ライフネット生命では2017年に続いて、2020年10月に「がん経験者へのアンケート調査2020」を実施しました。 がんを経験された方に、「生活面」「仕事面」「経済面」などの実態や悩みについて調査するアンケートです。

今回は、コロナ禍でのがん治療や生活・働き方の変化についてお尋ねし、さらに3 年前と比べてがん治療と仕事の両立の実態がどう変化したかを探りました。がんサバイバーであり、がん患者をサポートする活動を推進している黒田先生は、このアンケート結果をどう読み取るのでしょう。そこから見えてくるヒントとは? 黒田先生が語ります。

■テレワークが増えてプラスの変化も

 

「ライフネット生命保険 がん経験者へのアンケート調査2020」より

今回のアンケート調査では、「がん罹患後に、仕事復帰した」と回答した人は約55%、「がん罹患後も、休職や退職をせずに働き続けている」と回答した人も約19%に及んでいました([図1])。

下の[図2]にあるように、がん罹患後の仕事への向き合い方の変化については、約7割が「ライフワークバランスへの意識が高まった」と回答しています。中には、「リモートワークができたため、抗がん剤の副作用が辛いときに通勤しなくてよかったのは助かった」「社員の多くが在宅勤務となったので気持ちが楽になった」といった声もありました。コロナ禍でテレワークが広まり、多くの人が在宅で仕事を続けられるようになったのは、働き方の面でがん経験者にとってはありがたい変化でもあったのではないでしょうか。

「ライフネット生命保険 がん経験者へのアンケート調査2020」より

もっとも、良いことばかりではありません。とりわけ非正規雇用の方は深刻です。コロナ禍が長引き、飲食業やサービス業のバイト先がなくなったり、契約の更新がされず次の仕事口が見つからなかったりして、経済的に困っているケースを耳にします。

そもそも、がん罹患後に経済的な問題に頭を抱えている人は多いようです。このアンケート調査では、罹患前と罹患後のおおよその収入を比べると、平均で収入が約22%減少しています([図3])。

「ライフネット生命保険 がん経験者へのアンケート調査2020」より回答者の平均値から作成

減収の理由は、前回同様、「休職」「業務量のセーブ」「退職」が TOP3([図4])。コロナ禍で楽になった面はあるけれど、経済的には厳しくなっている。それが現実ではないでしょうか。

「ライフネット生命保険 がん経験者へのアンケート調査2020」より

■がんに対してネガティブな感情はありませんか

この調査では、「働きやすい環境づくり」への改善や工夫について、がん経験者からさまざまな要望が寄せられています。時間休暇、柔軟な勤務形態、適切な配置異動、通勤のためのタクシー利用補助、簡易ベッドの設置……。それらはもっともだと思いますし、あれば非常に助かるサポート制度だとは思います。

ただ、そうしたサポートを求める声がある一方で、さまざまな設問の中で「がんにかかったことを周囲に知られたくなかった」という声があります。私はこの点が非常に気になりました。

がんであることを知られたくないと話す人は、やはり、周囲にがんに対する偏見や誤解があることを感じているからだと思います。でも、ここで少し立ち止まって考えてみませんか。ご自分の中にも、がんに対するネガティブな気持ちはないでしょうか。
「がんになったことはマイナスで、自分の価値を下げている」と思ってはいないでしょうか。
患者さんの中には、子どもの頃、親ががんになった人のことを「かわいそうな人だね」と言っていたのを聞き、自分でもそう思い込んでしまっていた、という方がいました。

私は乳がんを経験しましたが、もともとがんに対してマイナスのイメージは持っていませんでした。私自身がオープンな性格なこともありますが、がんに対する正しい知識を持ったことで、周囲に知られることにも抵抗はなかったんです。

