写真左:「アクロストン」みさとさん、右:同 たかおさん

「家庭での性教育は必要だと分かっていても、自分にも知識が足りず、どうすれば良いのかがわからない」……そんな悩みを抱えながら、子育てに奮闘中の親御さんは少なくないでしょう。そうした人たちに寄り添い、最初の一歩を踏み出すきっかけづくりに取り組んでいるのが、性教育に関する情報発信やワークショップを行っている医師の夫婦・アクロストン。今回はお二人が2020年発売の書籍で書かれている内容を踏まえつつ、固くなり過ぎずに子どもたちの性と向き合うコツについて伺いました。
(アクロストンのお二人への前回のインタビューはこちら

■子どもにも大人にも、最初の一冊にしてもらえる本

──前回のインタビューの際におっしゃっていた「書籍を出版したい」という目標を、見事叶えられましたね! 二冊それぞれについて、ご紹介いただけますか?

写真左:3〜9歳を対象に家庭でできる性教育についてまとめた『いま、子どもに伝えたい性のQ&A』(主婦の友社)、右:思春期を対象に性に関するトピックをまとめた『思春期の性と恋愛 子どもたちの頭の中がこんなことになってるなんて!』(主婦の友社)。おしゃれなイラストやクラフトの挿絵が豊富で、ページをめくるたびに楽しい二冊

たかお:『いま、子どもに伝えたい性のQ&A』は、3〜9歳のお子さんがいる方をターゲットに設定していますが、この年齢や対象に限らず、性に関する知識の入り口として、どなたでもわかりやすい一冊になっていると思います。


──お子さんに投げかけられそうな素朴な疑問から「子どもがアダルトコンテンツを見ているのを知ったら?」といった親御さんの悩みまで、幅広くカバーされていますよね。

みさと:身体の仕組みや妊娠までの経緯なども絵や文章で書いてあるので、子どもに「これってどういうこと?」と聞かれたら、ここに書いてあることを伝えれば良いだけなんです。親が教えづらいところも気まずさを和らげることができているようで、良かったなと思いました。

たかお:あと、この本をワークショップの会場に置いておくと、イラストやクラフトなどの挿絵が多いので、子どもたちが自発的に手に取りますね。読者の方からも、「大人が読むつもりで買ったら、子どもが読んで楽しんでいます」という声があって、とてもうれしかったです。

──『思春期の性と恋愛 子どもたちの頭の中がこんなことになってるなんて!』も、デザインがとても素敵でした。こちらの本の見どころも教えていただけますか。

みさと:この本は、思春期の子どもたちが性に関してどう考えているか、どのような問題と直面するのかを中心にまとめました。うれしかったのは、この本を手に取ってくれた若い人から「参考になった」「自分も思春期の頃、同じような悩みがあった」という声をいただけたことです。

性の問題は、親御さんだけが知っていれば良いわけではないですよね。お子さんがいる・いないに関わらず、いろんな方に手に取っていただきたいなと思います。

パラパラめくるだけでもカラフルで明るい色使い。専門的な用語もわかりやすく解説されているのが魅力です。

みさと:この本では制作協力として、元・保健室の先生であるにじいろさんにコラムを書いていただきました。にじいろさんが出会った子どもたちが抱えていた悩みや問題を例に、身体の仕組みを解説したり、大人はどう関わっていけば良いか提案をしたりしています。

──にじいろさんのコラムでは、実際ににじいろさんが向き合ってきた子どもたちの悩みがとてもリアルですよね。

みさと:ワークショップに来てくださる親御さんたちは、家庭で性教育を行おうという意識のある方々です。ただ、私たちは中高生が抱えている、親には相談しづらい悩みも知りたくて。にじいろさんは学校で講座を行っていて、養護教諭としての経験も持っているので、中高生たちのリアルな悩みも伝えることができました。

SNSを通じて、思春期の子どもを取り巻く現状を発信しているにじいろさん。『子どもたちの頭の中がこんなことになってるなんて!』のコラムにも、リアルな声が反映されている

──巻末のマンガには、みさとさんと娘さんが一緒に生理用品を選び、これから来る生理の知識を教える様子が描かれています。子どもに教えるには、まず大人が性について知っておく必要があると思いますが、大人はどのように知識を身につけていくべきでしょうか。

