アクチュアリーの成川が「ちょっと面白い視点」で、私たちに身近な、でも数字にすると非日常的にも感じられる、そんな考察を展開してくれました。
ちなみに、「アクチュアリー」とは、確率論や統計学を使って、将来の不確実な要素(生命保険であれば、人が亡くなる確率など)を解析する専門家です。生命保険会社では、アクチュアリーが保険料の算出などを行っているんですよ。
※本記事は、ライフネット生命の社員の人柄やその側面を紹介することを目的としており、内容は個人の見解です。また保険の加入を勧めるものではありません。
※文中で使用しているデータは、実際の観測値ではなく、異なるデータから推計したものです。当社の許可なくデータを引用することはご遠慮ください。
数理部の成川淳です。
私が以前から気になっていた問いとして、人は一生のうちに平均で何回、医療施設で入院や外来(通院等)をするのか、というものがあります。最近になって計算してみたところ、国民全体の平均という意味では、入院は10回前後、外来は1,000回前後となりました。過去30年間にわたって、入院回数は増加傾向、外来回数は横ばい傾向にあります。
それだけの話なのですが、少し詳しく、いつもより長い文章で紹介させてください(ただし、後半はご参考です)。なお、文中の誤りは、すべて私個人に属します。
最初に、勝手ながら、以下の言葉を用意します。
言葉 | 意味・内容 |
1人当たり 年間入院回数 (入院発生率) |
「国内のすべての医療施設における1年間での入院の回数を、国民1人当たりにして推計したもの」と定義します。1人の人が1年の間に入院する確率、すなわち「入院発生率」を延べ回数で考えたものとも言えます。 |
1人当たり 年間外来回数 |
外来(通院や訪問診療等)について、上記の入院と同様に定義します。 |
生涯入院回数 | 「仮に、年齢別の1人当たり年間入院回数および年齢別の死亡率がその年度から変化しないとした場合に、1人の人が生涯で入院する回数を推計したもの」と定義します。厚生労働省が国民医療費に関連して公表している「生涯医療費」という言葉を参考に名付けました。 |
生涯外来回数 | 外来(通院や訪問診療等)について、上記の入院と同様に定義します。 |
続いて、推計を簡単にするため、以下の決め事を設けます。
- 推計対象とする入院や外来は、医療施設での公的医療保険の給付対象となる/なりうる診療行為のためのものに限定し、さらに、妊娠関連のものは除くこととします。そのため、例えば、健康診断や予防接種、出産等に係るものは含めません。
- 入院して転院した場合には、転院前と転院後の両方を入院の回数に含めます。
- 歯科での入院は、僅かにありうるのですが、ないものと仮定します。
- 「国民」には、日本に住む外国人も含めます。
そして、推計方法については、大きく分けて以下の方法1と方法2の2種類を用います。詳細は後半の「ご参考」で紹介しています。
方法 | 概要 |
方法1 | 厚生労働省の「医療給付実態調査」で公表されている1年分の診療実日数を主に使う方法です。公的医療保険から実際に給付されたものが対象となります。 |
方法2(粗い) | 厚生労働省の「患者調査」で公表されている受療率を年換算して使う方法です。推計精度は少し粗いです。しかし、公的医療保険から給付されうるものの自費で診療されたり労災保険や自賠責保険から給付されたりしたものも対象にでき、また、過去30年などの長期的な分析に使いやすい方法です。 |
さて、準備が終わったところで、推計結果を紹介していきます。まず、「1人当たり年間入院回数(入院発生率)」を男女別、年齢別に方法1で推計すると、平成29年度は以下の結果となりました。
年間入院回数(入院発生率)は、年齢間で比べると、乳幼児期にやや多く、そこから一度は減り、再び加齢に伴い増えていきます。男女間で比べると、高齢になるほど男性の方が多くなっています。水準としては、40歳では年0.05回(5%)前後、80歳では年0.3回(30%)前後となっています。健康な人から見ると多いように感じられるかもしれませんが、国民全体の平均としては、持病等で何回も入院してしまう人を含むため、これくらいの水準になっているようです。
