最初は一人で始めたネットショップが、16年続けて、いまやネット担当の社員220人を擁するまでに成長した


(前編はこちら)

■伝える相手がいないと伝えられない

インターネットショップの素晴らしいところは24時間365日、伝えたいことを即座に伝えられることではないかと思います。特に私は情熱の差が売り上げの差だと思っています。要はやった分だけが売り上げに映し出される。 ネットショップって、基本的にフェアなんです。私は鳥取県の田舎町で働いてきました。そこでは月収が2倍になる可能性なんて10年働いてもあるかないか。他の人と違うことをしようとすると、出る杭は打たれるという文化は地方ほど強いものです。

実は、未だに澤井珈琲のメルマガは私が書いているのですが、澤井珈琲、試しに一度買ってみてください。死ぬほどメルマガが送られてきます。年間配信数600通。よくお客さまからお尋ねが来るんですよ。「お前はストーカーか」って。全く気にしないですけどね(笑)。

前回も申しましたが、私のライバルは自動販売機、24時間365日元気に働く相手がライバルです。ならば、常にお客さまの受信ボックスに私がいたい──言えば言うほど危険ですね(笑)。まあ、それくらいの強い気持ちでやっていると思っていただけたらと思います。

年間600通メルマガを書いていて、一番良いのはみなさんにとって「知っている人」になれること。「こいつ、よく送ってくるなあ」と思うと、読んでくれるようになるものです。お店にかかってくる電話はクレームがほとんどですけれど、「はい、店長の澤井です」と名乗ると、「あの有名な店長さん?」って……。

もちろん私は有名人ではないんですが、毎日、メルマガで触れ合っているとそういう風になってくるんですね。こういうことは高齢者の方に多いんですが、「いつも応援してるから」とまるで「水戸黄門」を観るような気持ちで私に言ってこられる。これには本当に勇気をもらいます。

澤井理憲さん(株式会社澤井珈琲取締役常務・店長)

澤井珈琲のメールマガジンは、楽天、ヤフー、Wowma! ポンパレモールのリスト数で言うと、読者が70万人を超えています。鳥取県の人口が50万7千人ですから、それよりもメルマガの読者数のほうが多いです。

ネットショップは、「伝える相手がいなければ伝わることも伝わらない」と思っています。何のためにインターネットモールに出店するのか? 楽天やヤフーにお金を取られるくらいなら自社サイトでがんばるという声をよく聞きます。ネットショップの中でコーヒーはグルメのカテゴリーに入っていますが、グルメのショップで月商3,000万円を超えているところは大手の食品宅配のお店ぐらい。だから、うちも出店しているんです。

■最初のメルマガは2年間送れなかった

澤井珈琲が心がけているのは、ネットショップで買っていただいたお客さまにベネフィットがあるかという点。メールマガジンでも「だんなさんから、『あれ? コーヒー美味しくなったね』……そう言われるコーヒーです」というような切り口でお伝えしています。よくある〇〇さんが作ったコーヒーです、という謳い文句は使いません。

近頃は1日に3~5トン製造しておりますので、「〇〇さんが作ったコーヒー」と言って出荷している間に、3トンくらいすぐになくなってしまいますので、そういうことが書けないという事情もございますが、「インスタントコーヒーよりも美味しく飲めて、町の外資系コーヒーチェーンより安い」という謳い文句で、常にお客さまのそばにいるように毎日毎日メルマガを書いています。今日ももう2通書いてきました。最近、禁断症状なのか、メルマガを書かないと手が震えてきます(笑)。

でも、年間600通、70万人を超える方にメルマガを送っていますと、ウザイ、キモい、死ねと言われるようになります。そういうメールが来ないと、逆に「僕、最近がんばってないのかな」と思ったりして……。昔は2ちゃんねる、いまは5ちゃんねるに「澤井はキモい」というスレッドが立ちました。それを見て以来、なるべくエゴサーチはしないようにしています。いいことは書かれていないですからね。心折れるようなことを言われることがたくさんありますけど、言われるうちが花だと思っているんです。

高級感あふれる樽缶珈琲セットは木箱入り。贈答用として人気の一品

商売はあきない、これは僕の父の言葉ですが、“商い”と“飽きない”が掛け言葉になっているんでしょうね。それでも、澤井珈琲はコーヒー屋なもので、気を抜くとホームページが茶色と黒だけになってしまう。最初にネットモールに出店した頃の Beans & Leafを名乗っていた時代は、看板を茶色にしていましたが、「このままでは他社と差別化できない」と考えて、ピンクにしました。商売は飽きない、お客さまを飽きさせないことだと思います。

