がん罹患者が働きやすい環境をつくるため、2017年10月に発足した「がんアライ部」(代表発起人:功能聡子、岩瀬大輔)。がんと就労の課題に取り組む企業を表彰する「がんアライアワード2019」が10月30日に東京都内で開かれました。2019年の各社の取り組みは、がんアライ部の活動が大きく広がる一年を示すものとなったようです。今年はどんな企業が受賞したのでしょうか。アワードの模様をお届けします。

■受賞企業が20社から37社に! 活動が各地に広がった2019年

がんアライ部とは、がん罹患者の味方(ally)となり、がんとともに生きる(alive)ことを応援し、「部活動」のようにみんなで取り組み、みんなで盛り上げていく民間プロジェクトです。「がんアライアワード2019」の受賞企業発表前の代表発起人あいさつで、功能聡子さん(ARUN代表)は発足当時をこう振り返りました。

「私たちはがんと就労の課題に取り組むにあたって、572名のがん経験者の方たちにアンケートを実施しました。すると、勤務先にがん罹患者の就労をサポートする制度がないという回答が43%もありました。また、仮に制度があったとしても、実際には制度が利用しにくい雰囲気だという回答が、30%あったのです(※ライフネット生命 がん経験者572名の調査2017年)。そこで私たちは、『制度も大事だけれど風土も大事』という認識を持ちました」

がんアライアワードの審査基準にも、この考えが反映されています。今回もエントリー企業に対して、「風土」「環境」「制度」の3点を中心に審査し、ゴールド、シルバー、ブロンズの3つの部門で表彰しています。

「今年は昨年よりも多くの企業様にご応募いただきました。新しい制度をつくったという会社。社内の風土づくりを工夫しているという会社。がん以外の病気にも制度を適用している会社。全国各地の支社等で取り組みを実施している会社。それぞれの企業様の取り組みが進化していること、そしてその取り組みの輪が広がっていることを感じました」(功能さん)

がんアライ部 代表発起人 功能聡子さん(ARUN合同会社代表)

2019年は、がんアライ部の活動に広がりがあった1年でした。東京だけでなく名古屋でも勉強会を開催し、昨年のアワード受賞企業の事例共有や交流会も行いました。がんアライアワードのエントリー企業が、昨年の21社から40 社と大幅に増加したことも活動の広がりを示しています。表彰式では、受賞企業の中から3社の事例が紹介されました。

■ベテランから新卒、外国籍スタッフまで「その人らしさ」を応援できる風土づくりから

事例紹介の1社目は平安伸銅工業。家庭で大活躍する「突っ張り棒」を、日本で最初にヒットさせた会社です。最近は、賃貸物件でも壁を傷つけずに収納スペースをつくることができるDIYグッズのブランドの展開も進めています。同社では、従業員が生き生きと働ける社内の風土づくりを進めています。

平安伸銅工業株式会社 小島括俊さん

「私たちは商品を通じて『私らしい暮らし』という価値を提案しています。しかし、まず自分たちが『私らしい暮らし』をしていないと、お客さまにその価値を提供できません。がんに罹患した従業員のための具体的な施策はまだありませんが、新卒からベテラン、外国籍のスタッフまでさまざまな社員がいる当社では、昨年、共通の価値観として『ヘイアンバリュー』を掲げ、それに基づいた取り組みを始めています」(小島括俊さん)

その事例の一つが、プレイヤールーム(お祈り部屋)の設置です。自社製品を使って、インドネシア出身のイスラム教徒の従業員がお祈りをするための小さな部屋を作りました。また、社内外に向けて、スタッフ一人ひとりの『私らしい暮らし』を紹介する『ヘイアンラジオ』の配信も始めました。さらには、竹内香予子社長自らが社内のグループチャットで、妊娠をきっかけにした体調の変化から、「仕事の世界で体調に関する相談が聞こえてこないのは、仕事の場で『しんどい』と言えない空気があったのではないか」と発信し、仕事以外でもお互いが職場の仲間に頼れる風土づくりを進めています。

「その人らしさを応援する風土づくり、何でもオープンに相談できる環境づくりを進めてきました。これからは安心して働き続けられる具体的な制度づくりに取り組んでいきます」(小島さん)

■がん罹患後、自ら社内制度改革、啓発活動の先頭に

2社目は朝日航洋。ドクターヘリや物資の運搬、ビジネスジェットの運航など、航空事業を手掛ける同社から登壇したのは、自身もがんサバイバーである渡部俊さん。がんの診断を受けたのは2012年のことでした。

朝日航洋株式会社 渡部俊さん

「7年前に大腸がんと診断されてから、計5回再発しています。実は2カ月ほど前まで肺がんで入院していました。最初にがんと診断されたとき、代休と有給休暇が合わせて50日ほどたまっていたので、入院しながら治療しても大丈夫だと思っていました。しかし手術後に抗がん剤治療をすることになり、それが180日続くと言われた。病院からは入院をすすめられましたが、『休職してお金がもらえなくなったら治療もできない』と思い込んでいた私は、通院して自己管理しながら治療することにしました」(渡部さん)

