2019年7月28日、“奥渋谷”にあるこだわりの本屋さんSHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(以下、SPBS)を会場に、SPBS主催&ライフネットジャーナル共催の特別イベント「人生の悩みはお金の悩み」が開催されました。登壇したのは、【FP黒田の人生相談】でおなじみのファイナンシャルプランナー・黒田尚子さんと、金融審議会 市場ワーキング・グループの委員でもあったフィナンシャルジャーナリスト・竹川美奈子さん。二人のお金のプロが、「老後2000万円問題」や人生に必要な力について意見を述べ、語り合いました。

台風が直撃か!? と思われた日曜の午前中にも関わらず、出席率は100%! 豪雨上がりの蒸し風呂のような中、来てくださった方々のために竹川さんも黒田さんもとことん本音で語ったイベントの模様を、3回にわたってお伝えします。

<当日のプログラム>
(1) 竹川さんによる「金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書」の解説 ←今回
(2) FP黒田さんによる「消費者目線」での「老後2000万円問題」
(3)【座談会】これからの私たちが「楽しい100年人生」のためにできることを知ろう

■「老後2000万円問題」というものは、ない!

公的年金だけでは老後に2000万円足りなくなる──。今年6月、有識者らがまとめた「金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書」は大きな話題を集めました。略して「老後2000万円問題」。連日ワイドショーで取り上げられ、年金は参議院選挙の争点の一つにもなりました。報道を機に貯蓄や投資を思い立った人も多かったようです。

竹川美奈子さん

しかし、老後に2000万円足りなくなるというのは本当なのでしょうか。誰もがそれだけのお金を準備しなければならないのでしょうか。金融審議会 市場ワーキング・グループの委員21人の1人でもあった竹川美奈子さんに「市場ワーキング・グループ報告書を読み解く」と題してお話をしてもらいました。

「はっきりいいますね。“2000万円問題”というものは、ありません。皆さんはこの報告書の正式名称をご存知ですか? 『高齢社会における資産形成・管理』というのが正式な名前です。この報告書は長寿社会を見据えて、将来に備えた資産形成の大切さと、高齢期における資産管理の課題についてまとめたもの。

最初に現状を把握した上で、基本的な視点と考え方を述べ、資産形成や資産管理の大切さを伝えています。認知症も増えてくるので、将来にわたって安定した生活を営むためにはどうしたらいいのか、個人の対応や金融サービスのあり方についても述べています」

イベントの様子。奥渋谷の本屋(SPBS)で朝活。

「それなのに、最初の部分に出てくる数字だけが大きくクローズアップされてしまいました。報告書は、①現状整理、②基本的な視点および考え方、③考えられる対応の3つのパートで構成されています。2000万円という数字が登場するのは、①の現状整理のパートです。

本当に読んでもらいたいのは、②基本的な視点と考え方と③考えられる対応のパート。一部だけを切り取られてしまったことは残念でなりません」

『高齢社会における資産形成・管理』の報告書、16ページのこの部分が独り歩きした

総務省統計局が毎年公表している「家計調査(家計収支編)」(平成29年度)によれば、夫が65歳以上、妻が60歳以上の夫婦のみの無職世帯の実収入と支出の差は月5万4000円程度です。一方で65歳の夫婦世帯が保有する金融資産は2000万円以上ありますから、収支差額は「不足」というより、貯めてきたお金を計画的に取り崩して使っている、とみるのが自然です。

この「収支差額月5万円×30年」の単純な掛け算の結果である2000万円だけが大きく取り沙汰され、「老後には2000万円足りなくなる」として独り歩きしてしまったのです。

「報告書に2000万円という数字は出ていますが、『この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる』『重要なことは、長寿化の進展も踏まえて、年齢別、男女別の平均余命などを参考にしたうえで、老後の生活において公的年金以外で賄わなければいけない金額がどの程度になるか、考えてみることである』ということもきちんと書かれています。報告書は50ページ近くありますが、特に25ページ以降をしっかり読んでいただきたいですね(笑)」

■資産形成は時間を味方にすることが大切

自分がいつまで生きるのかは誰にもわかりません。とはいえ、私たちがこれまでより長く生きるようになっていることは確かです。長い人生を満足できるものにするためにも、長寿を前提にした上での資産形成や管理が必要です。

