『2030 SDGs』ファシリテーター・荒木朋之さん

2015年9月に国連サミットで採決された「SDGs(持続可能な開発目標)」。ライフネット生命では7月17日に「2030 SDGs」というカードゲームを実施した(前編参照)。各チームの目標(ゴール)を達成しながら、一つの世界を創ってゆく。この体験からどんなことが見えたのか。後編では、2030 SDGsのファシリテーターの荒木朋之さんに世界の状況と照らし合わせながらSDGsの本当に伝えたい部分についてお話ししていただいた。

■自分自身が満たされたときに、周囲に目が行くようになる

「世界の状況メーターを経済、環境、社会に分けて、各チームにプロジェクトを遂行していただきながら一つの世界が創られました。前半では、経済16、環境2、社会4だったのが、後半ではいずれも12という非常にバランスのよい世界が生まれましたね。皆さんは、前半と後半を比べて、どのような変化が生まれましたか?」と荒木さんが問いかけると、次のような意見が出た。

「前半は、ベースとして自分のチームの目標を達成することが第一優先だった。世界のパラメータは、自分の目標に関係する部分だけしか見ていなかった」
「前半、交渉の際は、自分のチームが不利益を被らないか注意していた」
「現実世界と同じように綱引きをしていた」
「後半は、中間発表で世界の状況を改めて見たことで、足りない要素を伸ばそうとした」
「お金や時間がある人がボランティアをする世界が生まれた」

自分のチームの目標をクリアすると、満足感が生まれ、余剰資源をシェアし、プロジェクトと資源が中央に集まって再分配される流れが発生した。それによってプロジェクトが効率的に遂行され、急速にバランスの取れた世界が生み出された。

あるチームは、最初から2チーム合同でゴールを達成しようという動きがあった。荒木さんが、「これは初めて見たケースですね。なぜ、2チームで動いたのでしょうか?」と問うと、次のように返ってきた。「目標が偶然一緒だったので、皆で達成しようという気概が生まれました。2チームで動くことで、視点が増えて目標達成がしやすかったです」。

参加した社員から熱い感想が出た

荒木さんは次のように解説した。「実は、このゲームは経済が伸びやすいように設定されています。しかし、一般的な傾向としては、経済が伸びてから、環境、社会の順に伸びていく。これは現実世界でも同じです。いきなり環境を改善しようとしても、ある程度経済が回らないとできないんです。もちろん、現実世界もゲームと同じように『綱引き』が発生します。経済が伸びれば環境が落ちる、環境を伸ばせば社会が落ちる。このあたりがポイントになります」。

共通する意見として、「資金は潤沢に余ったけれど、最後は時間が足りなかった」というものがあった。

荒木さんは、この点にも注目した。「時間が足りなくなるのは至極自然なことです。2030年までという期限があるからです。また、『足るを知る』という言葉がありますが、自分のチームがどこまで資源を獲得したら満足するのか。上限がないと、まとまりません。助け合いも起こりません。そういうことも、このゲームのメッセージの中に含まれています」。

■一見無関係でも、世界は繋がっている

続いて、今回のワークショップの振り返りに入る。

1つ目のポイントは、「繋がっている世界」ということだ。「風が吹けば桶屋が儲かる」あるいは「バタフライエフェクト」という言葉がある。一見、何も関係がなさそうなものが繋がっているということを意味している。

実際、この世界にはバタフライエフェクトのような事象が存在する。例えば、スナック菓子が地球温暖化に繋がるということだ。

荒木さんは次のように説明した。「インドネシアでは、1985年の緑の量を100%とした時、2012年には47%まで減少しました。なぜでしょうか。それは、パームヤシの実を栽培するためです。パームヤシの実からはパーム油が作られます。そのオイルは、スナック菓子、カップラーメン、チョコレート、ドレッシング、それ以外にもシャンプーや洗剤にも使われます。食品の裏側にある『原材料名』に『植物油脂』と書いてある商品がありますよね。それがパーム油です」。

このパーム油は、一人あたり年間5キログラムほど使用していると言われている。しかし、その植物油脂はどのように作られてきたかは調べようがない。

荒木さんはさらに続けた。「森林伐採が起こると、CO2が増えて、気候変動、温暖化が起こることは周知の事実です。ここに先ほどのスナック菓子の話を持ってきます。安いスナック菓子を作ろうとすると、安いパーム油を使わなければならない。そのためには、大規模な農園が必要です。これが、森林伐採に繋がる。安いスナック菓子が、地球温暖化に結びつくわけです」。

影響はこれだけではない。大規模な土地を確保するために、土地紛争や汚職が起こることもある。児童労働という安い労働力も使われる。そんな世界に繋がって行くのだ。

このように、パーム油一つ取っても、世界がすべて繋がっていることを忘れてはならない。

荒木さんは、世界メーターの「見える化」についても強調した。「SDGsの17の目標をすべて達成することは、一見、非現実的に見えるのですが、皆が『見える化』した上で会話をすれば、余った資源を足りないところへ支援することができ、目標を達成できるということを体感していただきたかったのです」。

