黒田尚子さん(黒田尚子FPオフィス代表)

相談者さんは東京暮らし。家賃が高いという難点はありますが、充実した都会生活を楽しんでいます。でも、最近、相談者さんの身の回りには、郊外に家を建てて、そこで仕事を見つけたり、わざわざ郊外から時間をかけて通勤したりする人がぽつりぽつりと増えてきたとか。都会を離れた暮らしはそんなにいいものなのか。そのほうが、満足度が高いのか。気になる相談者さんに、地方で暮らした経験がある黒田先生がずばり答えました。

【相談】
30代の会社員です。ただいまひとり暮らし中。家賃の負担は重いけれど、都会生活は気に入っています。ただ、最近周りに地方へ移住する人が増えてきました。まだそんなに多くはありませんが、家を建てたり、自分が住みたかった地方から通ったり。都会とはまったく違う暮らしを満喫している様子です。「地方創生」という言葉もよく聞こえてくるし、私も、地元の田舎で暮らすのもいいなあ、なんて考え始めました。田舎暮らしのメリット・デメリットを教えてください!(30代・女性)

■起業支援金と移住支援金制度

30代で独身であれば、今の暮らしを変えることは、少し先のできごとに感じるかもしれませんね。しかし、今は考えられなくても、10年後、20年後はわかりません。結婚したり、子どもができたりすると、都会の生活よりも、のんびりした田舎でのスローライフに癒しを求めるときが来るかもしれませんよ。そのときに備えて、知識を持っておくことも大切だと思います。

 いま「地方創生」の掛け声のもと、地方への移住を促そうと国をあげてさまざまな取り組みが展開されています。相談者さんの周りで、地方に移住する人が増えているのもその影響かもしれませんね。

 なぜ、国は地方創生に熱心なのでしょう。それは、人口の東京一極集中が激しく、地方の人口減少に歯止めがかからない状態だからです。東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県を合わせた東京圏一都三県の転入は転出を大きく上回っています。2018年の住民基本台帳によれば、とくに、東京都内への人口集中が進み、前年に比べて9%も増加したという結果が出ています。

 さらに、地方は少子高齢化が進んでいます。また、仕事はありますが、都会よりも種類は限られるかもしれません。そのため、より自分に合った条件の仕事を求める人がどんどん東京圏に移動しているんですね。

このままではマズイと、内閣府も本腰を入れて対策を練っています。例えば、地方創生政策の目玉の一つとしてスタートしたのが、内閣府の「起業支援金・移住支援金」制度です。

「起業支援金」とは、東京圏以外の地域や、条件不利地域と呼ばれる東京圏内の過疎・山村・離島などの地域で、新たな需要や雇用の創出などを促し、地方経済の活性化につながる社会的事業を始める人を対象に、最大200万円が助成されるという制度。

一方、「移住支援金」の方は、「起業支援金」の交付が決まった人や、東京圏外や条件不利地域に移住して、都道府県が選定した中小企業等に就業した人に最大100万円(単身者は60万円)を交付する制度です。つまり、移住先で起業すると、起業支援金と移住支援金の両方合わせて最大300万円の支援を受けられるわけです。

こういった情報を聞いて、相談者さんも少しは地方移住に興味が湧きました? もし、そうでなくても、もう少し話を続けさせてくださいね。

■都会の私立大学の定員が厳格化しているワケ

地方創生に向けての施策は、他にもたくさんあります。2016年から、三大都市圏の大学を中心に、私立大学の定員が厳格化されました。わかりやすくいうと、定員を守らないと私学助成金が減らされてしまうのです。

もちろん、学生が増えすぎてしまうと、十分なフォローができなくなりますから、教育の質を維持し、教育環境を改善させるという目的で行われています。
ただ、それだけでなく、地方の若者が都会の大学に行ってしまうから、地方から人が減っていく。だったら、都会の大学の定員を減らせば、地方の大学に進学・就職するだろう、という地方創生につなげたい狙いもあるのです。
受験生やその家族にとっては困った話かもしれませんが、効果があるかどうかはともかく、そんな発想でスタートした制度です。

Uターンに加えて、Jターン(出身地の近くの地方都市に移住して働くこと)、Iターン(都市部から出身地とは違う地方に移住し働くこと)という言葉を耳にする機会も増えました。自治体はあの手この手で地方の人口を増やそうと必死なのです。

■意外にかかる田舎暮らしの生活費!?