みさと:大人でも、子どもに教えられるほど細やかな性教育を受けてきたわけではない人もいますよね。「自分もはじめから正解を知らなくてもいいんだ」「まず自分が学んでみよう」といった気持ちで臨んでいただけたら十分です。

最近は本でもインターネットでも、性に関する情報が増えてきているので、その中で自分がわかりやすいなと思うものを選んでみてください。その最初の一歩が、私たちの本だとうれしいですね。

■アクロストンおすすめ! 家庭内での性教育の第一歩

ライフネットジャーナル編集部K:中学生の息子がいますが、お年頃なので性徴のことや心の変化について、会話をしようと思ってもなかなかできず。自然な流れでできればいいなと思っているのですが、子どものふとした瞬間の関心を見逃さないように……! という私の気負いが、変な構えに見えてしまっているのかもしれません。距離があります(笑)。

みさと:思春期のお子さんがいるご家庭は、ある程度は距離があるものではないでしょうか。個人差もありますが、親と話したくなくなる現象は男の子の方がより強く出ることが多いと感じますね。特に一番話したくないのは性の話題かもしれません。

性に関してお子さんと親御さんが対話をして、一緒に考えていくのが理想だと思いますが、ハードルは高いですよね。

たかお:よくみなさんにおすすめしているのは、「ツッコミ性教育」。一緒に暮らしていても、突然性の話を引き出すのは難しいですよね。ですから、きっかけは自分からつくらなくてもいいんです。ニュースをつけていると性暴力の話やSOGI(*1)の話が出て来ますよね。お互いリビングにいるときにテレビでそういう話題が流れたら、「そういえばあれってさ……」という風にボソッとつぶやくんです。例えば、女子高生が妊娠して退学することになったというニュースが流れたら、「なんで学校に通い続けられないんだろうね」とか「相手の男性はどうなのかな」と。

みさと:子どもに話しかけるわけでもなく、テレビに向かってツッコむだけで良いんです。

K:なるほど、本人ではなくテレビに向かって、というのがミソなんですね。

たかお:思春期の子どもは、なんとなく家族同士の会話を聞いてはいるはず。先ほどの例でいえば、親がボソッとつぶやくことで、「妊娠」というトピックに興味が出ると思います。その上で、家の中に性に関する本があれば手に取るかもしれないし、インターネット上で同じような事例を見たら「そういえば、親もなんかつぶやいてたな」と思って調べるかもしれないですよね。

──私も、親が図書館に連れて行ってくれたときに、親がニュースを見ながらつぶやいていたことを調べていました。子どもが興味を持って自ら調べる準備と考えてもいいかもしれないですね。


たかお:あと、親自身にとっても、「ツッコむ」というのはすごく大事なこと。知識としてはなんとなく知っていても、その知識を基に自分はどう考えているかを言葉にすることが大切です。「ツッコむ」ことを習慣にすると、いざ子どもに性のことを聞かれたときのためにも、良いトレーニングになります。

みさと:もう一つおすすめなのは、進学や誕生日などの節目に勇気を出して性に関して話をすること。セックスにおける性的同意、性感染症の予防、避妊……親御さんでも話をするのが難しい内容は、紙に書いて渡すと良いですよ。

もしできるのならば、コンドームを手渡すのも一つの方法かもしれません。

──それはかなりお子さんとコミュニケーションができていないと難しいような気もしますが、「避妊をすることは大切だよ」って伝えるということですよね。

みさと:本当は知っておきたい気持ちがあっても、お子さんは自分では買いづらいものですからね。

──たしかに、好きな人ができたり自分のからだが変化していったり、なんとなく友達から話を聞いたりしていると、まったく知らないのも焦ってしまいそうです。

みさと:渡すこと自体に意味があるので、そのときは子どもの反応がなくても良いんです。

──伝え方はお子さんとの関係を大切にしながら、何を知っておいてほしいのかは節目にハッキリ伝える、ということですね。

たかお:きっと気軽に話せるご家庭の方が少ないですよね。コンドームについて解説するのは難しくても、進学や誕生日を理由に、「知っておいてほしいことだから」と伝えるといいかもしれません。

──そうですよね。お二人のお話を聞いていると、会話を投げかけられる子どもの気持ちも考えなければいけないなと。対話を目指すというところまでハードルを下げられると、親もすっと気持ちが楽になりますね。