こんな私でも最初のメルマガは1通書くのに2年間かかりました。書いては消し、を繰り返し、1通もメルマガを送れなかったんです。2年後にやっと決心がついてメルマガを送ったんですが、まだテキストメール時代。文字だけで A 4の紙13枚。テキストなんでメモリーは軽いんですけれども、いろんな意味で重いメルマガでした(笑)。

いま、昔のメルマガを読み返すと、「よくこれを人様に送れるメンタルがあったな」と感心します。それで5人の方に商品を買ってもらえたんです。だからいまだに続けているんだと思います。ひどい言葉をいただくことも「それはがんばっている証拠」だと思います。 恥ずかしいのはみな一緒です。私も大抵の失敗はしてきたと思います。新聞で叩かれたこともありましたし、ネットショップを止めなければいけないほどの大事故も4回ぐらい起こしています。一度はクレジットカードの請求を半年し忘れていて、それから請求をしたり……でも、失敗した数だけ強くなりますね。

ネットショップで売れない時、苦しんだことは山ほどありました。そういう時、こういう方法を取れば売り上げが上がる、という経験を積み重ねてきたことは自分の自信になっていると思います。

■お客さまにとってのベネフィットとは何か

私は言霊という言葉が好きです。言葉に思いがこもるという考え方があるのは日本語だけらしいです。うちはお客さまに選んでもらって買っていただく。それがビジネスモデルなので、とにかく言葉を大事に扱っております。メルマガは必ず自分の言葉で。よく動画広告が効果があると言われますよね? でも少なくとも、珈琲に関しては動画ではなかなか売れません。大手動画サイトのビデオが流れる前9秒間のCMにも投資しましたが、本当にそのCMを見て買っていただいた方は、ほとんどいなかったんじゃないかと思います。

私は常連さんだけ特にご贔屓(ひいき)にしています。メルマガで買ってくれる常連さんというのは、価値観が一緒なんです。自分の言葉で買ってくれたお客さまは何度も買ってくださいます。この前もこんなメールが来ました。「お願いですからメルマガ配信停止させてください。読むたびに何度もクリックして、つい澤井さんのコーヒーを買ってしまうから」……もちろん、いまだに解除はしておりません(笑)。

澤井珈琲は現在リピート率60%。新規のお客さまを取り続けるほど、必ずお客さまは帰ってきます。インターネットショップは、多分リアル店舗より顧客管理がしやすいのではないでしょうか。「お客さまが少ないな」と思ったら、メルマガを書いて即送信します。 常連さんはほぼ裏切らないです。みなさんも行きつけの料理店に行って、たまたま美味しくなかったことがあるでしょう? そういう時に大将に「これ、美味しくないよ」と面と向かっては言わないことが多いのではないでしょうか。黙って残して帰ってくる。常連であればあるほど、相手に嫌われるのはいやなんです。

うちも購入履歴100回を超えるお客さまほど、「あの、本当に申し訳ないんですけれど……」「はいっ、なんでしょうか」「こんどの日曜の午後は、急な法事が入って来ることを忘れてまして……」「はいっ」「夜間配達に変更できますか?」「大丈夫ですよ」という具合で、ものすごく丁寧な姿勢で来られます。

つまり、いいお客さまであるほど、こちらといい関係を保ちたいと思われている。澤井珈琲がお客さまから頂いたメールの2倍の量を書いてお返しするのも、「ちゃんと読んでますよ」という心をお伝えするためです。

■サービスも〝やり過ぎないこと〟が大事

ネットショップで大事なのは、いろいろな意見を言ってこられる方はリアルより多いとしても、それにあまり惑わされず、基本は買ってくださるお客さまを相手にするということです。ネットショップは経営が安定しにくいです。でも、常連さんが増えることで経営は安定していきます。何も特別なことではない──自分がされてうれしいことをお客さまにもしようということです。

でも、やり過ぎないことが大事です。「これを飲んだら、もう他のお店のコーヒーは飲めません」とか、そういう誇大広告は書きません。それと嘘はつかないということ。ある時、「これだけ入って1,999円!」と書くところが、1が抜けて「999円!」になっていたことがありましたが、その時は999円で売りました。損することもしょっちゅうありますが、お客さまの信用を損ねることが一番怖い。

