左から西口洋平さん、春野直之さん、金澤雄太さん

2017年10月6日に発足した「がんと就労」に関する民間プロジェクト「がんアライ部」は、がん罹患者がいきいきと働ける職場や社会の実現を目指して活動している団体です。毎回テーマを決めて勉強会を開いたり、企業の人事担当者のディスカッションや交流会、ワークショップを開催したりするなど、発足以来、多彩な取り組みを行っています。

6月12日には第6回目の勉強会が開催されました。今回のテーマは、「がん治療中の部下と上司の良い関係って?」。二度にわたる転移を経て、現在も経過観察中の金澤雄太さんと、金澤さんの上司にあたる春野直之さんにご登壇いただき、抗がん剤による治療を受けながら仕事を続け、一般社団法人キャンサーペアレンツの代表理事をつとめている西口洋平さんの司会進行でパネルディスカッションを実施しました。

金澤さんはいかにして仕事と治療を両立させたのか。そして、会社はどう対応し、上司の春野さんはどのようにサポートしてきたのでしょう。自らの経験も踏まえながら、西口さんは金澤さんと春日さんからリアルで実践的な体験談や見識を引き出していきました。実りあるパネルディスカッションのエッセンスをお届けします。

■「会社のことはさておいて治療に専念しろ。戻ってこられるようにしておくから」

西口:まず金澤さんにお尋ねします。がんが発覚したとき、どのように会社に報告しましたか?

西口洋平さん(一般社団法人キャンサーペアレンツ代表)

金澤:私の場合は、盲腸で入院したときにがんが発覚するというちょっと特殊なケースだったので、親よりも早く会社の上司に電話で報告しました。上司はちょっと息を呑んだ後、「ちゃんと治してこい。会社のことはさておいて治療に専念しろ。戻ってこられるようにしておくから」と言ってくれて、うれしかったですね。雇用とか収入に関するもやもやとした不安が消えましたから。

春野:当時、私は直接報告を受ける立場ではなかったのですが、連絡を受けて、どのタイミングでどう他の社員に伝えてほしいのか、まずは金澤の意思を尊重しようと考えました。

西口:めちゃくちゃ良い会社ですね。

金澤:当時は特になんとも思っていませんでしたが、後に他のがんサバイバーの人と話をして、うちの会社の良さを再発見しました(笑)。

西口:私の場合、営業の部署にいたし、非常に数字にシビアなので、上司には言えなかったです(苦笑)。職場復帰後は何からスタートしましたか?

金澤:弊社はコンサルタントがそれぞれ担当企業を持っています。その企業には、「一時的に別の人間が担当していましたが、復帰したのでまた私が担当します」と連絡を入れました。

西口:がんが発覚したときは企業にどう伝えたんでしょう?

金澤:最初に虫垂がんであることがわかったときには、当時の主治医から再発リスクは低いと言われていたこともあり、「盲腸が長引いていて」と伝えただけ。がんであることは特に言いませんでした。

西口:会社として、がんであることを顧客に伝えるリスクは何かあった?

春野:まったくありません。なぜ伝えたらいけないのかがわからない。ただし、どう伝えるかは彼に一任しました。

西口:本人の意思を尊重する姿勢が一貫していますね。社名、公表したほうがいいですよ(笑)。

金澤雄太さん

■がん患者に対するマネジメントは特にしていない

西口:復帰後、金澤さんの仕事の内容は変わりました? それとも以前のまま?

金澤:当時、私はマネージャー職でしたが、復帰後、マネージャーのままかコンサルになるか、どちらがいいかと聞かれたのでコンサルを選びました。弊社の人事の特徴で、どちらも同じ等級なんです。管理職からスタッフにスライドした形ですね。

西口:じゃ、目標設定も変わった?

金澤:それが同じなんです。春野さんからは、業務量や労働時間を変えず、以前と同じ目標にチャレンジしてみないか? と言われました。難しければ目標を少し下げればいいし、最初から下げる必要はないんじゃないかと。だから、スタッフにはなったけれどKPIについては変わっていません。

西口:なんと! 管理部門とか内勤の選択というのはなかったですか?

金澤:マネージャーかコンサルかの二択だけでした。

春野:本人が内勤を希望しないことはそもそもわかっていたんですよ。

西口:じゃ、迷いがある社員だったら違っていた?

春野:別の提案をしていたかもしれませんね。

西口:金澤さんはこれまでに3回休職しています。いずれのときも、彼がやめるという発想はなかったですか?

春野:毎回、復帰を前提としていました。語弊を恐れずに言うと、がん患者に対するマネジメントは特にしていないんですよ。他のメンバーにも特別な配慮をさせていません。

西口:大事なのは、本人が自分の役割をまっとうしたいという姿勢があるかどうか。あるのであれば、戻ってくるという前提で「この人に仕事を任せよう」という対応をしているわけですね。

春野:弊社にはワーキングマザーもたくさん働いていますし、そのなかでハイパフォーマンスを出している人もいます。対応としてはそれに近い。ワーキングマザーも、妊娠の告知から入院、出産、体調の変化がある程度事前にわかっているので、復帰を前提に対応ができます。ただし、本人は「大丈夫」と言いがちなので、週に一度のチームミーティングの場で同僚からコンディションについては確認しています。金澤と仲がよいメンバーから「最近、彼は顔色が悪い」と聞けば、仕事をセーブさせていました。

西口:よく見ている回りの声を基準にすることは大事ですね。

■チャレンジさせてくれたので、言い訳をせずに仕事を進めていくことができた

西口:さて、金澤さんの仕事とがん治療とはうまく両立していますか?