「報告書では、人生を、資産を形成する現役期、資産を運用し取り崩すリタイア前後期、資産を管理する高齢期の3つのステージに分けて考えられる対応をまとめています」

「具体的には、現役期はなるべく早い時期からコツコツ資産形成をしていくことの有効性を認識する・ライフプラン・マネープランを立てる、リタイア前後期は退職金等を把握、マネープランを立てる、そして、高齢期には認知能力の低下なども起こってくるので、財産の管理などができなくなっていく可能性もあるため、早めに準備をする、ということです。

今日は若い方が多いので、現役期についてもう少し詳しくいうと、生活資金やいざというときに備えるは資金については元本保証されている預貯金などで確保しつつ、将来に向けてなるべく少額でもいいので、長期・積立・分散投資による資産形成を行うことを提案しています」

資産形成では時間を味方にすることが大切。たとえ少額であっても、時間をかけてコツコツ長期・積立・分散投資を続けることで、お金を育てていくことができます。若いうちは稼ぎ力をあげることが大切ですが、資産形成についても考えてほしいです。

■お金の問題は他人ごとではなく、「自分ごと」

資産形成を考えると、どうしても「どの商品がいいのか、目先どれが儲かりそうか」と、目先の損得勘定を優先しがちになります。竹川さんは、そうではなく自分のライフスタイルに合ったマネープランを立てることが重要だと指摘します。

自分ごととして考える第一歩となる書籍もたくさん

「まず考えてほしいのはライフプラン。どこで、誰と、どういうふうに暮らしていきたいのかというイメージを持つことです。現代は多様化がキーワード。働き方や生活形態、暮らしたい場所などは人によって異なります。もう標準的なモデルは存在しません。それぞれが置かれた状況やライフプランによってマネープランも変わってきます。まずは自分なりにマネープランを検討してみる。必要に応じて信頼できるアドバイザーを見つけて相談してもいいですね」

マネープランをつくる上で欠かせないのが、「家計の見える化」です。ご自身あるいは世帯の資産や負債はどれだけあるのか、手取り年収や支出、毎年いくら貯められているのか、といったことは把握しておきたいところ。それがマネープランを考える上での最初の一歩です。

「将来のお金については、すべてを自助努力で作る必要はありません。公的年金保険や、会社員であれば退職給付(退職一時金や企業年金)もあります。でも、詳しくは知らないという方も多いようです。まずは日本年金機構のホームページから『ねんきんネット』に登録してみましょう。過去の履歴や見込額などを確認することができます。年金は、給付水準は下がるかもしれませんがゼロになることはありません。一生涯受け取れる公的年金は老後の生活を支える柱になることは確かです。

勤務先の退職給付制度についても調べてみましょう。退職一時金だけなのか、企業年金(確定拠出型か確定給付型か)もあるのか、いつ、どのように(一時金か年金かなど)受け取るしくみになっているのかを確認すること。それだけでも不安が和らぐし、対策も見えてきます。自分で準備するお金については非課税の制度を優先的に活用しましょう。大事なのは、将来のお金の問題を『自分ごと』ととらえることです。早い時期に意識できるとよいですね」

お金の問題は「他人ごと」ではなく、「自分ごと」。国からの公的保障と会社からの企業内保障、そして自分で準備するお金。この3つのステップでお金について調べ、考えていきましょう──。竹川さんの説得力のあるお話に来場者が深くうなずいていたのが印象的でした。

次回に続く)

<プロフィール>
竹川美奈子(たけかわ・みなこ)
大学卒業後、出版社や新聞社勤務などを経て独立。2000年フィナンシャル・プランナー資格を取得。取材・執筆活動を行うほか、投資信託やiDeCo(個人型確定拠出年金)、マネープランセミナーの講師などを務める。個人投資家の立場から金融商品・サービスの研究・分析を行うとともに、自らもiDeCoやNISAを活用、投信積み立てを実践中。近著『50歳から始める!老後のお金の不安がなくなる本』(日本経済新聞出版社)のほか、『改訂版 一番やさしい! 一番くわしい! はじめての「投資信託」入門』『一番やさしい! 一番くわしい! 個人型確定拠出年金iDeCo(イデコ)活用入門』(ダイヤモンド社)など著書多数。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子
撮影/村上悦子