アメリカの名門大学卒業後、日本の大手商社を突然辞めて落語家に転身した異色の落語家、立川志の春さん。それまでの華やかなキャリアを捨ててまで、志の春さんが落語の道を選んだのはなぜなのでしょうか。豊かなキャリア、豊かな人生とは……?

■岩瀬の話の「枕」にされる落語家・志の春さん驚愕のキャリア転換

写真右:立川志の春さん(落語家)、左:岩瀬大輔(ライフネット生命保険 社長)

写真右:立川志の春さん(落語家)、左:岩瀬大輔(ライフネット生命保険 社長)

岩瀬:先日お邪魔した志の春さんの高座では大いに笑わせてもらいました。面白い話って、他の人にも聴いてもらいたいたくなりますよね。だから最近は飲み会の前などに、「ちょっと落語を聴いてから飲みに行こうよ」と誘うこともあります。まだ落語の面白さを知らない人には、「え、落語?」といった反応をされますが(笑)。

立川志の春(以下、志の春):ありがとうございます。本当にそんな感じに、気楽に来てもらって構わないですよ。

岩瀬:1回1,500円とか2,000円といった料金ですから、趣味にしてもそんなにお金がかかるものではありませんね。で、落語が面白いのは当然なんですが、僕は志の春さんの生き様にも感銘を受けまして。実は自分が講演をする際に、志の春さんのことを勝手に「枕」(落語で本題に入る前の話のこと)として使わせていただくことがあります(笑)。

志の春:いやいや、嬉しいですよ。どういうふうに使われるんですか?

岩瀬:たとえば母校の高校で、保護者の方向けに講演をする機会がありました。お題はキャリア論。自分の子どもをいい大学に行かせたいという親御さんたちの前で、こんなことを言いました。「私ごとですが、先日落語を見に行きました。立川志の春さん、ご存じですか? イェール大学から三井物産に就職して、今、落語家になっています。弟さんはオックスフォード大学の数学科を出て、劇団四季に入団。みなさん、お子さんが東京大学を出て、落語家になると言ったらどうしますか。豊かなキャリア、豊かな人生って、どんなことだと思いますか?」と。

志の春:なるほど。でも実は私自身、どうして落語家になることを選んだのか、いまだによくわからないんです。25歳で落語に出会うまで落語家になろうと思ったことはありませんでしたし、自分に才能があるかどうかも、それで食っていけるかどうかもわからなかった。ただ「自分がやりたいのはこれだ」という直感があって、「今じゃなきゃ駄目だ」と猛烈に思っていました。

岩瀬:じっくり考えるというより直感だったんですね。リスクなどは考えませんでしたか?

志の春:経済面やキャリア面でのリスクは一切考えていませんでした。「今これをやらなかったら俺は後悔するだろうな」というリスクだけ考えていました。本当にやりたいことというのは、理由なんて必要ないと思うんですよね。好きか嫌いか、面白いか面白くないかだけ。

岩瀬:すごくよくわかります。でも志の春さんはもともと話し上手だったのかなと思って、共通の友人Hに、「志の春さんは昔からあんなに話し上手だったのか」と聞いたんです。すると、学生時代は話し上手というよりも、寡黙なキャラだったとか。

志の春:確かに、教室で面白いことを言う「ひょうきんタイプ」ではありませんでしたね。ただ、ちょっと屈折していて、目立ちたいのは目立ちたいんです。だから応援団長をやったり、文化祭で漫才をやったり、何かと表に出ようとはしていましたね。

岩瀬:漫才をやっていたんですか!?

志の春:1回だけですよ。これがまあ、コンビを組んだ友達とは絶縁するくらいのドンズベリでして。

岩瀬:(笑)。珍しいですね、目立ちたがりだけど寡黙というのは。

志の春:でも落語家の人は、どちらかというとひょうきんタイプは少ないんですよ。普段は気難しくて無口な人が多いし、そういう人が実際に売れています。その職業に必要なことって、その世界の中に入ってみないとわからないことが多いと思います。私はどういう人が落語に向いているのか知りませんでしたし、知ろうともしていませんでした。もしじっくりと自己分析をしていたら、落語家になろうという結論には至らなかったでしょうね。落語家に向いていると思える要素はひとつもありませんでしたから。結局、才能があるかないかを考えるのはあまり意味がなく、やりたいという気持ちに勝る才能はないんじゃないかと思います。

■落語との衝撃の出会い

岩瀬:ご著書にも書かれていることですが、改めて、25歳で初めて落語に出会った時の経緯をお話しいただけますか?

志の春:はい。あれは2001年11月24日のことでした。当時付き合っていた彼女、今のかみさんと一緒に、巣鴨の餃子屋さんに行く途中、3階建てのビルの入り口に「立川志の輔独演会」というのぼりが出ていたんです。僕は落語には全く興味がなかったのですが、かみさんが、「この人有名な人だよ。こんな小さいところでやるような人じゃないよ」というので、当日券があるか聞いてみたら、偶然残っていたんです。1枚3,200円。会場は80人くらいの小さなスタジオでした。師匠は当時すでにその10倍のハコでも完売続きだったので、小さな会場でチケットが余っていたこと自体が奇跡だったのですが、当時の私はそんなこともつゆ知らず、早く餃子を食べたいな、と思いながら始まるのを待っていました。

岩瀬:ある意味、奥様が落語の世界に導いたわけですね。20代の女性が落語のことを知っているということ自体も珍しいと思いますが。

志の春:さっき落語家になることは直感で決めたといいましたが、実は直感でも何でもない、ただの偶然から始まったというわけです。しかも自分の意思というより、彼女に連れられて。かみさんは神戸出身なので、関西の落語を聴いていて、それなりの基本知識はあったみたいですね。

岩瀬:それで、どのあたりから「ビビビ!」と来たんでしょうか?

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