自分自身の一つひとつの活動が、バランスの取れた世界を創ることに繋がるということ。自分自身が起点だということ。この2つの点が重要だと荒木さんは述べた。

■「自分だけやっても意味がない」では何も変わらない

2つ目のポイントは、「セルフリーダーシップ」だ。

「ゲームでは、目標であるゴールカードに達成の条件がありましたが、実際の世界には上限がありません。しかし、皆さんの気付きにもありましたように、自身が満たされていなければ、周囲を見渡すことは難しいのです。そこで、全員が情報をオープンにすることが必要です。現実はそんなに簡単ではありませんが、それは『できない理由探し』であり、自分の役割ではないと外から問題を見てしまっているのです」と、荒木さんは言う。

社会全体が変わらないとダメだ。自分一人が行動しても意味がない。自分には世界を変える力などない。それは、諦めてしまったパターンである。

このような個人の考え方において、3つの段階がある。1つは「傍観者(批評家)」だ。課題や見たくない現実に対し、自分と切り離して関係のないことと捉えていること。例えば、飲み屋で会社の悪口を言ったり、上司に対する愚痴を言ったりするパターンだ。それは、責任を取らなくてもいい、安心で居心地が良い、傷つかなくてもいいというメリットはあるが、現状は何も変わらず、成長もしないというデメリットがある。

そこから一歩成長した2つ目のパターンは、「問題解決型」だ。日本で一番多いパターンと言われている。問題を分析して解決しようとするが、外側から対処するという層である。しかし、問題は複雑に絡み合って益々高度化していくため、次から次へと新たな課題が発生する。一見、達成感があり、成長し、能力も上がり、自己承認欲求も満たされるが、問題が発生し続けるため、「なぜ自分はこんなことをやっているのか」と空虚感が増してくる。

さらに成長した3つ目のパターンが、「主体者(私も起点)」だ。課題や見たくない現実の中に立ち、「そもそもなぜこの課題が起こっているのか」という本質を捉え、システムそのものを見直す「主体者」となって動くことである。

「与えられた課題に対処をするということも大事ですが、問題の本質を捉えれば、自分自身の立ち位置ややるべきアクションが変わってきます。目の前の仕事に全身全霊を懸けることも大切ですが、5年後、10年後の会社や国、世界を改善していくためには、何をすべきかと考えることが重要です」と荒木さんは主張する。

■「見える化」と「主体性」が世界を変える

3つ目のポイントは、「実際の世界の状況」だ。

初心者にもわかるように解説をしてくれる、荒木さん

こんな事例がある。米国では、ダコタ・アクセス・パイプラインという総工費38億ドル、1886キロメートルの巨大な地下石油パイプラインのプロジェクトを再開した。これは経済にはプラスに働くことは間違いない。当初、17の銀行がこのプロジェクトに融資しようとしていた。ところが、100以上の機関投資家が、「このプロジェクトは経済にはプラスに働くが、環境や社会に貢献するものだろうか」との問題提起をしたことで、メガバンクが融資を取りやめると宣言したのである。

投資先として魅力的になるためには、「環境(Environment)」「社会(Social)」「企業統治(Governance)」の3つの要素(ESG)を兼ね備えている必要がある。今後は、この3つを取り入れなければ、投資家から賛同されなくなる。今、そんな世界になりつつあるのだ。

日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も、ESG関連に1兆円の投資をすると宣言した。まだまだ世界全体から言えば限られた金額ではあるが、この点についての関心が高まっていることは間違いない。

インド政府は、「2030年までに電気自動車(EV)を普及させる」という宣言をした。一見、「インドは環境大国になるのだな」と思われるかもしれないが、実はその裏には事情がある。インドがEV化を進めることで、他国の自動車メーカーやEVメーカーから多額の投資を受けられる。EVの輸入も増加することから、EV化を進める他国ともwin-winの関係が築けるのである。

その他、国のみならず、世界の各企業もSDGs目標を掲げていることも忘れてはならない。

最後に、荒木さんは次のようなポイントを指摘した。「フォアキャスティングとバックキャスティングという言葉があります。フォアキャスティングとは、現状を精緻に分析して、それを次のステップに上げるためにはどうするかという考え方です。一方でバックキャスティングとは、未来のある1地点に向けて、今どうすべきかを逆算する考え方です」。

SDGsは2030年の世界の17目標を宣言し、その点を見据えて何をすべきかというバックキャスティングを採用している。目標実現のために必要なのは、先にも触れた「見える化」と「主体者の視点」だ。

【図表1】

2019年現在、世界各国のSDGs目標の進捗は図表1のようになっている。緑が達成した項目、黄やオレンジ、赤は未達成の状況だ。このように「見える化」することで、達成率の高い国が未達成の多い国に支援することができる。

世界を少しでも変えていくために、一人ひとりが主体性を持ち、世界の状況を見据えることが肝要だ。今回のワークショップを踏まえ、自分に何ができるかを考えるきっかけになればと願う。

<プロフィール>
荒木朋之(あらき・ともゆき)
大阪府出身。上智大学にて地球環境法学科で企業環境法を学ぶ。広告、小売業界などを経て現在は保険業界でマーケティング部門に所属。仕事と並行して2018年「2030 SDGs」カードゲーム公認ファシリテーターの資格を取得。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/森脇早絵
撮影/横田達也