では、実際の地方都市暮らし、田舎暮らしとはどのようなものなのか。実は、私も結婚してから2年間ほど、故郷の富山に一時移住していた経験があります。その経験や各種のデータをもとにお話をすると、田舎暮らしは生活コストが非常に安いイメージがありますが、必ずしもそうとは限りません。

不動産は確かに安いです。でも、都会ほど交通機関が発達していないので、マイカーがなければとにかく不便。車の維持費も、ガソリン代や税金など、それなりにかかります。光熱費も案外高いですよ。寒い地域だと高い燃料代を覚悟しなければなりません。

そうそう、これは実際に住んでみないとわからないのが、交際費や冠婚葬祭費の出費の多さです。地方は特に人間関係が濃密です。すべての地方がそうだとは言えませんが、相対的に高齢者が多いですから、私が富山にいたときには、ほぼ毎週のようにお見舞金や香典などの不祝儀を出していました。付き合いがなくても、町内会費のように、一定額が決められているんです。

賃金も都会ほど高くありません。仮に生活費が2万円安くなるとしても、所得が低くなるため結果的に相殺される形になるでしょう。

一番理想的なのは、本社待遇の給与をもらいながら地方で暮らすこと。金銭的に余裕があって、都会を離れた暮らしを一番楽しめるパターンです。もっとも、こうした職を見つけるのはそう簡単ではないのですが。一時は、国が東京にある本社機能を地方に移転させようとする動きもありましたが、どうやら実現には時間がかかりそうです。

■安心して子育てができるメリット

もちろん、地方で暮らしてみると、都会生活では得られないメリットもたくさんありますよ。

私の場合は、一番大きかったのは子育てですね。とにかく、海でも山でも川でも、自然がいっぱい。どんなに大声を張り上げて遊んでいても、隣近所の方々はあたたかく見守ってくれるんですよね(笑)。
いろいろな世代の人に見守られながら子どもを伸び伸びと育てることができました。ご近所さんの目が行き届いているので、誰もが私の子どもをよく知っている。どこにいても声がかかるので、とにかく安心感はありましたね。

私が暮らしていた富山県などの北陸は、住みやすさランキングでも上位にランクインされているだけあって、利便性や快適度、安心度などは充実しています。
また、もともと共働き世帯が一般的で、同居や近所に住む祖父母など、両親以外の家族が子ども・孫の送り迎えをすることも多いですよね。子育て世代にとっては、家事や育児の負担が軽減されるだけでなく、一つの家庭に財布がいくつもあるので、それぞれの財布は小さくても、経済的にも安定します。

ただし、人付き合いが苦手な人にはつらい環境かもしれませんね。近所の人たちは何かとおせっかいを焼いてくれますし(笑)、それを煩わしいと感じる人もいるでしょう。

どうしても濃密な人間関係には耐えられないという方は、移住者同士のコミュニティができあがっている地方都市もあるので、そうしたところを探すのもおすすめです。そこそこ都心で田舎の「とかいなか」暮らしを楽しむのも一つの選択肢でしょう。

もし、地方での暮らしに少しでも興味が湧いてくるようなら、まずはお試しで暮らしてみるという手があります。多くの自治体が移住者に助成金を出しています。興味のある場所があるなら、どんな優遇制度があるのか調べてみましょう。また、年齢が高くなると、気になるのは病院の数や健康保険料、介護保険料などの社会保険料です。自治体によって差がありますし、年間の費用として考えると大きくなりますから確認は必須です。

相談者さんは現在、都会暮らしを満喫しているようですが、都会生活も田舎暮らしも一長一短。どちらが正解ということではありません。住まいや暮らしに対する考え方はライフステージによっても変わりますよ。いろいろな選択肢があるのですから、自分の価値観や志向にフィットする解を見つけてくださいね。

<プロフィール>
黒田尚子(くろだ・なおこ) 1969年富山生まれ。立命館大学卒業後、1992年(株)日本総合研究所に入社。SEとしておもに公共関係のシステム開発に携わる。1998年、独立系FPに転身。現在は、各種セミナーや講演・講座の講師、新聞・書籍・雑誌・ウェブサイトへの執筆、個人相談等で幅広く活躍。2009年12月に乳がんに罹患し、以来「メディカルファイナンス」を大テーマとし、病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動も行っている。CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士、CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター、消費生活専門相談員資格を保有。
●黒田尚子FP オフィス

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/三田村蕗子
撮影/村上悦子