黒田尚子さん(黒田尚子FPオフィス代表)

家族に乳がん患者が多い相談者さん。まだ23歳と若いながらも、自分も乳がんになってしまうのではないかという不安にかられています。健康診断を受けてがんが見つかったらどうしよう、その後の仕事はどうなるのだろう、結婚はできるのか、胸を残す治療も可能なの? 乳がん経験者でもある黒田さんが、心配の絶えない相談者さんにアドバイスを送ります。

【相談】

祖母も母も乳がんになりました。私はまだ23歳ですが、そのうちがんになってしまうのかもしれないと考えると不安です。健康診断を受けて、もしがんが見つかったらと思うと怖くてたまりません。仕事やお金、結婚について今後どう考えたらいいのでしょう。胸を残すことはできるのか、あれこれ考えてしまいます。何から手をつければいいでしょうか?(20代 女性)

■乳がんになるピークは40代後半から50代前半

ご家族に乳がんになった方が2人もいると不安ですよね。わかります。私も以前、そう思っていたことがあります。がんは遺伝するものだという意識がありました。

でも、遺伝によってかかる乳がんの割合をご存知ですか? 答えは約7〜10%。意外なほど低いんです。

遺伝性のがんについてちょっとお話すると、がん抑制遺伝子のひとつであるBRCA1とBRCA2のどちらかに変異や組み替えが生じると、男性であれば前立腺がん、女性であれば乳がんや卵巣がん、卵管がんなどが発症する可能性があります。婦人科系のがんは、遺伝でかかる確率が高いことは確かです。

[出典]厚生労働省「平成26年 患者調査」
*総患者数は、調査日現在において、継続的に医療を受けている者(調査日には医療施設で受療していない者を含む)を推計したもの

でも、女性が乳がんになる年齢は30代から増えはじめ、ピークは40代後半から50代前半。もちろんゼロではありませんが、20代で乳がんにかかる方の割合は非常に少ないんですよ。少しほっとしました? まずこのことを知ってください。

■がん検診は保険と同じ

よく乳がんにかかったタレントさんが、TVで「乳がん検診をぜひ受けて」と訴えていますよね。でも、なんでも検診を受ければ良いというものではありません。

日本乳癌学会のガイドラインによると、日本では、40歳以上の女性に対してマンモグラフィ検診を含む2年に1回の検診が推奨されています。マンモグラフィ検診は、自覚症状がまったくないときでも、しこりとして触れる前の早期乳がんを発見できる可能性があるからです。

それに対して、20代や30代といった若年者で、自覚症状のない方がマンモグラフィ検診を受けても、罹患率の低さや診断精度の低さなどから、死亡率を低減させる効果はほとんどなく、それよりもコスト面や被ばくの可能性、偽陽性(マンモグラフィ検診では「がんの疑いあり」とされたものの、精密検査では「がんではない」と診断されること)があるため行うべきではない、とされています。だから、20代の相談者さんが心配だからとやみくもに検診を受ける必要はありません。
(参考 日本乳癌学会

もちろん、ご相談者のように遺伝性乳がんの疑いがある方は、若い頃から検診を定期的に受けることも大切。それでも、まずは、乳腺科や乳腺外科などの専門医に相談することです。

私は、“検診”は“保険”と似ていると思っています。保険もただ入ればいいというものではないですよね。自分のニーズに合った保障を選び、必要な期間だけ入るのが基本。がん検診も同じです。一律に受ければいいというわけじゃない。マンモグラフィ検診を受けるとお金がかかるし、乳房を挟まれて痛いし(笑)、それで効果があればいいけれど、若い人にとってはさほどでもないのです。

それに、検査方法の特徴を知ることも重要です。例えば、マンモグラフィは、脂肪が多いほど全体に黒っぽく透けて写り、乳腺組織が多いほど全体に白っぽく写ります。若いときは、乳房にもハリがありますよね? それは乳腺が発達しているからです。しかも、日本人などアジア人女性の乳房は、マンモグラフィで検査をすると乳房全体が画像上で白っぽく映る「高濃度乳房(デンスブレスト)」というタイプが多いのです。