その後渡部さんは、人事担当者から「積立失効有給休暇制度があるよ」と告げられます。この制度は失効した有給休暇を積み立てておき、私傷病休業などの際に有給休暇として使用できる制度で、渡部さんのケースでは100日休めるというものでした。「制度があると知っていれば入院できた」と悔やんだ渡部さんは、その制度の認知がされていないことに課題を感じ、「がん患者の治療と就労の両立に関する所感と提言」と題したレポートをまとめ、役員に直接提出します。

「レポートでは、社内制度の明文化や従業員教育、治療中の休暇を取るための手続き方法などをまとめました。私は仲間を集め委員会を設置し、がんの正しい知識をハンドブックや社内イントラネットで従業員に知らせ、最終的には就業規則も変えました」(渡部さん)

従来の制度では、積立失効有給休暇の場合、取得可能な申請理由が私傷病による休業に限定されていたため、治療中の場合は「子どもの運動会があるので休む」といった理由での申請はできませんでしたが、変更後の制度では、がん治療のためにこの制度を利用している従業員も、「普段の生活をする上で必要な休暇」として理由を問わず申請できる「有給休暇」を5日分残した時点から積立失効有給休暇を取得できるようになりました。渡部さんは全社員に制度を知ってもらうために、全国の支社を回って社内講習も実施しています。

■社員だけでなく4万5000人のビジネスパートナーにも制度を適用

3社目は化粧品メーカーのポーラ。同社社員数は1621人あまりですが、ビジネスパートナーとして販売などを請け負う個人事業主は約4万5000人にのぼります。2018年4月にスタートした「がん共生プログラム」は、社員だけでなく、ビジネスパートナーも対象にした制度です。

株式会社ポーラ髙谷誠一さん

「当社の取り組みは、社長の横手喜一が全国のショップを回った際に、がん治療に向き合いながら仕事やボランティアに取り組むビジネスパートナーに出会ったことがきっかけで始まりました。『がん共生プログラム』により、社員の健康増進や治療支援の制度を作ったほか、ビジネスパートナーに向けてもがん検診費用の補助を実施したり、半期ごとに開催される優秀者の表彰式でがんに関する情報を発信したりしています」(髙谷誠一さん) 

同社のがん共生プログラムは、がん罹患者のためだけに作ったものではなく、全社的な働き方改革に主眼を置いています。時短勤務や、有休の時間単位での取得が可能になっているのです。

「がん共生プログラムのテーマは3つ。①がんに対する理解を深める、②安心してがんに向き合う、③経験を大切に学ぶ。取り組みを社内に浸透させるために、プログラム全体をブックレットにして配っています。その中で、実際に罹患されたビジネスパートナーや社員の体験談も載せています」(髙谷さん)

がんに対する理解を深めることが大切だという髙谷さん。実は過去に、自身の理解不足を実感したことがあるといいます。

「ある女性社員が会議でうつらうつらと寝ているのを見て、『会議中に眠っているとは』と思っていたのですが、実はその時、彼女は抗がん剤治療を受けていて、副作用のため強い倦怠感が出ていたのです。理解不足だった私自身、このプログラムで多くのことを学んでいます。制度を整えていくことで社員と向き合って対話ができることが、会社にとっての財産になっていると実感しています」(髙谷さん)

■受賞企業発表。来年は果たして何社が参加する?

表彰式では、ブロンズ、シルバー、ゴールドの順で受賞企業が発表されました。総評を務めたのは、発起人の一人、カルビー執行役員人事総務本部長の武田雅子さんです。

「まだがんに罹患された方がいらっしゃらなくても先んじて制度を整えた会社や、通常のマネジメント・人事制度の中で、がん罹患者のための制度や風土を作っている会社もあります。また、取り組みの進んでいる会社の中には、風土や実績を自分たちの強みに昇華し、それがそのまま企業イメージや本業につながっているところもあります。たとえその実績が発展途上のものでも、各社のストーリーがたくさん集まると社会にも刺激になり、ムーブメントを起こせると信じています。」(武田さん)

【ブロンズ】7社
株式会社iCARE、株式会社伊東商会、狭山ケーブルテレビ株式会社、株式会社スポーツワン、株式会社日本クラウドキャピタル、ビジネステクノクラフツ株式会社、フリュー株式会社

【シルバー】15社
株式会社アグレックス、株式会社アートネイチャー、株式会社アトラエ、株式会社エグゼクティブ、株式会社CRAZY、独立行政法人国際協力機構、株式会社サイバーエージェント、株式会社ジェイエイシーリクルートメント、昭和リース株式会社、株式会社新生銀行、株式会社スヴェンソン、株式会社富士通ゼネラル、平安伸銅工業株式会社、ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社、UQコミュニケーションズ株式会社

【ゴールド】15社
朝日航洋株式会社、株式会社アデランス、株式会社クレディセゾン、コロプラスト株式会社、サッポロビール株式会社、大鵬薬品工業株式会社、日鉄興和不動産株式会社、日本オラクル株式会社、ノバルティスファーマ株式会社、野村證券株式会社、株式会社八芳園、株式会社日立システムズ、株式会社ポーラ、株式会社丸井グループ、三井化学株式会社

がんと就労の問題に手つかずの企業がまだまだ多いなか、2020年もがんアライ活動のさらなる広がりが期待されます。

<インフォメーション>

●がんアライ部公式サイト
●がんアライ部公式Facebook

<クレジット>
取材・文/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
撮影/Cute One