速水健朗さん(ライター、編集者)

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独身時代は都心の賑やかな街で暮らしていても、結婚して子どもが生まれたら、郊外の広めのマンションに引っ越し、将来は閑静な住宅街に一戸建てを購入してゴール。そんな高度成長時代から主流だった住まい選びの基準に今、変化が起こっています。

数々のフィールドワークやデータ分析をもとに、都心の住まい選びの現状を論じた『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』(朝日新書)の著者・速水健朗さんに、都市暮らしの最新事情について聞きました。

■食の変化から見えてきた都市の変化

──この本の大きなキーワードのひとつに、「食住近接」があります。なぜ、暮らし方を考えるうえで、都心における食文化の変化に注目されたのでしょうか?

速水:3年前に『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』(朝日新書)という本を書いたときに、人々の食に対する意識を調べていく中で、先進国の都市が食にともなって変化していることが見えてきました。一方、東京でもファーマーズマーケットやオーガニックフードといったものがメディアに取り上げられるようになっていましたが、当時はまだ「田舎暮らしへのあこがれ」みたいに受け取られていたんですよ。

でも僕は、これは現代の都市革命なんだと感じました。田舎回帰ではなく、都市生活をアップデートする試みだと。では現代の東京で実際にどんなことが起こっているのか? そこをフィールドワークしてみようと考えたんです。

その際に重要な参考文献になったのが、ホイチョイ・プロダクションズの『新東京いい店やれる店』です。バブル時代に刊行されベストセラーになった本の2012年版で、女性とのデートを成功させたい男性に向けたレストランガイドですね。そこで2011年以降の「バルブーム」が大きく扱われていました。

──今回のインタビュー場所は、最近注目の“奥渋谷”エリアの書店ですが、このすぐそばにある「アヒルストア」がバルブームの先駆けと紹介されていますね。

速水:ええ。バルブームで重要なのは、店が住宅地の中にあることが多い点です。繁華街にあるバルは従来の居酒屋と変わらない。本来のバルというのは、普段の生活圏の中で楽しむもの。会社帰りに同僚や上司と飲みに行く場所ではなく、近所に住んでいる人がブラっと立ち寄る地元の店。そこがすごく盛り上がっている。

トレンドとして「バルが流行っている」と言うと、浮ついたイメージで捉えられてしまうけど、そこにはもっと大きな変化があるのではなかと思ったんです。

■「最近、恵比寿行かない」が表すもの

──それを読み解くキーワードとして、速水さんの本では「最近、恵比寿に行ってない」という声が紹介されています。

速水:特に30代、40代の女性からよく聞きますね。これはどういうことかというと、ほとんどの人にとって恵比寿というのは、デートや合コンのためにオシャレしてわざわざ行く「ハレ」の繁華街なんです。でも地元のバルであれば、肩肘を張らず、日常の延長線上で飲みに行ける。バルブームとは、ハレの逆である「ケ」の飲食街が流行っているということなんです。

「脱・恵比寿」をキーワードにいろんな人に話を聞いてみたら、そこから「街に根付いた暮らしがしたい」という気持ちの変化が見えてきました。しかも、それが都心部への人口集中として表れている。

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例えば、最近は人形町や八丁堀といった東京の東側の街が盛り上がっています。飲食店に元気があって、夜遅くまで遊んでいる人がたくさんいる。でも、それは東京が24時間都市になったからではない。国内でランキングをとっても、東京は“24時間都市”の上位に入らないでしょう。現実には、札幌や大阪、福岡のような地方都市のほうが、朝までやっている飲食店がたくさんあります。東京の飲食店はこうした都市に比べて、意外に閉店時間が早いんですよ。

それは東京が通勤都市だからです。都心の企業で働いている人には終電があって、1時間、2時間かけて郊外の自宅まで帰る。それが当たり前でした。だから飲食店も閉店するのが早い。しかし今は、終電を気にせずに都心で飲む人が増えている。住む場所が都心に回帰したことで、遊ぶ場所も都心に回帰してきました。実際、現在の東京でもっとも人口が増えているのは、千代田区、中央区、港区という都心の中心地です。バルブームとは、人々のそんな住まい選びの変化に対応する中で起こってきたわけです。

■サードプレイスでの子育てが始まっている

──ただ、飲食店が中心になる街選びというのは、独身者だから謳歌できるものだという指摘もあり得るのでは?

