内藤克さん(税理士法人アーク&パートナーズ代表、税理士)

「相続」という言葉にどんなイメージを持っていますか? 我が家は相続とは縁がない、兄弟姉妹の仲がいいから相続でもめることはない。そういう人にこそ読んでほしい『残念な相続』というベストセラー書籍があります。いざ相続、という事態で予期せぬトラブルに遭遇しないためにも、いくつもの複雑な事例を解決に導いてこられ、前述のベストセラーを書かれた税理士の内藤克先生に相続対策の考え方やポイントをお聞きしました。

■まず最初に税理士のところへ

──税理士のところに相続の相談に来られるのは、どのような方なのでしょう?

内藤克税理士(以下内藤):ほとんどは、普段仕事で税理士と接しているような、確定申告をしている事業者か会社の社長さんがたです。ただ、会社員の方とも接点はありますよ。不動産を売却した場合や賃貸に出すときに接点が生まれます。

──かかりつけのお医者さんを持つように、税理士の先生とも普段からおつき合いしておいた方がよいのでしょうか?

内藤:確定申告をしている場合はそうですが、会社員なら定期的に会う必要はないですね。ただ、いざ相続というときに、一番にどこに相談に行くべきかといえば、税理士なんですよ。

──弁護士や司法書士よりも、まず税理士ですか?

内藤:税金がかかるならまずは税理士です。税金がかかるかどうかわからないときも、最初に税理士に確認するといいですね。相談を受けた税理士が、弁護士のところにも行った方がいいと判断すれば弁護士を紹介しますし、司法書士の出番が必要だと判断すれば司法書士を紹介します。こう言ってはなんですが、税金のことをよくわかっていない弁護士さんは多いんですよ。ともかく一番先に行く先は税理士だと考えておくと間違いないと思います。

──どんな手続きが必要かどうかの判断も含めて、税理士のところに行くとよいのですね。税理士の方なら誰もが相続に詳しいと考えていいですか?

内藤:そうでもないですね(笑)。税理士は全国に約7万人いますが、半分は国税庁のOBで、税務署出身なんです。「法人税部門にずっといたので、税理士になっても相続のことは何もわからない」という人が少なくありません。残り半分は税理士試験に合格して税理士になった人ですが、相続税法は試験の必修科目ではないので、選択していない人もたくさんいます。もちろん、その後税理士になってから勉強すれば詳しくなりますが。

■相続に詳しい税理士の見極め方とは!?

──相続に詳しい税理士さんかどうか、見極める方法はありますか?

内藤:「相続に関してはお得意ですか?」「相続だけではなく分割の話など幅広く相談したい」と聞いてみるといいですよ。自信がない人は「計算はできるんですけどね」と返してきます(笑)。

──参考になります。相続に関して相談されるケースは増えていますか?

内藤:ビジネスとしては注目されています。3年前に相続税法が改正になり、基礎控除が下がったので納税者が倍以上に増えたんですね。そのため、みな相続税を払うようになるから税理士のところに相談に来るだろうと予想されていましたが、実際はそうでもないんですよ。

──まだ多くの人が自分は相続とは無縁だと考えているからでしょうか?


内藤:相続はお金持ちの特別な話だと思っているからでしょう。ほとんどの方は実際にいくら以上で税金がかかるのか、数字も把握していません。基礎控除の範囲内の土地があったら税金がかからないからと簡単に考えている方も多いですね。でも、その場合には名義を変える必要があるので、登記のときには相続人と合意しなければなりません。そこが理解されていない。

また、血を分けた兄弟姉妹なので話し合えば大丈夫と思っていても、配偶者もついてくるし、いま置かれている環境が兄弟姉妹の間で違うと「話せばわかる」では済まないことが多いんです。

──配偶者が登場すると面倒な事態になることが多いですか?

内藤:多いです(笑)。「あんた、がんばってお兄さんと話してきなさい」と奥さんに発破をかけられるというケースはよくありますし、逆に旦那さんが奥さんの相続にやたらと首を突っ込んでくることもありますね。

──お金持ちじゃないから、兄弟姉妹仲良しだから、と考えていてはいけないんですね。

■税理士は調整力と忍耐力!?

──内藤先生の著書を拝読すると、相続にはいろいろな人が関与している複雑なケースが多く、さまざまな要素をまとめ上げる調整力が必要だと感じました。


内藤:そうですね。たとえばですが、ご兄弟に認知症の方がいらして、そのうえにご兄弟・姉妹の配偶者が強く介入されてきてというような登場人物がたくさんいる場合、「こうなりましたよ」と税金の計算をすることは簡単にできたとしても、関係者の合意を取り付けるためのコミュニケーション力がないと苦労をします。

一旦は「これでいこう」と決まったとしても、あとになって「思い出したけれど、お姉さんはあのときお母さんからこれこれをもらっていたわね」なんていうような話が出てきたりするので、最後まで気が抜けません。

──感情がからんできますし、一筋縄ではいかないと思います。家を売る場合も、思い入れがあると難航しそうですね。

内藤:女性は実家を売るというとすごく反対します。私の育った家だから、と執着するんですね。でもそれも1、2年なんですよ。思い出のためだけに、空き家を維持するお金をずっと払い続けるのかという話になりますから。ただ、最初はみな売ることに反対します。そういうときは、税理士からみれば「早く売った方がいい」と思っても、まずは「売りたくない」という気持ちに寄り添うことが大事です。「そうですよね」と話を聞くことが必要ですね。

──そうした姿勢や調整力は、どのように培われたのでしょうか?

内藤:経験を積み重ねて忍耐力を鍛えてきました。最後の最後に合意が覆されて、まいったなーと思うときももちろんありますが(笑)、とにかく忍耐です。

──内藤先生のような力のある税理士と出会うことがまず重要ですね。

(つづく)

<プロフィール>
内藤克(ないとう・かつみ)
1962年生まれ、新潟県出身。1985年中央大学商学部卒業、1990年税理士登録。1995年税理士事務所開業、2010年税理士法人アーク&パートナーズ設立、弁護士も加えた外部パートナーと同族会社の事業承継を中心にコンサルティングを行っている。東京税理士会京橋支部、登録政治資金監査人(総務省)、経営革新等支援機関(中小企業庁)。主な著書に『会社の節税をするならこの1冊』(自由国民社) 、「残念な相続」(日本経済新聞社)など。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子
撮影/横田達也