由な人が身体機能を補い合う。寝たきりの人は外に出たいけど、OriHimeを誰かに持って行ってもらわないといけない。一方で目が不自由な人は、外出すると誰かに迷惑をかけてしまうという不安がある。動けるカラダと見える目をNIN_NINがマッチングすることで、互いの助けになるというわけです。

ほかにも、我々も外国で言葉が通じないという意味では、言語に障害があると言えます。寝たきりの人で外国語が話せる人がいれば、これをマッチングしてサポートしてもらうことができるようになる。NIN_NINという名前には、「人と人をつなげる」という意味を込めています

──このアイデアはどこから?

吉藤:中国で腕のない男性と盲目の男性がタッグを組み、2人で不毛地帯に1万本の植林をしたというニュースを聞いて思いつきました。テクノロジーを使えば、同じことが遠隔で実現できるなって思ったんです。

今まではカラダが動かせない人の社会参加っていうと、車いすで現地に行かないとできませんでした。しかし、今年の夏のような炎天下でそれをやるのは危険ですよね。車椅子はすぐ日陰に入れないし水分補給するにもトイレが少ない。でもNIN_NINのようなかたちであれば、自宅にいたまま誰かの役に立つことができます。

■履歴書にはできることでなく「できないこと」を書けばいい

吉藤:私は履歴書に「できること」しか書けないのが許せないと思っていて、本当は「できないこと」こそ書くべきなんです。互いに「できないこと」を発信し合うようになれば、それを補い合って生きていくことができるようになります。一人が何でもできることを目指す“万能主義社会”から、できないことを別の人のできることで補う“適材適所社会”になっていきます。

「できること」を宣言するかたちに縛られていると、得意分野がないと社会参加ができないと思ってしまうかもしれませんが、目が見えない人にとっては目が見えるということが価値になるし、寝たきりの人からすれば外出できるだけで価値になる。 

人間は自分のためでなく、誰かのためであれば頑張れる生き物です。人間という文字に「間」がある理由は、その社会性にあると思っています。自分が外に出る行為が誰かの役に立ったり、寝たきりでも誰かの役に立てるとわかれば、胸を張って生きていけるじゃないですか。それが私の考える「孤独の解消」なんです。

 

<プロフィール>
吉藤オリィ(よしふじ・おりぃ) オリィ研究所 代表取締役所長、ロボットコミュニケーター。1987年生まれ。奈良県出身。高校時代に電動車いすの新機能を開発、国内最大の科学技術フェア「JSEC」で優勝。インテルが主催する世界最大の科学大会「ISEF」で入賞を果たす。早稲田大学在学中にオリィ研究所を立ち上げ、孤独を解消するロボット「OriHime」を開発。AERA「日本を突破する100人」、米フォーブス誌「30 under 30 2016 ASIA 」に選出。著書『「孤独」は消せる。』(サンマーク出版)

<クレジット>
取材・文/小山田裕哉
撮影/村上悦子