坂本昌彦さん(「教えて!ドクター」プロジェクト責任者、佐久総合病院佐久医療センター小児科医長)

インターネットで手軽に情報が入るこの時代、子どもの病気や発達が心配になって、ネットに頼る人も多いでしょう。しかし、何が正しくて、何が正しくないのか、その判断は難しいところ。自分のからだの変化に比べ、子どものからだの変化はわかりにくいことばかりで悩みは尽きません。子どものホームケアで気になる悩みや疑問をどう解決すべきか。約14万ダウンロード(2020年2月現在)されている子育て世代向けのホームケアアプリ「教えて!ドクター」の監修者でもある、佐久医療センター・小児科医長の坂本昌彦先生にお話を伺いました。

■ウイルスとワクチンに対する正しい知識を子どもにも

──保護者のみなさんは、インターネットで子どもの病気や発達について調べることが当たり前になっています。医療情報に簡単にアクセスできるようになっていますが、そうした情報の中で保護者の多くが勘違いしていることや、注意が不足していることはありますか?


坂本昌彦先生(以下坂本):風邪をひいたときに、「病院に行って薬をもらえば治る」と思っている保護者の方は多いと思います。しかし子どもの風邪の9割はウイルスが原因なので、その場合は抗菌薬を飲んだところで治りませんし、かえって耐性菌を増やしかねません。こういうときはありきたりですが、しっかり休んで睡眠を取ることと、水分を摂取することが大切です。

注意が不足しがちだと思うのは、リモコンのボタン電池の誤飲です。ボタン電池を放置していなければ問題ないと考える方も多いと思いますが、6歳以下の子どもの誤飲では約6割が直接リモコンなどの電子機器から取り出して誤飲しています。

ボタン電池を飲み込んでしまうと食道や胃の粘膜が損傷し非常に危険ですので、蓋が簡単に開いてしまわないように対策をすべきでしょう。
万が一、子どもがボタン電池を飲み込んでしまった場合は、直ちに医療機関を受診してください。時間が経ってしまうと取り出せなくなる場合があります。

──子どもの予防接種(ワクチン)に関しても、「打たなくてもいい」というような意見をたまにネット上で目にするのですが、結局どちらが正しいのでしょうか。

坂本:「予防接種なんかしなくていいよ」という意見を時々耳にします。しかしそれは通常の医療からは外れた考え方です。ヒブワクチンや肺炎球菌結合型ワクチンなど、小児科で打つワクチンの種類が増えた結果、重い感染症にかかる子どもが激減しており、私を含め多くの医師は、ワクチンの接種を推奨しています。

──ウイルスやワクチンの知識が大切だということを理解するためには、どのようなことが必要だと思いますか?


坂本:大人になってから学ぼうとしてもすんなり理解できないこともありますので、子どものころから、「感染症を引き起こす原因がウイルスや細菌という病原体であることや、感染症を防ぐためには免疫をつけることが必要で、その免疫を安全につける方法がワクチンなんだ」という基本的な知識に触れておくとよいと思います。そうすれば、大人になったときに、自分で情報の取捨を判断できるでしょう。「教えて!ドクター」のプロジェクトでも、子ども向けにワクチンの重要性を啓発しています。

■子どもがけいれんしていたら、手の空いている大人は動画撮影を

──急に子どもの体調が悪くなって受診する場合、慌ててしまって何をどのように伝えればよいか困る保護者の方も多いと思います。落ち着いて子どもの症状を伝えるための、お医者さんとのコミュニケーションのコツはありますか?


坂本:スマートフォンのようなデバイスを活用してもらうといいと思います。たとえば子どもが熱性けいれんを起こしたときに、顔色の急変や症状に驚いて救急車を呼ぶ保護者の方も多いのですが、だいたい2、3分で収まります。救急隊員や医師から、「けいれんはどのくらい続きましたか?」などと聞かれると思いますが、その際に記憶があいまいだとうまく答えられません。ですので、最初は不安かもしれませんが、救急隊が来るまでの間、手の空いている人がいればその様子をスマートフォンなどで動画撮影しておいてください。医師も動画から正確な状況がわかるので、診療に大いに役立ちます。

──急に症状が出ると慌ててしまうので、動画で撮影するなんて、思いつきませんでした。言葉で伝えるよりも正確ですね。

坂本:ほかにも子どもに発疹が出た際に、「家では出ていたのに診察のときには消えている」ということもあると思います。それも家で写真を撮っておけば「いまは消えているけど、2時間前はこんな感じでした」と見せることできます。

子どもが下痢をした際にも、写真に撮っておけば、排泄物の新鮮な状態の色と量がわかるので医師が判断するのに役立ちます。排泄物やおむつを直接持参される方がいますが、長時間持ち歩く間に色が変わってしまいますし、感染症予防という意味でも避けた方が良いので、その場で撮影しておいて、写真を医師に見せましょう。

──言葉でお医者さんに症状を伝えるときは、どのようなことに気をつければよいのでしょうか。

坂本:私たち医師が欲しい情報は、「時系列」の話です。自分が心配なことから順番に話し始める患者さんもいらっしゃいますが、診断のためには、2日前から昨日、そして今朝というような、時系列での話を伺いたいです。あとは水分をしっかりとれているか、嘔吐や下痢は何回あったか、といったことのほか、普段の体温や皮膚の様子も確かめておいてもらいたいですね。「子どもが普段とどう違うか」を知りたいからです。


