写真左:「アクロストン」たかおさん、右:同 みさとさん

「赤ちゃんはどうやってできるの?」──子どもからこんな質問が来たら、どんなふうに答えますか? 子どもに『性』に関することを伝える時、気まずさが先に立ってしまう親も多いはず。ライフネット生命の子育て中の社員に、子どもに対する性教育についてアンケートを取ったところ、「学校では教えてくれなさそうだから、自分で伝えたいけれど……」と悩んでいる社員が多くいることがわかりました。生理や射精、マスターベーション、避妊、性同一性障害や性の多様性について、などなど、性にまつわるトピックは多岐に渡ります。今回は、そんな性教育について学ぶべく、3歳から大人までを対象に性教育のワークショップを開催している医師の夫婦「アクロストン」のお二人にお話を伺いました。

■日常の中にある「性教育」を目指して

──早速ですが、お二人が性教育のワークショップを始めたきっかけはなんでしょうか?

たかお:上の子が4、5歳になって「そろそろ『性』について伝えたい」と思った時、ちょうどいい教材が無いな、と思ったのがきっかけでした。性を題材にした絵本などはいろいろあるんですが、図鑑のようにとても説明的だったり、反対にファンタジー風だったり、感動路線で命の大切さを強調するものだったりと、どれも僕たちが理想とするアプローチではなかったんです。

みさと:もっと、気軽にカフェで広げたり、リビングルームに置いたりすることができるようなデザインだったらいいのに、と思っていました。生活と切っても切り離せないのが性の話なので、日常の中に溶け込むようなものにしたかったんです。それで試行錯誤を重ね、現在使っている教材の形に落ち着きました。「アクロストン」という活動の形になってからは1年くらいが経ちますね。

現代の子どもたちは、スマホやタブレットに早い時期から接します。その中で、自分で意図していなくても不意にアダルトコンテンツの広告が出てきてしまうこともある。一番最初に性について知るときには、一部を切り取ったコンテンツを通じてではなく、ちゃんとした事実からしっかりと我が子に伝えたい、と思っていました。

たかおさん、みさとさん

──お子さんが4、5歳の頃にすでに性教育を意識されていたんですね。かなり早い印象を受けます。日本の義務教育で性教育が始まるのは小学校3~4年生ですが……。

たかお:ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)は「包括的性教育(Comprehensive Sexuality Education)」というものを提唱していて、そこでは、性教育の開始年齢は5歳。そして、年齢に応じて段階的に学んでいくことが推奨されています。また、「包括的に」の言葉通り、内容としては、ジェンダーの平等や、パートナーとの関係、人権の尊重などというかなり幅広いところまで言及しているので、生理や射精といった、主に「生殖」に触れる日本の性教育とは、大きな違いがあります。日本と比べると、国際的な指標は「早くて広い」んですね。

みさと:また、日本の法律だと、「性的同意年齢」は13歳と定められています。つまり、13歳でも性行為があったときに「同意した」と判定されてしまうことがあるんです。国際的には16歳〜18歳の国が多いですから、13歳というのはかなり低い。義務教育では、中学校3年生までに「避妊」については教えますが、そもそもセックスについては教えない、というちぐはぐな状態です。 まずセックスが何かもよくわかっていない年齢で、「同意」という概念を理解するのは難しい。土台となる知識がないままに成長していってしまうのは、問題だなと感じます。

──日本の性教育には課題がたくさんあるわけですね。「アクロストン」ではどんな性教育のアプローチを心がけているんでしょうか。

たかお:ユネスコのガイドラインを全て網羅するのは難しいので、「アクロストン」の性教育は、まずは体の仕組みを正しく伝えることに主軸を置いています。それを土台として、徐々に、家庭での生活の中でコミュニケーションを取りながら学んでいってほしいな、と。

みさと:もともと、私は中学、高校時代に生物の勉強をしたり、本を読んだりするのがとても好きでした。体の仕組みや、生物が生きている仕組みって、とても面白いな、と思ったんです。たとえば、「水を飲む」という簡単な動作ひとつ取っても、まず脳が水を認識して、それを手に取るために筋肉に命令を出して、細かい微調整をして──というメカニズムがあります。私たちのワークショップでも、「性に関すること」と特別視せずに、体の仕組みについて素直に伝える、というスタンスを大切にしています。

■「キラキラ受精卵」の写真!?

──実際のワークショップの内容について、教えてください。

みさと:3歳から10歳くらいまでを対象にしているものと、8歳から13歳くらいまでを対象にしているもので、分けて教材をつくっています。小学校2〜3年生ならどちらを学んでもらってもいいんですが、大きな違いは、生理について触れているかいないか、という点です。「ちびっこ用」がこちらです。

3歳から10歳を対象年齢とした「workshop zero」

みさと:これを子どもに見せると、まず盛り上がるんですよ。「裸だ!」って(笑)。大人の男の人と、女の人で、中身はどうなっているんだろう? どこが違うのかな? と、体の仕組みを説明していきます。「女の人の“赤ちゃんの素”はここに入っていて、男の人の“赤ちゃんの素”はここに入っているんだよ」と、精子と卵子のシールを貼りながら手を動かしてもらいます。

精子が泳いでやってきて、卵子と出会って、どんどん形を変えていき、そして、トカゲみたいな形になって、最終的には赤ちゃんになって生まれてくる、という話をするんです。

8歳から13歳くらいまでを対象にしているワークショップでは、「赤ちゃんってどんなふうにできるのかな?」と問いかけて、まず、これを見せます。「赤ちゃんって、こんな形の時期もあったんだよ」って。ちなみに、この形はどれくらいの時期のものだと思いますか?

