(「おやさいクレヨン」公式ウェブサイトより)

皆さんは子どものころ、クレヨンでお絵かきをしたことを覚えていますか?
あか、ももいろ、みずいろ、きみどり……色とりどりのクレヨンで画用紙を塗りつぶしていくのが楽しくてたまらなかった人もいるかもしれません。
今回は、野菜とお米から作られた安全なクレヨン「おやさいクレヨン」について、開発者であるmizuiro株式会社 代表取締役の木村尚子さんにお話を伺いました。

■青森の野菜を活かした「おやさいクレヨン」

お米と野菜から作られた「おやさいクレヨン」。一般的なクレヨンは溶かしたろうに着色料を混ぜたものですが、「おやさいクレヨン」は、米ぬかから採れる「米油」と米油から抽出される「ライスワックス」というろうに、流通に乗せられず廃棄されてしまう野菜を粉末にして混ぜて作られています。小さな子どもも安心して遊べるように、野菜の色を補う顔料は、食品の着色に使用されるものと同等のものが使われています。万が一、口に入れてしまった場合に、十分に配慮された素材です。

クレヨンの箱を開けると、「きゃべつ」「ゆきにんじん」「りんご」など、野菜や果物の名前が並び、天然由来独特のニュアンスカラーが広がります。きゃべつ色はキャベツから、ゆきにんじん色はにんじんから作られているという、まさに畑から生まれたクレヨンなのです。さらに、原材料となる野菜や果物のほとんどは木村さんの故郷・青森県産のもので、形が悪いなどの理由から廃棄される予定だったものを使用しています。

(「りんご」「きゃべつ」などの10色が入った「おやさいクレヨン」スタンダード)

このユニークなおやさいクレヨンは、どのようにして生まれたのでしょうか。原点は、木村さんの幼少期にさかのぼります。

「幼少時代から絵を描くのが大好きで、将来はデザイナーになりたいと考えていました。専門学校を卒業後、グラフィックデザイナーとして実績を積んでいくうちに、次はプロダクトデザインをしたいと思うようになり、娘と一緒にお絵かきをする時間が好きだったことから、子どもと一緒に使えるファースト文具を作りたいと思いつきました」(木村さん)

数ある文具の中でも、ドイツ製の安心安全な「蜜蝋クレヨン(ミツバチが巣をつくるときに分泌する成分をつかったもの)」の温かなぬくもりや使い心地に感銘を受けた木村さんは、クレヨンの開発に踏み出します。

「自分にしか作れないクレヨンとは何だろう」と考えていた時、大きな転機を迎えました。2013年、青森市浪岡の王余魚沢(かれいざわ)小学校内で開催された藍染展を訪れた時のことです。

「藍染めの天然色や表現の奥深さに胸を打たれ、インスピレーションが湧きました。この時、地元である青森県産の野菜や果物を使った天然素材のクレヨンを作ろうという発想が生まれたのです」(木村さん)

そして2014年9月にmizuiro株式会社を設立。木村さんと同じく、小さな子どもを育てているスタッフ2名とともに、おやさいクレヨンの開発が走り出しました。

■名古屋のクレヨン職人と試行錯誤しながら誕生した

しかし、おやさいクレヨンの開発がスタートしたものの、商品化までの道のりは容易なものではなかったと木村さんは振り返ります。

「正直、自信はありませんでした。仮に試作品が完成したとしても、商品化して、継続的に販売できるかどうかは分かりません。その上、時間的な制限もあったのです」(木村さん)

スタッフを雇用する費用、商品開発の費用は県の補助金で調達し、9カ月以内に商品化まで漕ぎ着けなければなりませんでした。クレヨンを完成させて世に出す前に事業が継続できなくなれば、協力してくれたスタッフたちを解雇せざるを得なくなってしまいます。

「自分たちなりに市場分析やマーケティングを行い、大手がターゲットとしないニッチな市場を目指していこうと決めました。その中でも蜜蝋クレヨンなどの商品はすでにありましたが、私たちの創り出すものは野菜の色を出すクレヨン、しかも青森県産の野菜を使ったクレヨンです。ここはきっと強みになるだろうという根拠のない自信があり、自分を奮い立たせていました」(木村さん)

ここから完成まで、およそ9カ月間。極めて速いスピードで進んだ開発ですが、いくつかの問題が発生しました。開発と製造に協力を依頼したのは、愛知県名古屋市内のクレヨン工場でした。社長である父と息子2人の3人で営む老舗工場で、すでに床の傷を消すクレヨンやなどのユニークなオリジナル商品を展開し、話題を呼んでいました。

「初めて工場に『おやさいクレヨンを作りたい』と電話をした時、電話口に出たのは3代目である息子さんでした。企画内容を話したら、非常に興味を持っていただけたのです。ところが、工場では『商品化できるか分からないものに労力をかけるのはどうだろう』という心配の声も上がったそうです。それでも3代目は、ぜひ挑戦したいとおっしゃって、こっそり試作に応じてくださいました。業務が終わってから、開発をしてくださったのです」(木村さん)

野菜や果物をパウダーにして着色するという技術は、老舗の工場の職人であっても未知の世界でした。例えば、トマトなどの水分が多い野菜だと、粉末にするとほとんど蒸発してしまい、糖分の多い果物を使うと、ワックスと混ざらないこともあるのだそうです。すると、使える野菜や生み出せる色に限りが出てしまい、バランスの良い配色を並べるのに苦心したということです。

「色の選定の際にも、こちらの意図とクレヨン職人さんの価値観との間でギャップがありました。私たちは自然の色合いをそのまま出したいと考えていたのですが、職人さんは『クレヨンの色は一般的に鮮やかなのに、ニュアンスカラーのままでいいのだろうか』という葛藤があったそうです。ここで私は、商品のコンセプトは野菜の色を出すことなので、自然の色のままにしてくださいと説明し、歩調を合わせていただいたこともありました」(木村さん)

技術的な試行錯誤を繰り返し、さまざまな人の協力のもと、ついに「おやさいクレヨン」が完成しました。

■安心素材の「おやさいクレヨン」で親子の時間に彩りを

「起業する前、シングルで子どもを育てていたのですが、仕事の時間との兼ね合いで、どうしても子どもと関わる時間が変則的でした。どうすれば働きやすい生活のスタイルを築けるだろうかと悩んでいたのです。起業は、その答えの一つでもありました。

また、おやさいクレヨンは一つの商材ではありますが、本当の目的はこの先にあります。おやさいクレヨンを使うことで、親子の会話やコミュニケーションにつながってほしいという、『親子の時間をデザインする』ことを目指していたのです」(木村さん)

実際におやさいクレヨンを手にした子どもたちは、興味津々で、「これは野菜で作られているんだよ」と聞くと、多くの子どもたちは、においをかぐのだそう。

「野菜のにおいはほんのり香るくらいなのですが、『りんごのにおいがする』と言ったり、『僕はねぎが苦手だけど、これを使ってみたい』と話したりして、会話が非常に盛り上がります。ただ色を塗るだけではなく、触って、見て、かいで……さまざまな感覚を使って遊ぶのです。
子どもたちが大人になっても、このクレヨンは優しい思い出とともに印象深く残ってほしいです。この温かな気持ちが次世代につながることを願います」と語る木村さん。

お子さんと一緒に使う道具の選び方を変えることで、親子で新しい発見ができるかもしれません。そんな時間を過ごせるように、一緒に暮らしていくものを選んでみるのはいかがでしょうか。

<インフォメーション>
おやさいクレヨン

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル編集部
文/森脇早絵