続いて、「1人当たり年間外来回数」を医科・歯科別、男女別、年齢別に方法1で推計すると、平成29年度は以下の結果となりました。
年間外来回数は、医科については、年齢間で比べると、年間入院回数と同様に、乳幼児期に多く、そこから一度は減り、再び加齢に伴い増えていきます。ただし、80歳以降は、加齢に伴い少し減っています。80歳以降となると、通院による治療が難しく入院してしまう人が増えるためか、あるいは、通院しづらく診察に消極的な人が増えるためか、などと想像しています。
男女間で比べると、年間入院回数とは異なり広い年齢帯で女性の方が多くなっています。水準としては、40歳では年5回強、80歳では年30回弱となっています。これも健康な人から見ると多いように感じられるかもしれませんが、国民全体の平均です。
歯科については、医科のものと比べると、年齢間・男女間の関係は似ていますが、水準はおよそ5分の1であるとともに、加齢に伴う増加が緩やかになっています。
そして、これらを使いつつ、今回の一番の目的である「生涯入院回数」や「生涯外来回数」を推計すると、平成29年度は以下の結果となりました。
推計項目 | 推計結果 | ||||
男性 | 女性(妊娠関連以外) | ||||
方法1 | 方法2(粗い) | 方法1 | 方法2(粗い) | ||
生涯入院回数 | 医科 | 9.8 | 10.6 | 9.3 | 9.9 |
生涯外来回数 | 医科 | 930 | 960 | 1,190 | 1,240 |
歯科 | 230 | 220 | 290 | 300 |
方法1と方法2で推計結果が異なりますが、これは、特に方法2で推計精度が粗いこと(受療率を年換算している点等)と、方法2の方で推計対象が僅かに広いこと(自費診療等を含む点)によるものです。方法1と方法2を併せて見ていきます。
生涯入院回数は、男性も女性(妊娠関連以外)も10回前後という水準になりました。このうち1割くらいは転院の回数が含まれているとして、少し差し引いて考えるとしても、大きな数字です。これも健康な人から見ると多いように感じられるかもしれませんが、国民全体の平均です。男女間で比べると男性の方が、平均寿命は短いのですが、年齢別の年間入院回数(入院発生率)が総じて多いため、僅かに生涯入院回数が多くなっています。なお、女性の場合、仮に妊娠関連を合わせて考えると、さらに1~2回、生涯入院回数は増えることになります。
生涯外来回数は、医科については、男性も女性(妊娠関連以外)も1,000回前後という水準になりました。若い人から見ると大きいように感じられるかもしれませんが、一生涯での通算としては、高齢になってくると頻繁に通院する人が多いため、これくらいの水準になっているようです。男女間で比べると女性の方が、平均寿命が長く、年齢別の年間外来回数も総じて多いため、生涯外来回数も多くなっています。歯科については、男女ともに200回以上となりました。これも大きい水準ですね。
続いて、粗い推計である方法2に頼るのですが、過去30年間での推移を見ていきます。過去30年間の「生涯入院回数」を方法2で推計すると、以下の結果となりました。
「生涯入院回数」は過去30年間にわたって増加する傾向にあったことを確認できます。高齢化に伴い、長生きする間に入院する機会が増えてきたということかと思います。一方で、治療技術の進歩や病気の早期発見により、病気を入院ではなく外来で治療できる機会が増えていることは逆向きに影響するはずなのですが、その影響はまだ大きくないということかと思います。
最後に、過去30年間の「生涯外来回数」を方法2で推計すると、以下の結果となりました。
「生涯外来回数」は過去30年間にわたって、医科で平成11年~14年に減少した以外は、総じて横ばいの傾向にあったことを確認できます。これは入院とは異なる結果で私には予想外でした。医科については、グラフには示していませんが、総じて、外来患者の平均診療間隔が伸びる傾向にあり、年齢別の年間外来回数は減少する傾向にあります。これは、医療政策や、治療技術の進歩、病気の早期発見によるものだと思われます。この影響が高齢化の影響と相殺しあって、生涯外来回数は横ばいの傾向にあったということかと思います。