シフォンケーキはじめ、コーヒー、紅茶に合うお菓子も澤井珈琲のオリジナル。「お客さまにお届けするものは、できるだけうちで作りたいと思っています」

最初の売れない頃は、一件一件、手書きでお礼の手紙を書いていました。1日100件を超えたあたりから腱鞘炎になりました。その時、思ったんですね。「お客さまは鳥取の田舎の珈琲屋の親父からの手紙が欲しいかどうか」「私がやっていることに果たして意味はあるのか?」と(笑)。

それからは荷物にコーヒーの匂い袋を入れることにしました。手紙の代わりにそれを入れてみたら、手紙の時は何の反応もなかったのに、「これはいくらで売っているものですか?」とすごい反応があったんです。お客さまは思いっきり心のこもった、大きなサービスが欲しいわけではない。「あ、こういうのが来た」、それくらいがちょうど良いんだろうと思います。

また、サービスするこちらも長く続けようと思うと、無理はできませんから。“盛ってる系”のネットショップの経営者は大体、2年くらいで倒産しています。 値引きだけがサービスではない、プレゼントだけがサービスでもない。無理してどんどんサービスしていくと、次のハードルがすごく上がるんです。だから少しずつお客さまを喜ばせていこうかなと私は思っています。

大手サイトでの澤井珈琲のレビューは5点満点の4.7か4.8。件数で見ても20万8000件あります。やらせレビューと思われるくらい、点数は高いです。レビューを書いたら送料無料、メールを書いたら半額にしますというのは、1回だけしかしたことはありません。一度調子に乗ってそれをやった時は、点数がものすごく下がりました。

おそらく、レビューを書くことを「お店をジャッジしてください」と取られたんでしょう。それですごくお客さまの目が厳しくなって、減点方式になったと思うんです。 それからはお客さまにフォローメールを送る際には、「みなさまからのレビューを見るのを、スタッフは喜びにしています。もしよかったら、声をかけてください」とだけ書いて送っています。それだけで20万件のレビューを書いていただいております。

一般企業でのレクチャーはほぼ初めてという澤井さん

■澤井版「ネットショップあるある」

今日のレクチャーには「本日だけの特典」をご用意いたしました。私がしてきたしくじりをいくつかをご紹介します。これは私だけでなく、「ネットショップあるある」だと思ってお聞きください。

まず、1番目は「できない理由を探す」。 「他にもやることあるし、ネットショップは作ってさえおけば、勝手に売れるんでしょ?」という認識で、大抵、下の人間に丸投げするんです。「どこどこが100万円売れてるから、お前も100万円売れ」みたいな。どこも人手が足りなくて、一杯一杯です。 私も2002年に楽天にショップをオープンして、『サルでも作れるホームページの作り方』という本を見ながら、夜中に一人起きて、ホームページを作りました。親が「お客さまがいる間は、パソコンに触るな」と言うんです。このことでは本当に殴られました。「こんなにがんばっているのに」と内心思いましたが、私が人生で初めて取り組んだのが、ネットショップだったので意地があったんですね。

当時は、朝9時から夜9時まで営業の店舗にいました。後片付けをして10時、家に帰ると11時。そこからご飯を食べてお風呂入ると12時、そこからホームページを作るんです。「こうすれば、コーヒーの写真が動くのか」とかどうでもいいことを朝の5時までやっていたり、それを3年間続けました。若かったからできたんですが、その間、ソファで仮眠して布団やベッドでは寝なかったです。寝ると朝起きられなくなっちゃうので。 その頃の気持ちでいまも覚えているのは、「まずい、このままやったら死んじゃうかも」と思いました。「もしかしたら、地獄の方がこれよりちょっと楽かも」というところまで行きました(笑)。

やることはいっぱいあるけど、時間ばかりが過ぎてしまう。でも、ホームページでコーヒー豆の写真を動かしたところで何か売れるはずがない。つまり、手は動かしていても、頭は働いていない。この頃はネットショップも実店舗も両方苦戦しました。 ですから、ネットショップに参入したいという方には、「いま持っている仕事も、これから新しくやろうとしている仕事も両方、命がけでがんばりましょう。ネットはライバルの顔も見えないですが、24時間365日戦いましょう」と、意見を求められた時には言うようにしています。

妊娠中でコーヒーが飲めない方、夜眠れなくなるのが心配な方にも安心なカフェインレスコーヒー。ドリップバッグとティーバッグならぬコーヒーバッグの2種類を用意

2番目は「自分が大好きなナルシストになるな」。 よくいるんです。これだけ一生懸命やってるのに綺麗なページが作れない、どうやっても素敵なメルマガが書けない、という方が。こんなつまらないメルマガを書いているのは自分だとは思われたくないんです。 私も最初の2年間はそうでした。ページもなかなか更新できませんでした。しかし、それでは売れないんです。ネットショップで売れない、イコール何もやっていないと思います。