春野:金澤は昨年、全社で表彰される業績をあげたんですよ。彼がやっていること、私がやってきたことが結果につながったということなので、本当にうれしかったですね。

春野直之さん

西口:金澤さんが仕事に復帰するにあたって、何か困ったことはなかったですか?

春野:まったくありません。むしろ、彼が病気であることを社内風土づくりに活用させてもらいました。彼が戻ってきたときに最高の状態にしよう、顧客からクレームがたくさん来たり、業績が悪い組織に戻ってくることになるとかわいそうじゃないか、業績が良い方が彼も戻りやすいからそのためにできることを考えようと号令をかけていました(笑)。

金澤:表彰されるような状況に持っていけたのは、甘やかさずにがんサバイバーとしての就労のスタンスを作ってもらったからです。チャレンジさせてくれたので、言い訳をせずに仕事を進めていくことができました。私は、がんが二度転移し、二度復帰しましたが、どちらのときも春野さんからは「『生きざま』を見せてくれ」という言葉をかけてもらったんですよ。

西口:生きざま…。なんて厳しい言葉だろうととっさに思いましたが、春野さんが金澤さんのことをよく理解しているからこその言葉ですよね。金澤さんには、自分のことをわかってもらえているという安心感があったんだと思います。

金澤:本当にそうです。

西口:がんにかかり、仕事に復帰するという経験を通して、金澤さんの仕事に対する意識に何か変化はありましたか?

金澤:がんになったとき僕は32歳で管理職2年目。正直に言うと、最初はどうキャリアアップしていけばいいのか悩みました。サラリーマンのキャリアアップは役職が上がることだという発想があったからです。一時的に自分の部下だった人間が上司になった時期もあり、そのときは焦りましたが、社会と関わり、自分のことを多くの人に覚えておいてもらうためにも良い仕事をして、発信していこうと考えるようになりました。縦を目指すのではなく横に広がろうと考えた。それが自分の拠りどころだったんです。

春野:弊社は人材紹介業です。いってみれば仕事そのものを扱う仕事なので、仕事や働くということに対する意識や価値観が非常に大事ですが、私が仰々しく「働くということは〜」と説教するよりも、当事者である一(いち)メンバーが熱量を持って自分の価値観を表現してくれた方が、より皆に伝わるんですね。金澤らしい価値観や組織に対する貢献度、バリューには他のメンバーも感化されました。おかげで組織全体の厚みが増したと思います。

私の考え方も変わりました。人はいつ死ぬかはわからない。その中でどう仕事を選択していくか。それが自分のキャリアを作ることなんだと思うようになりました。これは、お客さまにもそのままお伝えしています。

■人事の話なのに人事制度の話が一回も出なかった

パネルディスカッションの後、がんアライ部の発起人であるカルビー常務執行役員CHRO兼人事総務本部本部長の武田雅子さんからのまとめがありました。

武田雅子さん(カルビー株式会社執行役員人事総務本部本部長)

武田:みなさん、今回のパネルディスカッションに人事制度の話が登場しなかったことに気づきました? 制度うんぬんではなく、マネジメントの観点から非常に素晴らしい視点を2ついただいたと思います。一つは、毎回、本人ときちんと向き合って、とことん話を聞くこと。当たり前のように思えますが、これはそう簡単にはできません。もうひとつは、チャレンジする風土を自然に作っている点。

がんに罹患し、治療しながら職場に復帰した部下に『チャレンジしろ』なんてなかなか言えませんよね。これは、お二人の会社ががん患者に対して過度なケアをするのではなく、心理的安全性を担保しながら、結果を求める風土をつくっているから。役職が上がるキャリアアップ一辺倒ではなく、内的キャリアに気がついたというお話にも感銘しました。これは新しい時代の新しい働き方のスタイルではないでしょうか。

<プロフィール>
金澤雄太(かなざわ・ゆうた)
大手人材紹介会社勤務。東京在住。妻と二人の娘の4人暮らし。2014年に盲腸の手術をした際の病理検査にて同部位のがん化が発覚、虫垂がん(ステージ2b)の告知を受ける。その後、2016年に肝臓、2017年に肝門部にそれぞれ転移し、ステージ4に移行。肝臓に対しては手術、肝門部に対しては抗がん剤+手術にて治療、現在も経過観察中。2018年より講演活動開始、2018年8月のジャパンキャンサーフォーラム【がんサバイバーの 声を聴こう!】への登壇を皮切りに、企業人事・経営者向けや地域医療者向け、小学校の児童生徒向けなど多方面にて講演実績あり
http://www.cancernet.jp/speaker/post348

春野直之(はるの・なおゆき)
2006年より一貫して大手人材紹介会社で勤務。人事・キャリアアドバイザーを経て、現在はインターネット領域を中心に幅広い業界への転職斡旋を支援。また、シニアマネジャーとして 70人のメンバーを管掌しつつ、マネジャーとして 3チームを兼務。

西口洋平(にしぐち・ようへい)
一般社団法人キャンサーペアレンツ代表理事。エン・ジャパン株式会社人材戦略室所属。1979年生まれ、大阪府出身。妻、娘(10歳)の3人家族。2015年2月、35歳の時にステージ4の胆管がんの告知を受ける。周囲に同世代のがん経験者がいない状況のなか、インターネット上でのピア(仲間)サポートサービス「キャンサーペアレンツ~こどもをもつがん患者でつながろう~」を立ち上げる。現在も、抗がん剤による治療を続けながら、仕事と並行して活動中。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
取材・文/三田村蕗子
撮影/横田達也