歯科については、年齢別の年間外来回数のうち若年齢の部分が与える影響が相対的に大きく、グラフには示していませんが、その部分が緩やかに減少する傾向にあったため、高齢化の影響と相殺しあって、生涯外来回数は横ばいの傾向にあったということかと思います。
私は保険会社で働いてはいますが、保険会社による病気の保障が必要なくなるくらい、医療が発達してほしいと願っています。例えば、早い段階での病気の発見や予防により重い病気に罹る人が減ったり、治療技術の進歩により重い病気が簡単に治るようになったりすれば、入院や外来の回数も減り、病気を治療する人の経済的な負担が減り、長期的には病気の保障は必要なくなるかもしれません。
今回推計した「生涯入院回数」や「生涯外来回数」は、これまでは増加または横ばいで推移しており、今後もしばらくは同様の傾向が続くのではないかと想像しています。その先の遠い将来の話ではありますが、医療が発達し、結果として「生涯入院回数」や「生涯外来回数」も減っていくと良いなと思っています。
数理部
成川
<ご参考> 推計方法の詳細 方法1では、厚生労働省の「医療給付実態調査」(平成29年度)を使っています。これは、公的医療保険制度に係る各年のすべての診療報酬明細書を調査対象としたもので、実際、日本の人口の約9割の人の情報が集計されています。公的医療保険制度から給付が行われたものが対象のため、健康診断や予防接種、正常分娩に係るものや、自費での診療や、労災保険や自賠責保険から給付が行われたものは含まれません。歯科の計数は入院と入院外(外来)には分かれていません(入院は僅かのはずですが)。平成20年分から毎年、データが公表されています。 また、方法1と方法2の両方で、厚生労働省の「患者調査」(平成29年度、ただし30年分を見る際には昭和62年度~平成29年度)を使っています。これは、全国の医療施設の利用者を特定の時期(9月または10月)にサンプル調査し日本全体の状況を推計したものです。歯科診療所以外の病院や一般診療所の計数は、医科と歯科には分かれていません。30年以上前から3年ごとに、データが公表されています。 推計対象を、公的医療保険の給付対象、かつ、妊娠関連以外に限定するため、これらの統計の計数は、「総数」から推計対象外分を減算したり、減算しすぎた分を加算したりして使っています。医療給付実態調査は既に公的医療保険のみの統計ですので、妊娠関連分を減算して使っています。患者調査も推計対象外分を調整して使う必要がありますが、それぞれの計数が、「公的医療保険の給付対象」の診療行為のためのものかどうかは表示されていません。また、医科と歯科も分けて表示されていません。それぞれの推計対象に対応する計数を抽出するにあたっては、以下のような対応を仮定しています。
今回は、大きく分けて方法1と方法2という推計方法を用いると述べましたが、年齢階級別の1人当たり年間入院回数や1人当たり年間外来回数について、細かくは以下のように推計しています。
※推計対象の平均在院日数を、その構成要素(「総数」や減算・加算の要素)のそれぞれの平均在院日数と退院患者数から算出 「1人当たり年間入院回数」や「1人当たり年間外来回数」は、最初に年齢階級別での値を推計し、各年齢階級に代表年齢を設定し、線形補間により年齢別での値としています。そして、それらに、厚生労働省の「簡易生命表」の死亡率に基づく0歳からの累積生存率を年齢別に乗じて合計したものを「生涯入院回数」や「生涯外来回数」としています。 今回は、大きく分けて2種類の推計方法を用いましたが、入院回数の推計では他にも、患者調査の1日の新入院の患者数を年換算して使う方法や、患者調査の1ヶ月の退院患者数を入院患者数と見做して年換算して使う方法もあります。これらは、受療率を年換算して使う方法2と近い性質のため、今回は省略しています。 ※2021/10/05追記
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