「高濃度乳房(デンスブレスト)」の場合、マンモグラフィ検診をしても乳房全体が白っぽく見えてしまうので、同じように白く見える乳がんを探し当てるのは難しい。「雪山で白ウサギを探すようなもの」と言われているほどです。そのため、高濃度乳房(デンスブレスト)の方は、マンモグラフィ検診に加えて超音波検査との併用がすすめられています。要するに、自分の年代やカラダに合った検査を受けることが重要なのです。

■継続的に検査を受けて生活にも気を配ろう

とはいっても、やっぱり心配ですよね。

だったら、まず正しい知識を仕入れましょう。マンモグラフィ検診を受けて、「高濃度乳房(デンスブレスト)」だとわかったら、超音波検査も受けましょう。最近では、自治体や医療機関によっては、高濃度乳房の通知を行っているところもありますし、乳腺のタイプや密度について聞けば教えてくれるはずです。

マンモグラフィ検診を受けるのなら、A認定の読影医師がいる病院を選ぶことをおすすめします。乳がんを早期発見するためには、高度の撮影技術と精度の高い読影力が欠かせません。日本乳がん検診精度管理中央機構では、そうした技術を持つ医師を読影医師として認定し、試験評価はA〜Dの4ランクに分類されています。

同機構では、A、Bの人を検診マンモグラフィ読影医師として認定していますが、 A認定の読影医師はこのうちもっとも高い読影レベルを有するお医者さんです。試験では、90%以上の読影力がなければランクAに合格しません。「マンモグラフィ読影認定医」などと検索すれば、所属している医療機関のリストもチェックできます。同じマンモグラフィを受けるのであれば、ぜひ技術力のある先生に診てもらいましょう。

それから、経過を見るのも大事ですね。同じ先生・医療機関に継続的に診てもらうと、胸の状態がどう変化しているかがつかみやすくなりますし、同じ病院で見てもらえればデータが残ります。これはとても大切なことです。

定期的に検診を受けるだけでなく、日々の生活にも気を配りましょう。食事、睡眠、運動、それからタバコを吸わないこと。生活習慣が与える影響は大きいです。がんになりにくいとされている生活を心がけてください。

がんが怖い、検診を受けなければ、保険に入らなければ、とあれこれ考えてしまうのはわかりますが、もっとも大事なのは正しい情報に触れること。そうすれば、自分は大丈夫かもしれないと落ち着いて考えられるようになりますよ。

■がんになったときの治療費に今から備えるなら

もし、本当に乳がんになってしまったら。経済的理由で治療をあきらめる……ことだけは避けたいですよね。20代で若いから、収入や貯蓄が十分にあるわけではないと思います。でも、若いうちだといいこともあるんですよ、保険料が比較的安いので、医療保険やがん保険に入っておくというのも一つの方法です。

ご相談者さんのように、遺伝性乳がんが心配だという方は、早い時期からがん保険などに加入しているケースが多いですね。それに、がん検診もマメに受けているので、早期で見つけて、治療も医療費も軽く済んだという場合も。とにかく、あれこれ悩むよりも、今できることをしっかりしておくのが一番ではないでしょうか。

よかったら、がんと向き合うお金について話をしたこちらの記事も読んでみてくださいね。

がんと向き合うお金、どんな心構えが必要? がんを経験したお金のプロ・黒田尚子さんにきく

<プロフィール>
黒田尚子(くろだ・なおこ)
1969年富山生まれ。立命館大学卒業後、1992年(株)日本総合研究所に入社。SEとしておもに公共関係のシステム開発に携わる。1998年、独立系FPに転身。現在は、各種セミナーや講演・講座の講師、新聞・書籍・雑誌・ウェブサイトへの執筆、個人相談等で幅広く活躍。2009年12月に乳がんに罹患し、以来「メディカルファイナンス」を大テーマとし、病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動も行っている。CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士、CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター、消費生活専門相談員資格を保有。
●黒田尚子FP オフィス

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子
撮影/村上悦子