──時系列に話すためには、メモもしておいたほうがよさそうですが、日ごろからそれができるかというと、難しいかもしれません。

坂本:メモをしていても、途中でメモを取り忘れたり、診察に来る際にそのメモを家に忘れてしまったりすることもありますよね。

そこで「教えて!ドクター」のイラストデザイナーさんからいただいたアイデアが、「LINEの一人(または保護者どうしでの)グループ化」です。LINEで自分一人のグループや保護者のみのグループを作っておき、子どもの発熱の際などに、体温や嘔吐の情報を入力していくのです。なお、時刻は入力の都度自動的に記録されますし、とても便利です。「教えて!ドクター」で専用のLINEスタンプを作っています。「おねつ」「欠席です…」といったイラスト、救急車を呼ぶときや受診の際の持ち物リストなど、緊急性が高い内容をスタンプで伝えることができます。

■ネットの医療情報が信用できるかを考える3つのポイント

──インターネットで得た情報が正しいかどうか、判断のしようがないことがあります。そんなときには、どのようなことに気をつけておけばよいでしょうか?

坂本:ポイントは3つあります。「NGワード」「発信者は誰か」「根拠は何か」。一つずつ説明しましょう。

まず、医療情報を扱う上でNGワードとなるのは、「100%」「絶対」といった言葉です。このような言葉を使っている情報は、その時点で信用しなくていいと思ってください。医療の世界では、100%や絶対ということはありえません。なぜなら、人間のからだというものがそれだけ複雑にできているからです。同じ薬を飲んでも人によって効果が違うし、同じ人が同じ検査をしても同じ結果が出るとは限りません。医師になるまでに6年間、医学部に通いましたが、治療法などを学び始めたのは4年生からでした。なぜなら、解剖学や組織学でからだの仕組みを学ぶのに3年かかるからです。それだけ人間のからだが複雑なことを知っているからこそ、「絶対」とか「100%」といった言葉は使えないのです。


──2つ目の「発信者」について、「絶対」ということがない中で、誰を信用したらいいのでしょう。

坂本:厚生労働省国立感染症研究所国立がん研究センター日本小児科学会といった公的機関などが出している情報は、信頼度が高いと思います。そういった機関には多くの医師がいて、発信する情報について複数の医師がチェックしていると思われるからです。よく、「お医者さんのブログにこう書いてあった」と話す方がいますが、医師といってもさまざまな方がいて、日々情報をアップデートする方もいれば、古い情報のままの方もいます。ブログのように一人の医師の責任で情報を出している場合は、その方の情報が古かったり、誤ったりしているおそれもあります。

──医師の発言だからという理由だけでは不十分なのですね。その「信じるかどうか」の基準となるのが、3つ目の「根拠」だと思いますが、「根拠」といっても判断が難しいです。

坂本:まず、先ほども言ったように、たとえ医師でも一人の意見だけだと間違っていることがあるので、「多くの医師がそう言っているか」といったことは確認したほうがいいでしょう。また読んだ記事の中に、出典情報が載っているかどうかも確認してみてください。きちんとした論文やガイドラインに沿っているものは、信頼度が高いといえます。ただし注意していただきたいのは、それらもあくまで断片的な情報に過ぎないということです。記事を書いた人が、出典の読み方を間違えていないとも限りません。みなさんに必要なのは、断片的な情報を見るだけでなく、それらをつなげて全体の文脈を理解することです。完ぺきな方法はありませんが、それを意識しておくことで、正確な情報に近づくことができると思います。

──3つのポイントを押さえたにもかかわらず、まだインターネットの情報を信じていいかどうかわからない場合はどうすればいいでしょう?

坂本:インターネットで解決できない部分を埋めてくれるのが診療です。お医者さんの前で、「インターネットではこう書いてあったんですけど」とはなかなか言いにくいこともありますよね。「そんなの信じちゃダメだよ」と注意された経験のある人もいると思います。ですが、最近は医師もインターネットを使ってコミュニケーションを取っていますし、保護者がネットの情報を見ているのも当たり前だと思っています。

──保護者だからといって、子どもの病気と向き合うための情報収集を完璧にできなくても、必要以上に不安にならなくていいんですね。

坂本:わからないことは遠慮なく聞いてください。むしろ、そのときの医師の反応を見て、自分たちにちゃんと向き合ってくれているかどうかもわかると思います。

──坂本先生、ありがとうございました。お医者さんに頼る部分もあっていいんですよね。いつも感じていた診察室へ向かうまでの緊張がやわらぎました。「スマートフォンを活用して記録する」、「時系列で伝える」など、まずはできるところからはじめてみようと思います。

<プロフィール>
坂本昌彦(さかもと・まさひこ)
佐久総合病院佐久医療センター小児科医長。2004年名古屋大学医学部卒業。愛知県や福島県で勤務した後、12年タイ・マヒドン大学で熱帯医学研修。13年ネパールの病院で小児科医として勤務。14年より現職。専門は小児救急、国際保健(渡航医学)。15年より保護者のホームケアの知識を高めてもらうことを目的とした「教えて!ドクター」プロジェクトの責任者を務める。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/香川誠
撮影/村上悦子