清水あやこさん(HIKARI Lab代表)

臨床心理士によるオンラインカウンセリングサービス「ココロワークス」、認知行動療法を手軽に学べるニュージーランド発のロールプレイングゲーム「SPARX」の国内版リリースなど、HIKARI Labの代表取締役をつとめる清水あやこさんは、従来の枠組みや発想にとらわれず、心の悩みを抱えた人が使いやすい、新しい心理ケアを次々に形にしています。

心のケアをもっと身近に感じてもらいたい、そして精神疾患の予防行動につなげてほしい。そう語る清水さんに、新しく手がけたノベルゲームアプリや現在に至るまでの道のり、今後の計画についてお聞きしました。

■エンタメ性を盛り込んだゲームアプリ

──HIKARI Labが監修したノベルゲームアプリ「問題のあるシェアハウス」を実際に使ってみましたが、ストーリーが楽しいですね。イケメンが登場するのもわくわくします。

清水:そう言っていただいてうれしいです。かなりエンタメ性をもたせたので心理系の専門家には「よくそこまで振り切ったね」と驚かれています(笑)。最近はデジタルヘルスの領域でお医者さんが監修したアプリも増えていますが、ゲーミフィケーションを取り入れるといってもキャラクターがかわいいとかクイズが入っている、といったものが多い印象です。飽きられてしまうことがないように、思い切りエンタメに寄せて作りました。

*ゲームソフトにみられるプレーヤーを楽しませる発想や手法、デザインのくふうなどを一般的な分野に応用し、人を引きつけたり、興味をかりたてたりする効果を取り入れることをいう。
出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)

乙女ゲーム「問題のあるシェアハウス」公式サイト

──「問題のあるシェアハウス」が生まれたきっかけを教えてください。

清水:ニュージーランドで開発された認知行動療法を手軽に学べるRPGゲーム「SPARX」を国内で発売したときに、『うつヌケ』でお馴染みの漫画家の田中圭一さんと、ある雑誌で対談をさせていただいたんです。そのときに「もっとエンタメ性の高いゲームを作りたい」と話したら、記事を見たfavaryというゲーム会社さんから「ぜひいっしょに面白いゲームを作りましょう」とお声がけいただきました。favaryさんもゲームに心理機能をつけたいというニーズをお持ちだったので、お互いの意向が合致してトントン拍子に話が進み、半年ほどでスムーズに完成させることができました。

──「SPARX」と「問題のあるシェアハウス」の違いはどこにあるのでしょう。

HIKARI Labが提供する日本語版「SPARX」アプリ

清水:「SPARX」はファンタジーの世界で冒険をしながら認知行動療法を学ぶゲーム。“認知行動療法”というキーワードで開発されたゲームですから、ユーザーは主に自分で問題を解決したいという意欲がある方です。そのため、敷居の高さを感じる人も少なくありません。日々ストレスを抱えていたり解消したい問題はあるけれど、専門的な助けをお願いするのははばかられる、という層にはなかなかアプローチできないままでした。

「疾患を患っていると思われたくない」と考える人はたくさんいますし、問題を問題として自覚していない人も多い。そうした人にも届くように、エンタメ性を盛り込んで作ったのが「問題のあるシェアハウス」なんです。

──問題を自分で意識していない方が多いんですね。

清水:はい。そうした方にプロの助けを借りてもいいんですよ、と伝えたい。そこで、メインストーリーは恋愛としながら、こういうときには専門家に話してもいいんだよ、というメッセージや、カウンセリングではこういうことをしています、という情報を別枠で発信しています。

■女性によくある悩みをプラス

──「問題のあるシェアハウス」のストーリーやキャラクターはゲーム会社が作ったものですか?

清水:ベースとなるシナリオの大筋とキャラクター設定はゲーム会社のfavaryさんが作り、それをこちらが監修するという形です。それぞれのキャラクター設定に対して性格特性をもたせたり、親や友だちとの人間関係や自分の理想像に縛られるといったバックストーリーを取り入れています。

──心理ケアという観点から清水さんが修正を依頼された箇所はありますか?

清水:読んでいてストーリーとしては面白いけれど、侵襲性(心が脅かされるようなネガティブな影響を受けること)が強い内容はやめましょうと提案しました。読んでいて悩みが解消されるゲームを目指してはいますが、あまりに悩みが生々しすぎるとそれがストレスになって読むのが辛くなるからです。逆に、女性によくある悩みは加えてもらいました。内部で同期にマウンティングされたり、カチンとくるような言葉をキャラクターにしゃべってもらったり(笑)。

──たしかに、とてもリアルでした。でも、ゲーム上でキャラクターが発する言葉が優しいのも印象的です。心が温かくなりました。

清水:それはよかった。シナリオライターが書いたストーリーにプラスアルファして、使っている方にほっとしてもらえたり、心がすっきりするような言い回しを入れてもらったんですよ。

■「声優が好きだから」で利用する人も

──最近のゲームは、ゲーム内でどんどん課金されるタイプが多いのですが、「問題のあるシェアハウス」は課金要素が少ないですね。

清水:単純に話題性があるものを作りたいというよりも、自分たちにも同じような問題意識があるのでそれを解決したいという思いがfavaryさんにも強くあったんですね。ですから、課金モデルについてのお話はすんなりと進みました。あえて課金を減らすという会社はなかなかないかもしれません。本当にパートナーに恵まれていたと思います。

──ゲームに起用している声優さんの声もステキですね。

清水:魅力的な声優さんを起用しているので、心理機能というよりも「声優が好きだから」という理由で使ってくれている方も多いようです。このゲームをきっかけに心理ケアに対して関心を持ってもらえればこんなにうれしいことはありません。

──今後新しく展開していきたいことなどはありますか?

清水:具体化はしていませんが、キャラクターを増やし、新しく別の人物の恋愛ストーリーを追加して物語に厚みを出せたらと考えています。

──ますます楽しみですね。

(後編につづく)

<プロフィール>
清水あやこ(しみず・あやこ)
上智大学国際教養学部卒業。外資系証券会社勤務を経て東京大学大学院臨床心理学コース修士課程修了。2015年に心理ケアサービスのスタートアップ、HIKARI Labを創業。 2018年4月に著書『ちょこっと、ポジティブ。 一瞬で気持ちがふわっと軽くなる35のコツ』を、7月に『女子の心は、なぜ、しんどい? 』を上梓。多くの女性の共感を呼んでいる。
●HIKARI Lab 

<クレジット>
取材・文/三田村蕗子
撮影/横田達也