気持ちが落ち込んでしまい、物事の捉え方がネガティブになることもあると思いますが、がんになって自分の価値が下がったとは考えなくてもいいはずです。

■必要なのは「伝える力」

もちろん、がんにかかったことを告げない選択肢もあります。でも、がんにかかったことを周囲に一切言わないままで仕事を続けるのは、ストレスが大きいものだと思います。

がんの治療の副作用で髪が抜け、ウィッグをかぶっている場合、周囲の視線が気になることもあるでしょう。でも、周囲に何も言っていないと、「気付かれているのではないか」「みんながんのことを知っているのではないか」と周りを気にしながら働き続けることになるかもしれません。

自分のことは知られたくない一方で、それを隠して、必要な情報や制度の恩恵だけ享受するのは難しいものです。がんであることを会社側が知らなければ、どのような制度や働き方が好ましいのか、改善点はあるのか、といった調整ができません。

現在は不十分な制度しかなくても、あなたが先駆者となって会社に働きかけることで、その制度が働きやすい内容にアップデートされるかもしれませんよ。

(画像はイメージです)

きちんと言葉にしなければ、他人には意図が伝わりません。病気に限らず、自分の状況を率直に伝え、求めることをきちんと言葉にして「伝える力」を磨いてみませんか。

■がん経験者に対して止めた方がいいNG対応とは

すべての人にくまなく「がんであること」を告げる必要はありません。自分が助けてもらいたい分野の人に告げるだけでいい。それだけで、必要な情報や制度にアクセスできる可能性がぐっと高まります。

逆に、あなたが、同僚や部下、上司や友人からがんであることを告げられたら?
私自身が、これだけは止めた方がいいと感じた3つのNG対応をご紹介します。

まず、根掘り葉掘り症状や治療法について質問したり意見したりしないこと。がんに対する知識がある人がやってしまいがちな行動です。これはがん経験者にとっては面倒で、ストレスがかかるものなのです。

次に、健康法やサプリをむやみに勧めないこと。中には治療の妨げになる場合もあります。もちろん良かれと思って善意からでた行為だと思いますが、患者さんから求められない限り、やめておいた方が無難です。

それから、大げさに驚いたり泣いたりも控えて。できるだけ、いつも通り接すること。患者にとって、まるで自分事のように感じてくれるのはうれしいことでしょう。でも、相手に告げる時点で、ある程度、感情の整理ができていることも多く、度を越したリアクションは必要ないと思います。
これまで通りに接しながら、例えば、通院のために席を外しやすいように「今日は午後から病院だよね」と声をかけるなどの配慮をしてもらえれば、助かります。

とはいえ、がん患者さんにとって、周囲から「こんな対応をしてほしい!」と思う内容は、ケースバイケースです。時には、「がん患者なんだから、もっと大事に扱ってほしい」と真逆なことを言われて困惑するかもしれません。

私も罹患直後や治療中はそうでした。家族に対して、「がんだからといって腫れ物に触るように扱われたくない。特別扱いしなくてもいい!」と言ったり、「病人なんだから、もっと気遣ってよ!」と言ったり。
「どうしてほしいの?」とよく文句を言われましたが、どちらもホンネですから、本人もどうしようもないのです。

そんなときは、「仕方がない。自分も病気になるかもしれないし、こんなときはお互い様!」くらいに気楽に構えているのがベストですよ。

 

 

<プロフィール>
黒田尚子(くろだ・なおこ)。 1969年富山生まれ。立命館大学卒業後、1992年(株)日本総合研究所に入社。SEとしておもに公共関係のシステム開発に携わる。1998年、独立系FPに転身。現在は、各種セミナーや講演・講座の講師、新聞・書籍・雑誌・ウェブサイトへの執筆、個人相談等で幅広く活躍。2009年12月に乳がんに罹患し、以来「メディカルファイナンス」を大テーマとし、病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動も行っている。CFP® 1級ファイナンシャルプランニング技能士、CNJ認定 乳がん体験者コーディネーター、消費生活専門相談員資格を保有。

●黒田尚子FPオフィス

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル編集部
文/三田村蕗子
撮影/村上悦子