写真左:黒田尚子さん(ファイナンシャルプランナー)、右:竹川美奈子さん(フィナンシャルジャーナリスト)

【FP黒田の人生相談】でおなじみのファイナンシャルプランナー・黒田尚子さんとフィナンシャルジャーナリスト・竹川美奈子さんのお二人をゲストに迎えて、“奥渋谷”にあるこだわりの本屋さんSHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(以下、SPBS)を会場に、SPBS主催&ライフネット生命共催の特別イベント「人生の悩みはお金の悩み」が開催されました。「老後2000万円問題」で話題の報告書をまとめた金融審議会 市場ワーキング・グループの委員でもあった竹川さんに続いて、黒田さんが「消費者目線」で「老後2000万円問題」を語ります。はたして私たちが取るべき手段とは!? 

<当日のプログラム>
(1) 竹川さんによる「金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書」の解説
(2) FP黒田さんによる「消費者目線」での「老後2000万円問題」 ←今回
(3)【座談会】これからの私たちが「楽しい100年人生」のためにできることを知ろう

「老後2000万円問題」なんて、本当はない!? 報告書が伝えたかった本当のこと【FP黒田の人生相談-特別編】はこちら

■年金だけでは暮らせない、でも、数字に惑わされてはいけない

前編で、竹川さんが「老後2000万円問題はありません」とおっしゃいました。この意見に黒田さんもはっきりと同意を示します。

「私の解釈も同じです。自分の理解は間違っていなかったとホッとしています(笑)。そもそも、『2000万円足りない』だなんて、いまさら何を言っているのだろうという印象ですね。現在の支出と収入をもとに掛け算をすると、当然、この数字が出てくるからです」

人の寿命はどんどん長くなっています。となれば、当然ながら社会保険料の負担は増え、年金は足りなくなっていく。公的年金だけでは生活を賄えなくなることは自明の理ともいえるでしょう。

「そう。年金だけでは暮らせないことなど、厚生労働省もとうの昔にわかっていたけれど、今回のように掛け算をしてはっきりと発表をしてこなかっただけなんですよ。『老後2000万円問題』についてコメントをくださいとメディアから連絡がきたときには、『ああ、ついに金融庁が公表したんだ』と思いました(笑)」

老後資金についての基本的な考え方自体はそう難しくありません。働いて稼いだ収入に退職金と年金受給額を加えて生涯収入を出し、そこから老後まで含めた生活費などの生涯支出を引くと、老後に入るまでに必要な金額が割り出せます。ただし、悲しいながら生涯収入は徐々に減ってきているとか。

「正社員としてフルで働いた場合、だいたい収入部分は2億円程度でしょうか。大手の安定した会社であれば3億円ほどに達するかもしれません。最近の傾向として、年齢が上がっても年収はさほど上がらなくなってきました。退職金や年金も減っています。その一方で、支出は増加傾向にあります。長生きになっているからです。

定年後に予想される支出としては、子どもの結婚費用援助や住宅購入資金援助、住宅のリフォーム費用、海外旅行、車の買い替え、葬儀費用などが考えられるでしょうか。ただし、支出は定年後のライフイベントによって変わります。何を食べ、何を着るのか、住まいや趣味なども人によって違いますから支出といっても一概には言えません」

いろいろな会社や組織が老後に必要な金額を試算していますが、その結果はバラバラ。なぜこれほどまでに違うのかと思えるほどギャップがあります。例えばニッセイ基礎研究所が、年収750万円〜1000万円未満のサラリーマンと専業主婦の2人世帯が公的年金のみで暮らすケースを想定して算出した金額を見ると、3650万円になっています。

ところが、全国銀行協会HP「教えて!くらしと銀行」で、家計調査の収支差や医療や介護の予備費を踏まえてファイナンシャルプランナーが試算した数字は2500万円なのです。

「第一生命経済研究所の永濱利廣さんが金融庁の報告書と同じ条件で試算したという数字はさらに低くなっています。老後30年の必要額は1500万円と算出されているんですよ。このように、本当に数字はまちまち。数字に惑わされてはいけませんね。これらの調査で発表されている老後資金の金額というのはあくまでも目安でしかないのです」

■70歳以上で生涯医療費の50%という現実

医療費や介護費も、今後ますます高くなっていくことは間違いありません。黒田さんは年金よりも社会保障費全体の負担増に注目していると言います。

「年金が足りないことよりも社会保障費全体、とくに医療や介護費がかかることの方が怖いですね。脅かすわけではありませんが、生涯医療費のデータを見ると、70代過ぎから急に多くなります。あるお医者さんから聞いたお話によると、高齢者の方は、亡くなる直前の3カ月で、このうちの3割ぐらいの医療費や介護費を使っているケースもあるそうです。最後の方で集中してお金が必要になってくるんですね」 