みさと:まだお子さんが小さい親御さんの場合は、日々の声掛けが大事かなと思います。お風呂に入るときに、「自分でお洋服を脱いでね」と声をかけたり、自分で脱げなければ「お風呂に入るからお洋服脱ぐんだよ」と話しかけたり。親が疲れない範囲で、日常の中でプライベートゾーン(*2)について教えていると、子どもも「ここは許可なく触ったり、触らせたりしない大事な場所なんだ」ということをだんだん覚えていきます。

※1 SOGIはSexual Orientation(性的指向:そのような性に惹かれるのか、あるいは惹かれないのか)とGender Identity(性自認:自分自身の性をどう認識するか)の頭文字をとった言葉
※2 一般的には水着で隠れるからだの部分のこと(アクロストン『いま、子どもに伝えたい性のQ&A』より)

■自分なりの考えを持ち、批判的な情報収集を

──大人が書籍やインターネットで性に関する知識を身につける上で、注意すべき点はありますか?

みさと:一つ目は、「一つの記事や意見だけを見て、それが真実だと思い込まないこと」です。いろんなものを読んで、いろんな意見に触れてほしいと思います。

たかお:医師だから、権威ある人物だからといって、正しい情報を発信しているとは限らない。僕たちもその点にはとても気を付けていますが、当事者が見たら「この表現は避けてほしかった」と思われることもあるかもしれません。僕たちの書籍や活動に関しても批判的に見てほしいし、改善すべき点があればぜひ伝えてほしいです。

みさと:もう一つは「自分はどう考えるのか」を常に問い直すこと。「ツッコミ性教育」もそうですが、いろんな記事や書籍を読んで、「この部分は合っているけどこの部分は違うんじゃない?」など、自分なりの考えを持ってほしいなと思います。


──今後はどのような活動をしていきたいですか?

みさと:主に二つあります。一つは男性に向けて性教育の発信をすること、もう一つは、「子どもの権利」から考える性教育に取り組むことです。性教育は突き詰めていくと人権の問題なのですが、子どもの権利に関して、日本ではまだ重要視されていない点も多いんです。そのため「子どもの権利」というテーマで、ワークショップなどができたら良いなと考えています。

──最後に、この書籍を手に取ってみようかなと思った方、また、性について子どもとどう接していこうかなと思っている方たちに向けて、メッセージをお願いします。

たかお:性教育に対して、最初から完璧な知識を子どもに教えようと気構えなくても良いと思います。間違ったことを伝えてしまったら、ご家庭であればすぐに修正ができますよね。「間違っていた」と子どもに伝えることも大切です。一緒に調べてみると、子どもの検索能力も分かって良いですよ。「一緒に学ぶ」気持ちで始めてみてください。

みさと:親が間違えたり、悩んだりする姿を子どもに見せることも良いことだと思いますし、一緒に考える機会を増やしていっていただけると良いですね。

私たちも今後、書籍やワークショップなど、みなさんが興味を持ったときに触れられるコンテンツをもっと充実させていけたらと思っています。

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アクロストンさんのお話を伺っていると、性に対して「こうあるべき」「恥ずかしいこと」という思い込みや偏見を持っているのは子どもたちより、自分の方なのだと気づきます。知らないよりも、ある程度の知識を持っている方が、身構えることなく子どもと性に関して話せるのだろうと思いました。

インターネットが身近にある時代の子どもたちは、正しい情報と接する前に、偏った情報や、ときには大きく誤った情報に触れることも少なくありません。しかし、子どもたちが触れてしまう前にそういった情報を取り除くことは難しいのも現実です。アクロストンさんが発信する「ぜひとも触れてほしい」情報を、少しでも多くの方に届けられるように、今後もライフネットジャーナルとしてお手伝いできたらと思いました。

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<プロフィール>
医師であり、小学生の子どもが2人いる夫婦。妻・みさとは産業医、夫・たかおは病理医として働くかたわら、2018年に「アクロストン」として活動をスタート。公立学校の保健の授業で性教育を行ったり、各地でワークショップを開催したりしている。noteでは性の知識や日々の活動、自らの子育てなどについて発信中。著書に『3〜9歳ではじめるアクロストン式 いま、子どもに伝えたい性のQ&A』、『思春期の性と恋愛 子どもたちの頭の中がこんなことになってるなんて!』(いずれも主婦の友社)がある。
●アクロストン ウェブサイト
●アクロストンnote「子ども向け+家庭でできる性教育@アクロストン」

<クレジット>
文/ライフネットジャーナル編集部
撮影/横田達也