坂本昌彦さん(「教えて!ドクター」プロジェクト責任者、佐久総合病院佐久医療センター小児科医長)

子どもの病気やホームケアについての悩みや疑問に答えてくれる「教えて!ドクター」というスマートフォン用アプリが話題となっています。浅間山や八ヶ岳などの山々に囲まれた、長野県佐久市から誕生した医師監修のアプリ。わかりやすい説明、親近感のあるイラスト、情報の見つけやすさなどが特長です。「教えて!ドクター」のダウンロード数は、佐久市の人口約9.9万人を上回る約14万(2020年2月現在)! ターゲットである佐久地域の子育て世代だけでなく、全国にユーザーが広がっているのはなぜなのでしょうか。「教えて!ドクター」プロジェクトの責任者を務める、佐久医療センター・小児科医長の坂本昌彦先生にお話を伺いました。

■深夜2時、子どもの高熱。病院に行くべきか、家で様子を見るべきか

──「教えて!ドクター」のアプリは、どのような経緯で誕生したのでしょうか?

坂本昌彦先生(以下坂本):もともと私たちの活動の目的は、佐久地域の子育て世代のみなさんにホームケアの知識を高めてもらうことで、アプリ製作はその取り組みの一環です。プロジェクトそのものの始まりは2015年のことで、佐久市から子育て事業の委託を受けた佐久医師会の主催により、佐久医療センター小児科を監修者として発足しました。

「教えて!ドクター」のアプリ画面。欲しい情報がわかりやすくまとまっている(「教えて!ドクター」ウェブサイトより)

──プロジェクトの発足当初はどのような活動を?

坂本:2015年に子どもの病気とホームケア、受診する目安などをまとめた冊子を作製し、同じ年の12月から市内の保育園などで開く出前講座と、出生届の窓口での冊子の配布を始めました。その翌年の2016年にアプリをリリース、2017年には地域の子育て支援情報などもまとめた特設サイト「教えて!ドクター こどもの病気とおうちケア」を開設しました。

──「教えて!ドクター」のプロジェクトチームには、どのような方がいらっしゃいますか?

坂本:私のほかに、イラストデザイナー、ウェブデザイナー、アプリ開発者、障がい児・者支援NPO法人代表らで構成されています。責任者は私ですが、チームみんなでアイデアを出し合いながら製作しています。みんな子育てなどもあり、まとまった時間を取るのが難しいので、メンバーが全員揃って顔を合わせたのは、これまでで3回だけです。それでも、SNSやアプリをうまく活用して各自のタイミングで連絡を取り合えているので、十分でした。メンバーは、佐久市在住、もしくは佐久市出身の方たちです。また、佐久市の子育て支援課、佐久医療センターにもプロジェクトを側方支援していただいています。

──坂本先生がこのチームの責任者になったのは、どういった経緯ですか?

坂本:佐久医療センターの小児科内でプロジェクトの話があったときに、自分で手を挙げました。以前の職場でも、保護者のみなさんにホームケアの知識を高めてもらおうと出前講座の活動をしていたのです。

私は以前、福島県で働いていたことがありました。山あいの豪雪地帯です。ある大雪の日、深夜に親御さんが病院へ子どもを連れてきました。熱は38度5分。親御さんは子どもの熱が上がって不安だったんでしょうね。でもお子さん自身はいたって元気で、発熱以外には目立った症状もない。これだと発熱よりも、暗い雪道で車を走らせて事故にあうリスクのほうが高かったかもしれません。保護者に正しい医療知識があれば、こういうことも起きないだろうなと思ったのです。それをきっかけに、出前講座を始めることにしました。

──保護者の方とお子さんの安全まで考えてくださる先生のお話を聞けば、落ち着いていられるのですが……すぐに診てもらわなきゃ、と慌ててしまう気持ちのほうがよくわかります。福島での経験を佐久市でも活かそうとされたのは、同じようなことがどこでもあるからなんですね。

坂本:核家族化が進んでいて、身近に頼れる年長者がいない家庭が多い。となると保護者は、何か困ったり迷ったりしたとき、インターネットを頼ることが増えてきています。ネット上にはさまざまな情報があふれていて、何が正しいかがわかりにくい。そのため不安になって、必要がない場合でも病院に来てしまいます。現在、都会の救急外来では、緊急性のない患者さんが多いために、重症患者の治療が遅れてしまう問題が起こっています。保護者のみなさんが困るのは、「この程度なら来なくていい」と言われたり、逆に「なんでここまで放っておいたの?」と言われたりして、判断に迷うことなので、正しい医療情報を知ってもらうことでそういった課題を解決しようと考えました。

■『北風と太陽』の太陽のような啓発活動を

──「教えて!ドクター」の冊子、アプリ、サイトの製作で心がけていることを教えてください。

坂本:徹底していることは、根拠のない医療情報は載せないということです。そのうえで、「やさしく伝える」ということに気をつけています。「やさしく」には2つの意味があります。理解のしやすさという意味での「易しさ」と、人を傷つけないようにする「優しさ」。理解のしやすさで工夫しているのが、イラストです。イラストデザイナーの方が、ご自身で内容を理解してイラスト化してくれているので、とてもわかりやすいものができました。イラストだけでも理解できることが多いので、文字情報も少なくて済んでいます。