厚生労働省 平成29年 医療保険に関する基礎資料

黒田さんが紹介された国民一人あたりの医療費の資料を見てみると、65歳未満は18万3900円なのに、65歳以上になると72万7300円に跳ね上がります。70歳以上で生涯医療費の50%を占めるという現実……。高齢になると仕方ないことかもしれませんが、こうして改めて見ると、想像を超えていました。

言わずもがな社会保障費の増加は深刻な問題で、そのため、ここ最近立て続けに、私たちの負担増ともいえる改正が行われました。

「2015年1月には、70歳未満の高額療養費の所得区分が3区分から5区分になったことをご存じでしょうか。高額療養費というのは、同一月にかかった医療費の自己負担額が高額になった場合、一定の金額を超えた分が払い戻される制度です。これまでは3区分しかなく、ほとんどの人は月に8万円を超えると戻ってきましたが、所得額が細分化されたため、年収約1160万円以上の人の場合、医療費が約25万円以上にならないと戻ってきません。これはなかなか高いハードルですよ。

しかも、2017年8月と2018年8月には、70歳以上の人の負担が増やされました。70歳以上で年収156万円以上の方の高額療養費の自己負担額が引き上げられ、次いで、年収370万円以上の所得区分が細分化され、70歳未満の人の負担とほぼ同じになったのです」

いわゆる現役並み所得の人限定とはいえ、多くの人は、この事実を知らなかったかもしれません。

「介護保険も改正が続いています。2015年には、一定以上の所得がある65歳以上の方の自己負担が1割から2割に上げられました。高額介護サービス費の月額上限額も引き上げになっています。2017年の8月には現役世代の介護保険料に『総報酬制度』が段階的に導入され、2018年の8月には年収463万円以上の夫婦世帯の自己負担は3割にアップしました。70歳未満で働いている人はけっこういますから、改正の影響は少なくないと思いますね。それに、医療保険を使う人は介護状態になりやすい。医療と介護は別ではないんです」

■人生100年時代に必要なのは3つの力

このように、直近の3年間だけみても、あれよあれよと改正が立て続けに実施されました。公的負担には限界があるので、医療費や介護保険に関する改正はこれからもあるでしょう。しかも、そのスパンは短くなってきています。少子高齢社会の進展で負担増の傾向は続いていくはずです。

ではいま、そうした将来に備えて何が必要なのでしょうか。

「大切なのは、将来に渡って長期の資産形成の重要性を認識することです。多くの人は薄々、公的年金だけでは将来的に足りないだろうと感じていたのではないでしょうか。『老後2000万円問題』が表面化したときに、『これからは自助努力ですよ』とはっきりと突き放されたように感じたために、怒りを覚えた方もいらっしゃると思います。

日本人がいま岐路に立たされていることは間違いありません。ともあれ、人生100年時代を生き抜いていかなくてはならない。そのときには必要なのは3つの力です。スキルアップやキャリアアップをはたし、長期的に安定した収入を得る『稼ぐ力』、マネー情報や社会保険や税金の知識を身につける『知って得する力』。そして、インフレリスクに備え、投資や資産運用を行う『増やす力』。この3つの力を磨いていきましょう」

さきほど、「老後資金」といっても試算の結果がバラバラであることを紹介しました。価値観が多様化しているなかでの情報選択は容易ではありませんが、まずは自分のライフプランを踏まえて情報を選ぶこと。情報を使いこなすリテラシーを上げることは今や必須です。そして、3つの力を磨いていくこと。黒田さんは、メディアを賑わす数字にとらわれることなく、自分なりに生き残る力を身につけることの重要性を教えてくれました。

次回は、黒田さんと竹川さんお二人によるトークセッションのレポートをお届けします

<プロフィール>
黒田尚子(くろだ・なおこ)
1969年富山生まれ。立命館大学卒業後、1992年(株)日本総合研究所に入社。SEとしておもに公共関係のシステム開発に携わる。1998年、独立系FPに転身。現在は、各種セミナーや講演・講座の講師、新聞・書籍・雑誌・ウェブサイトへの執筆、個人相談等で幅広く活躍。2009年12月に乳がんに罹患し、以来「メディカルファイナンス」を大テーマとし、病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動も行っている。CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士、CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター、消費生活専門相談員資格を保有。
●黒田尚子FP オフィス

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル編集部
文/三田村蕗子
撮影/村上悦子