前野隆司さん(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授、同大学ウェルビーイングリサーチセンター長)

ロボットの研究者から、幸福学の第一人者へ。アカデミズムの世界に活躍の舞台を移した前野隆司さんは、因子分析という手法を使って、幸福度を高める4つの因子を導き出しました。さて、その因子とは!? 私たちは日々の生活の中でその因子をどのように意識し、自分をコントロールすればいいのでしょう。前野先生の「幸福なお話」が続きます。
(前編「『幸福』と『ハッピー』は似て非なるもの!? 幸福学の第一人者 前野隆司さん」はこちら)

■ドーパミン型の力強い「やってみよう!」因子

幸福の心的要因を因子分析し、前野先生が導き出した「幸福の4つの因子」。幸福度を高めるには、まずそれらを知ることが大前提です。さっそく1つ目の因子からご紹介いただきましょう。

「1つ目の因子は『やってみよう!』因子。自己実現と成長の因子です。人生の意義が明確、自己実現をしている人は幸福度が高いんですね。ここでいう自己実現とは、やりたいことをやってわくわくすること。仕事でも趣味でもボランティアでも構いません。やりたかった仕事に従事しているとか、集中してがんばれることがあったり、夢や目標を実現しようとしている人は幸福です」

この端的な例がベンチャー企業かもしれません。目標に向かって全員一丸となってがむしゃらに働く。いま自分がやるべきことが明確であり、わくわくしながら目標達成に向けて走ることができれば、それは間違いなく「やってみよう!」因子が働いているということ。

「この因子は力強いドーパミン型の幸福です。何かを成し遂げたときにはドーパミンが出ますが、夢や目標に向かってワクワクしているときも出ているんです。逆に、仕事でも何でもやらされ感が強いと幸福度は低くなります。雑誌プレジデントと共同で研究したところ、余暇のために趣味のサークルなどに入っている人ほど幸福でした。ごろごろしている人は幸福度が低いので、無理やりでも外に出かけてやりたいことをやったほうがいいですね(笑)」

■人に感謝すると幸福になる「ありがとう!」因子

第2の因子は「ありがとう!」因子です。他者と積極的に接し、人に感謝し、他人との関係で幸福を得ている人は幸福度が高くなります。

「感謝すると優しい気持ちになりますよね。このときオキシトシンやセロトニンが出るんです。友人の数と幸福は比例するという結果も出ています。ただ、ここで大事なのは友人に多様性があること。社内外に友人がいるとか年齢も多彩という方のほうが幸福度が高いですね」

利他性と幸福との関係も見逃せません。社会的課題を解決するための活動と幸福度の関係を調べた内閣府の調査では、社会貢献をしている人ほど幸福度が高いという結果が出ているのです。

「自分だけ幸福になりたいと思っても幸福にはなれません。他人を幸福にしたいという強い気持ちを持っている人のほうが幸福になるように私たちの心はできているんですね。たとえ偽善でもいいんですよ。20ドルを自分のために使うグループと他人のために使うグループに分けて、どちらの方が幸福度が高くなるかを調べた実験によれば、後者の方が高くなった。実験であっても幸福度が上がったんです。無理矢理でも利他的な行動をしていると幸福度がアップします」

人助けをして喜ばれたら心がほんわり暖かくなる。人に親切にすると、その後なんだかとても気持ちがいい。これは幸福度が上がった状態だからです。

「妻がPTA会長をやっていたときに、妻に頼まれて学校で子どもたちに読み聞かせをしたことがありました。最初はいやいやでしたが、いざやってみると『読み聞かせにおじさんが来たのは初めて』などと子どもたちに喜ばれてうれしくなった(笑)。こうした幸福を感じられる社会にしていくべきだと思いますね」

■4つの因子が揃ってこそ幸福度は増す

第3の因子は「なんとかなる!」因子。楽観的で気持ちの切り替えが早い。こうした人は幸福度が上がります。

「楽観的というと、会社や仕事にそぐわないのではないかと思われますが、この場合の楽観とは、五輪の選手のようにやるべきことをやって後は楽しむという前向きな考え方。製品やサービスを営業するときも、前向きに説明すると幸福度が上がって、お客さんも気持ちよくなる。幸福は人にうつるという研究もありますからね」

最後4つ目の因子は、本来の自分をよくわかっていて自分らしくふるまう「ありのまま!」因子。人の目を気にせず、人との比較に陥らず、本来の自分のままに行動できる人は幸福なのです。

これらの4つの因子はどれか一つだけ突出していてもダメ。4つの因子が揃ってこそ、幸福度は増すといいます。

「看護師さんやボランティアなどに従事している人は第2因子が強いのですが、これだけが突出しているとバーンアウト(燃え尽き症候群)に陥りやすい。『よし、自分のためにやってやろう』という第1因子も必要ですね。

一方で『やってやろう』因子が強いベンチャー企業の経営者や従業員も、前向きな志向だけでは空回りしてしまう恐れがあります。幸福というのは、夢や目標があって、やる気にあふれていて、仕事も私生活も人と比較せずにがんばろうと思える。そして周囲に感謝し、仲間と良い信頼関係が築けている状態なんですよ」

■幸福な人は創造性や生産性が高い

いま前野先生は、幸福の4つの因子をどのように使っていけば人は幸福になれるのかという研究を進めています。応用範囲は極めて広く、無限といっていいかもしれません。ハウスメーカーと組んで、そこに住めば住むほど人が幸福になれる家を作る、職場を幸福にするワークショップを開催するなど、活動範囲は多岐にわたっています。

「幸福な人は不幸な人よりも創造性が3倍高いという研究結果が発表されています。生産性が1.3倍高いという研究もあるんですよ。つまり、そこで働くみなが幸福になれば、職場の生産性が1.3倍上がるということ。働き方改革というとムダをなくす方向に走りがちですが、たわいもないけれど肯定的なことやお互いによかったなと思うことを話し合うと、幸福度が上がります。本当にムダな雑談はいりませんが、つながりややる気を高める雑談はやった方がいい。そうすると生産性があがって、本当のムダが減っていきます」

そう語る前野先生は笑顔満面です。明らかに幸福度が高いことが見て取れる福福しい表情もまた幸福を長年研究してきた成果の一つではないでしょうか。

「年間1,000件の研究をしていますからね。幸福の条件を知り尽くしてしまって、私はどんどん幸福になっています(笑)。ぜひみなさんも人に感謝してみたり、部下とやりがいについて話してみてください。一見ムダなような会話を重ねることで生産性も上がり、離職率も下がります。良いことだらけですよ。幸福は人にうつるので、みなが幸福になると、まわりも幸福になっていく。みなで幸福な社会を作っていきましょう」

<プロフィール>
前野隆司(まえの・たかし)
1962年山口生まれ。1984年東京工業大学工学部機械工学科卒業、1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、同年キヤノン株式会社に入社。1993年博士(工学)学位取得(東京工業大学)。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、2008年に慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。2017年より慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。「思考脳力のつくり方」(角川新書)、「幸せのメカニズム」(講談社)など著書多数。

<クレジット>
取材・文/三田村蕗子
撮影/横田達也