中西健太郎さん(メディアトレーナー/ボーカルディレクター)

人前で話すのは苦手。プレゼンテーションを成功させる自信がない。そんな悩みを持つ方は多いのではないでしょうか。メディアトレーナー/ボーカルディレクターとして豊富なキャリアを持つ中西健太郎さんは、日本人の表現力のスキル向上を目標に「声」と「姿勢」を変えることを提唱・指導しているプロ中のプロ。ライフネット生命の勉強会では、中西さんの公開レッスンを受けた二人の社員が驚くべきビフォーアフターを遂げました。何をどうしたら「声」が変わり、自信を持って人前で話ができるようになるのか。その極意を中西さんが教えます。

■「行動のゴール」と「感情のゴール」

今回の勉強会は、体験レッスンを取り入れた公開セミナースタイル。人前に立って多少緊張気味のモデル社員2人を前に、中西さんはまず感情と行動について語ります。

「ビジネスには必ずゴールがありますよね。商品を買ってほしいとか、社員にモチベーションを持って働いてほしいとか。これを僕は『行動のゴール』と呼んでいますが、この行動には必ず感情が伴います」

料理を見て美味しそうだと思えば人は強制されずとも食べたくなり、あのアーティストが格好いいな、と思えば自主的にライブに出かけます。どんなに小さなことであっても感情が動かなければ行動には結びつきません。感情が行動を導く。これを中西さんは「感情のゴール」と呼びます。

「舞台芸術では『感情のゴール』を非常に大切にしています。例えば、『行動のゴール』をエコロジーとする舞台があったとしましょう。その場合、ただ舞台上から『環境破壊反対! 声をあげてください』と訴えても効果はありませんが、環境破壊によって苦しむ人を演じるとどうでしょうか。観ている人は感情が動かされて、こんなことは起きてはいけない、絶対に起きない社会を作ろうと思いますよね。感情から行動が生まれるからです」

■感情を動かすには高いエネルギーが要る

ビジネスでプレゼンを行うときも同様です。「投資をしてもらうこと」を「行動のゴール」としてプレゼンを行う場合、「気がつけば投資したくなった」「自ら投資を思い立った」という状況を作らなければゴールに達することはできません。

そのためには何が必要なのでしょう。中西さんは言います。

「エネルギーを高めることです。感情を動かすためにはエネルギーを高くしないといけない。これが前提です。人は圧倒的エネルギーを前にすると感情が動かされるものなのです。これぐらいで人が動くだろうという考えではダメ。社長を説得しなければ、というときにはエネルギーを入れ自分の芯を通して向き合おうとしますよね。それぐらいのエネルギーでなければ人は動かないんですよ」

エネルギーは体を動かすことで高まりますが、悲しいかな私たち現代人のエネルギー量は低下の一途をたどっています。動物であるはずなのに自らの足で動くことが減り、多くの人が体を動かさず机に向かって仕事をしています。隣の席の人に連絡するときにもメールを使うということも珍しくありません。

この2人が中西さんのセミナーを受けて、1時間半後にどう変わるのか!? 「アフター」の写真は後編で(編集部がスマホで撮影)

「現代社会ではコミュニケーションの半分はテキストに置き換わっています。それだけ体で表現をする機会が減っているんですね。しかし、座ったまま黙って仕事をしているだけでは、エネルギーは低いままです。人の感情を動かせるのはエネルギーが強い人ですから、仕事で訪問先に行くとか、大勢の人の前でプレゼンする前にはスイッチを入れてあげないといけない。まず、自分の体にエネルギーを入れるのが第一段階です」

■まず自分がその感情になる・身体を動かしてみる

感情を動かすために必要なのはエネルギーを高くすること。そのためには、誰よりも先に自分が“その感情になる”ことが必要だ、と中西さんは語ります。

「人は感情に反応します。なぜ映画を見て人が悲しくなるのかといえば、感情が作り手から見る人に移るから。僕が怒ると相手もいやな気分になりますよね。でも、僕が『気持ちが良いですね』と心から言えば、相手にもその感情が移って気持ち良くなります。

ただし、このとき強いエネルギーであることが重要です。エネルギーは高いところから低いところに流れ出す。大きな感情で『とっても気持ちが良い日ですね』と言ったときに相手に移り、相手の感情を動かすんです。相手を気持ち良くしたければ高いエネルギーで自分が最高に気持ち良くなることです」

この「気持ちが良い」という感情ほど強いものはありません。新しい顧客を開拓しようと営業に出かけた際、まず自分の気持ちを良い状態に持っていけば、その場の空気は和み、相手はこちらの話に耳を傾けやすくなります。知らない相手でも「話を聞いてみようか」という気分になります。

逆に、営業している本人が「こんな商品はどうでもいい」と沈んだ気持ちや投げやりな気分で話をしていては、相手の感情を動かせるはずがありません。

気持ちよく伸びをするなど、身体を動かしてエネルギーを上げていく

「お風呂に入って温かくて気持ちが良いと、思わず無意識に鼻歌を歌ったりしますよね。この無意識をうまく使えば表現芸術になり、悪く使えば洗脳になるんです(笑)。みなさんも『気持ちが良いな』と思って肩を回してみてください。足踏みしてリラックスして胸を開いて、お日様にあたっている気分になってみましょう。みなが気持ち良くなるといいな、と思ってやれば、職場のチームの感情も違ってきますよ」

このとき、モデルの2人をはじめ、全員が同じような「気持ちが良い」自分をイメージして体を動かしてみました。2人の感想を聞いてみましょう。

「なんだか気持ちいいです」
「素直に動けました。みんなも気持ちよくなっている気がします」

すでに変わり始めたモデル社員

気持ちが良くなったところで、後編はいよいよ限られた時間内で自分を表現するための効果的方法を学びます。ビジネスの場で使えるエッセンスをぜひインプットしてください。

(つづく)

<プロフィール>
中西健太郎(なかにし・けんたろう)
東京藝術大学音楽学部声楽科卒業後、ボイストレーナーとしてキャリアをスタート。幾人ものスター育成に関わり、日本武道館のような1万人超が入るライブ会場でも通用する、場の空気を一瞬で買える「声」を伝授。キー局のアナウンサー研修やメディアトレーニングも実施し、その手法は多くのアーティストや芸能事務所、レーベル、テレビ局から「カリスマをつくるカリスマ」と高く評されている。「日本人に決定的に欠けている表現力のスキルを向上させ、日本の未来に貢献する」ため、2014年からはビジネスパーソンを対象としたレッスンやセミナーも開催している。著書に『姿勢も話し方もよくなる声のつくりかた――自然とみんなを惹きつける43のレッスン』(ダイヤモンド社)。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナルオンライン編集部
文/三田村蕗子
撮影/横田達也