速水:それはあると思います。子育て世代にとって都心の家賃は高いし、湾岸のタワーマンションだって簡単に手が出ない。そうなったときに、郊外の住宅を選ばざるを得ないんだという人は多いでしょう。でも、都心の飲食街を取材してみると、「子育て世代だから郊外に住む」という常識も変わってきていると感じます。

──わかります。僕の周囲で増えているのは、近所の飲み屋に常連のコミュニティができて、そこで出会ったカップルが結婚する。そして子どもができたら、そのまま同じ街に住んで、近所の友達と助け合いながら子育てしていく。そういうライフスタイルが珍しくなくなってきたんです。

速水:めちゃくちゃ多いですよね。僕は銀行員の息子だったので、小学校のときは社宅の友達と集団登校したり、母親も社宅でママ友を作ったりと、会社を中心にしたライフスタイルでした。父親も飲みに行くときは会社の人たちと繁華街に行ってましたしね。

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でも今は、会社内のつながりが希薄になり、企業も社会福祉を担えないようになってきた。じゃあどこが代わりになっているかというと、やっぱり住んでいる場所なんですよ。会社帰りに会社の人と飲みに行くことで作られるコミュニティではなくて、地元に帰って地元で飲むことで生まれたコミュニティが生活を支えている。

独身時代に楽しい店を見つけて行きつけになって、そこで地元の仲間ができて……っていう生活を送っている人は、結婚してもその街に住もうとする。統計を取れないからもどかしいところではあるんですけど、飲み屋で知り合って結婚したというケースは確実に増えている。地元に根付いた暮らしをしている人は、そのまま根付いた結婚をして、根付いた子育てをするようになってきています。

■「子育ては閑静な住宅街」に縛られすぎるな

──夫婦共働き家庭にとっても、頼れる友人が側にいるとか、通勤にあまり時間がかからない都心での子育ては魅力的です。

速水:共働き家庭が子育てをしながら郊外から通勤するって、ほとんど無理ゲーですよね。保育所だって、会社の近くに増やしていくことが必要です。

──ただ、都会は子育てに向いていない、やっぱり「閑静な住宅街でのびのび子育て」がいいと考える人も多い。

速水:それは心理的なものも大きいのではないでしょうか。都会は車が多いから危ないみたいな意見も、実際に調べてみると、郊外のほうが車社会なので、人口ひとりあたりの交通事故は多かったりする。都会には緑がないって言う人もいますが、人口ひとりあたりの公園率で見ると、都心にも区によっては郊外よりも広い場所がたくさんあります(※)。

(※ 東京都建設局『公園調査』より。例えば、港区でもひとりあたりの公園面積は6.38平方メートルあり、これは郊外の住宅地である武蔵野市や三鷹市を大きく上回る)

子育て世代を取材する中で、住まい選びの基準として何を重要視しているか聞くと、多くの人が「教育とコミュニティ」だと答えます。待機児童がいないとか、近所にいい学校があるとか、孤立しないでママ友と交流できるとか、そういうことを基準にしている。それを踏まえて考えると、例えば「豊洲に住んでいる人は子どもをコンクリートの公園で遊ばせている。あれが理解できない」という批判はおかしいのではないかと思います。

僕は「東京に住もう派」なのでバイアスはあると思いますが、豊洲には子どもを安全に遊ばせる空間があって、そこには近所に住んでいる同世代のママが集まる。それをコミュニティと呼ばずして何と呼ぶのでしょう。どうしても子育て初心者のほうが「都心はちょっと……」と考えがちなんですが、2人目、3人目と育ててきた人に会うと、「郊外よりは都心」と断言されることが多い。

実際に探してみると、港区のタワーマンションは無理かもしれませんが、都心でも家賃があまり高すぎない物件は見つかります。だから、「都心は独身者が暮らすところ」と決めつけて、初めから選択肢に入れないというのは、もったいないと思います。

(つづく)

 『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』(朝日新書)


『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』(朝日新書)

<プロフィール>
速水健朗(はやみず・けんろう)
1973年生まれ。ライター、編集者。石川県出身で、コンピューター誌の編集を経て、現在はフリーランスとして活動中。専門分野は都市論、メディア論、ショッピングモール研究、団地研究など。

<クレジット>
文/小山田裕哉
撮影/小島マサヒロ

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