最初は一人で始めたネットショップですけれど、今では220人のネット専門のスタッフを抱えるまでになりました。結果を出せないのはプロじゃないと私は思います。それくらい厳しいことだと考えています。

■ネットショップを続けていくために

ネットショップは、最後はやった者勝ちだと思います。昨日新しく始めた方法なんて、あさってにはみんなに真似されています。やり方は気にせず、どんどんお客さまを喜ばせましょう。パソコンに詳しくないから、綺麗な写真が撮れないから、かわいいページが作れないから……ネットショップを始めた当時の私も、全部がコンプレックスでした。「よくそんなコンプレックスだらけでインターネットショップをやろうと思ったな」と自分でも思います。

最初は会社に応援してもらえず、ネットモールに出店する5万円しか会社からは支給されませんでした、16年前、ノートパソコンが30万円したんですが、お金がないので買えない。5万円貸していた友達を思い出し、彼からノートパソコンをもらってきて始めました。

お金がないのでデジタルカメラも買えなかった。その結果、パソコンに触れなくなったんです。「これだけがんばってるのに結果が出ない。もうパソコンは見たくない」と1か月くらいパソコンに触らない時期がありました。でも結局、何もしないから売れないんです。だからやっちゃいましょう(笑)。やっているうちにできるようになります。誰がいきなりメルマガを年間600通書けますか? 普通は書けないですよ。

澤井珈琲の商品より、定番のドリップバッグ。ビターブレンド、マイルドブレンド、ライトブレンドの3種。澤井珈琲では現在、1日あたりコーヒー豆3~5トン分を製造する

上手なホームページを作る方法はすぐにはありません。メルマガもホームページも上達する方法はただ一つ。両方ともやり続けていくことしかないんです。 やってるうちに自分のルールが分かってきます。澤井珈琲のメルマガをいまだに私が書いている理由は、文章ってどうしても人柄が出ちゃうんです。他の人が書いたこともありましたが、売り上げに反映される率がすごく悪かった。

私は文章がうまいわけではないんです。お客さまの中に定年退職した国語の先生がいらっしゃいまして、私のメルマガにいつも赤字を入れて戻してくださるんですけれど、これは心が折れます(笑)。 これは“地方のネットショップあるある”ですが、「上司が誰も応援してくれない」ということがあります。私の場合は、両親が上司でしたので、相談をしても「自分で考えろ」と応援すらしてくれませんでした。部下たちには会社でパソコンをいじっていると、「パソコンして遊んでばかりいる」という風に見られて。

その結果、自分しかがんばれるやつはいないという具合に、どんどん追い込んでいきました。今でこそ自発的に働いて、クレーム対応も自分で何とかしようと思って積極的に動いてくれるような220人のネットショップ担当の社員がいますけれども、ここまでくる間には、辞めていった人たちもいました。

大体、ネットショップというのはそのために人を増やすようになると会社が崩壊します。家族経営でネットショップをされているところは多いですが、その場合、月収300万円で家庭崩壊、月収500万円で一家離散と冗談で言われるぐらい、売れれば売れるほどまた別の大変さが生まれてくるもので、人に対する優しさというものが欠けていくんですね。

だから私は最近、かなり丸くなりました。 誰にも理解されないことぐらい淋しいことはないな、自分が楽しくないんだったら、お客さまを楽しくできないんじゃないかな、と常に思っています。 ネットショップを始めた時は一人でしたが、いまは周りに友達がたくさんできました。そういった仲間達といまネットが普及しているこの時期に業績を伸ばすことができているのは、本当に幸運なこと。それに感謝しつつ、みな一緒に、伸びていきましょう、成功しましょうという気持ちで毎日働いています。

澤井さんの著書『奇跡の澤井珈琲』(2017年・宝島社刊)

澤井理憲さん

<プロフィール>
澤井理憲(さわい・まさのり)
1975年、鳥取県生まれ。米子南商業高校卒業後、両親が経営する(有)澤井珈琲に入社。鳥取・島根の店長を経て、2002年、楽天市場に「澤井珈琲Beans & Leaf」を設立。創意工夫とお客さんへの行き届いた心遣いで、売り上げを伸ばし続け、“ネットで一番売れる珈琲屋さん”に昇り詰める。著書に『奇跡の澤井珈琲』(宝島社)がある。
●澤井珈琲Beans & Leaf
●澤井珈琲公式ホームページ

<クレジット>
文/樋渡優子
勉強会撮影/村上悦子