人を傷つけない優しさというのは、たとえば上から目線にならないようにすることです。私も気をつけないといけないのですが、医師としては普通に話しているつもりが、患者さんには上から目線に聞こえることが多々あります。みなさん大変な思いをしながら子育てをされているのに、医師から、「あなた間違っているよ」なんて言われたら、落ち込んでしまいますよね。

──たしかに、お医者さんからでなくても、落ち込んでしまいそうです。子どもを育てていると、手探りのことばかりで不安になることも増えそうですよね。  

坂本:医学的根拠に乏しい間違った情報を信じてしまっている人に、「そんなことも知らないの?」「そんな話を信じているの?」と上からものを言う医師も、中にはいます。しかし私たちの目的は、保護者の方の不安を解消してあげることですから、情報の伝え方は気をつけています。『北風と太陽』の童話でいうと、北風ではなく、太陽のような姿勢です。「ここに正しい情報をおいておくからそれを信じなさい」ではなく、ちょっと悩んだときに、「ここのイラストかわいいから見てみようかな」という感じでも構わないので、「教えて!ドクター」のアプリやサイトを正しい医療情報に触れるきっかけにしてもらえればなと思います。

──「教えて!ドクター」のInstagramアカウントに掲載されている標語かるたは、読み手が楽しんでいる間に知識が身についているという、まさに太陽のようなアプローチですね。

坂本:「泣き止まない ママのせいでは ありません」「風邪引いても 抗菌薬は まず不要」「異物誤飲 誤飲したもの 持参して」といったように、ホームケアの知識を標語化して、出前講座などでご紹介しています。子どもは言葉の意味がわからなくても、聞いたまま覚えてくれるので、それを家で口にしてくれたらなと思っています。そうすると、それを聞いた保護者への啓発にもなるからです。子どもをきっかけにして、家族みんなでホームケアの知識を身につけてもらえればと思います。

■「子どもは静かに溺れます」で全国区になった、その先の展開

──いま、「教えて!ドクター」のダウンロード数は約14万にものぼるそうですが、佐久市だけでなく全国にこのアプリが広がっているのはなぜだと思いますか?

SNSで保護者に大きな反響があったという「子どもは静かに溺れます」のイラストコラム(アプリ「教えて!ドクター」より)

坂本:プロジェクトの発足当初、SNSでの展開はFacebookのみで行っていましたが、途中から拡散力のあるTwitterを始めました。2017年9月に、「子どもは静かに溺れます」という啓発イラストを投稿したところ、映画などでバシャバシャ音を立てて溺れるシーンのイメージとのギャップが話題になって「教えて!ドクター」の名前が一気に広まりました。

それまでは主に、佐久市で流行している病気などの地域情報を中心に発信していましたが、それをきっかけに、もっと広い範囲に向けて一般的なお話を発信するようにし始めました。子どものホームケアの話は基本的に全国共通なので、見てくれる人が増えたのだと思います。全国各地から問い合わせも増えました。福岡県北九州市との連携が実現していて、アプリで地域設定をすれば北九州市の相談窓口へのリンクが表示されるようになっています。

──この活動を、さらに佐久市外へ広げていく予定はありますか?

坂本:出前講座のような活動に関しては、それぞれの地域の医療者の仕事であると認識していますので、私たちはこの佐久地域での活動をしっかりと続けて行こうと思っています。一方でアプリやサイトについては、SNSのフォロワーも増えているので今後も盛り上げていきたいと思います。いま、Twitterのフォロワーが3万を超えて、Instagramも1万を超えました。「アプリのおかげで受診するかどうかの目安になった」「ホームケアをして安心して過ごせた」といった声を多くいただいています。

──プロジェクトとして、今後はどのような展開を考えられていますか?

坂本:最近、外国出身の方が増えているので、多言語化を考えています。言葉がわからないことで、病院に行くのをためらわないように。まず、英語と中国語で実現したいと思います。また、2020年3月に行うアプリのバージョンアップでは、防災情報の充実も図ります。私たちは、2016年の熊本地震をきっかけに、災害時の育児情報、とりわけ授乳中の赤ちゃん、アレルギーや発達障がいを持つ子どもを育てている保護者のみなさんに、どういう準備をしておけばいいのか、避難所で子どもとどう過ごすか、といった情報を発信してきました。

しかし実際の災害時に、そういった方々はほかのみなさんに迷惑にならないようにと、避難所ではなく自宅や車中で生活をすることが多いのです。水がなくてもからだをきれいにする方法、寒さをしのぐ方法、災害時に流行しやすい感染症、その感染症対策のために、いかに予防接種が大事であるかという啓発的な内容も追加しました。昨年は長野県でも台風の洪水被害があったので、防災情報はさらに充実させたいと考えています。

(後編につづく)

 

<関連サイト>
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<プロフィール>
坂本昌彦(さかもと・まさひこ)
佐久総合病院佐久医療センター小児科医長。2004年名古屋大学医学部卒業。愛知県や福島県で勤務した後、12年タイ・マヒドン大学で熱帯医学研修。13年ネパールの病院で小児科医として勤務。14年より現職。専門は小児救急、国際保健(渡航医学)。15年より保護者のホームケアの知識を高めてもらうことを目的とした「教えて!ドクター」プロジェクトの責任者を務める。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/香川誠
撮影/村上悦子