8歳から13歳を対象にした「workshop 1」。トレーシングペーパーに書かれた胎児の絵

──すみません、わからないです……。

みさと:5週間です。しかも、米粒くらいの大きさなんです。「みんなも米粒くらいの時期があったんだよ」と言うと、けっこう盛り上がります。「そのさらに前はまん丸の受精卵だったんだよ」「受精卵って何かな?」「精子と卵子からできるんだよ」と進めていく。白い紙を子どもたちに渡して、そこにいろいろと色があるフェルトや布の中から選んで、子宮の形をつくっていってもらいます。手を動かしてもらいながら、「実は、卵子って10万個もあるんだよ」などと説明するんです。

卵子の素材は紙。穴空けパンチでつくっているのだそう

みさと:それから、生理の説明をするときには、「赤ちゃんが大きくなると、子宮がそのままのサイズじゃ入らないね、どうしたらいい?」と聞きます。すると、「大きくなればいい!」と子どもが言うので、「子宮がペラペラに薄いと、大きくなったときに破れて困っちゃうね、だから子宮は分厚くて、丈夫じゃなきゃいけないよね」と、子宮内膜の話をするんです。「子宮がどんどん丈夫になって、赤ちゃんを1か月待って、もし赤ちゃんがこなかったら、一回これを崩すんだよ」「崩れたものが出ていくのが、生理なんだよ」という話をすると、みんな、「そうなんだ〜!」と納得してくれます。

毛糸を束ねて切り、子宮内膜を表現。生理の仕組みを立体的にわかりやすく説明している

たかお:男の子のバージョンもあります。精子は細かい糸を使って表現していて、それを使って精巣からの経路などを説明します。

みさと:また、お母さんたちの中には、思春期に入って男の子が経験する射精や夢精について、自分たちが子どもになにも教えられていないままで大丈夫なんだろうか、と不安を持つ方が多いみたいで。だからワークショップでは、子どもたちにそうしたペニスの仕組みについて丁寧に伝えるようにしています。

たかお:セルフプレジャー、いわゆるマスターベーションも、「ダメなことなんだ」「恥ずかしいことなんだ」という思い込みがあったりするんですけれど、脳がそうできているから、自然なことなんだよ、と。ただ、他の人に見せるものではなくて、一人でやるものだし、手はきれいな状態でやろうね、ということを伝えています。

精子に見立てた糸を使って、射精のメカニズムを学ぶ

たかお:男性と女性の体について学ぶと、次は「じゃあどうやって卵子と精子は出会うんだろう?」という話になります。子どもたちからの回答が面白くて、「ビームで飛ぶ」とか、「トコトコ歩いていく」とか(笑)。いろいろなアイディアが出ますよ。

「トコトコ歩くの見たことある〜?」「ない……」などと、子ども同士でとても盛り上がります。それで、みんなが困り果てた頃にやっと教えます(笑)。

みさと:「体の外につながっているのはここだったよね」「ここから入ってくるにはどうしたらいいかな?」と、どんどんヒントを与えて、「精子が泳いでいって、一等賞だった精子が赤ちゃんになれるんだよ」という話をすると、みんなすごくうれしそうな反応をしてくれます。「僕も、私も一等賞だったんだ!」って。こうして生まれた受精卵を、ワークショップでは「キラキラ受精卵」と呼んでいます。

たかお:あとは、体外受精で生まれる人も多いので、「お医者さんがお手伝いすることもあるんだよ」ということも伝えます。

──体外受精まで教えているんですね!

みさと:今、日本では15〜16人に一人が体外受精で生まれているので、ワークショップにきている子どもの中にいてもおかしくないんです。

以前、体外受精で生まれたということを子ども自身も知っていて、お母さんもとてもポジティブに思っている方がワークショップにいらっしゃった時は、その子が「受精卵になったときの写真がある!」と言って。子どもたちみんなが「すごい!」「キラキラ受精卵の写真があるっていいな!」と盛り上がった回がありました。

たかお:その子もとってもうれしそうで、僕たちも、「すごくいいものを見させてもらった……」と、胸がじんわり温かくなりましたね。

(後編につづく)

<プロフィール>
医師であり、小学生の子どもが2人いる夫婦。妻・みさとは産業医、夫・たかおは病理医として働くかたわら、2018年に「アクロストン」として活動をスタート。公立学校の保健の授業で性教育を行ったり、各地でワークショップを開催したりしている。noteでは性の知識や日々の活動、自らの子育てなどについて発信中。
●アクロストン ウェブサイト
●アクロストンnote「子ども向け+家庭でできる性教育@アクロストン」

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/清藤千秋
撮影/横田達也