立川志の春さん(落語家)

立川志の春さん(落語家)

大手総合商社・三井物産から落語家に転身した立川志の春さん。エリート社員から、無給の見習いとして家賃2万7千円の暮らしを続けて1年3か月。ようやく前座となった志の春さんの下積み生活が続きます。
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■前座になって、初めてのお給料

岩瀬:初めてのお給料はいつ入るんですか?

立川志の春(以下、志の春):名前をもらえると、師匠の前座としてお客さんの前に出ることができます。それで1回5,000円くらいもらえますが、最初は月に2回くらいしか出られないので月収1万円です。それでも回数が増えてきたり、立川流の他の師匠や先輩方から前座を頼まれたりするようになると、月7万円くらいにはなります。そこまでいくと、貯金を切り崩さなくても何とか生活はできましたね。

岩瀬:前座時代はどのくらい忙しかったのですか?

志の春:朝、師匠を迎えに行くんですが、「明日何時に来い」という事前連絡はなくて、電話で呼び出されてから動くんです。自宅から駐車場に行って車を取ってきて、師匠の家まで迎えに行く。電話があってから15分でその準備ができていないといけないんです。

岩瀬:それは毎日が緊張の連続ですね(笑)。

志の春:呼び出されるのは朝6時かもしれないし10時かもしれないけど、早いほうに合わせておかないといけないので、結局6時から動かざるを得ません。ただ師匠の電話を待っているだけではなくて、事務所に行ってその日師匠が着る着物を準備したり、アイロンをかけたりということがあるので、自分の時間はありませんでした。

岩瀬:それだと彼女に会う時間もなく?

志の春:当時は年に4~5回しか会っていませんでしたね。

岩瀬:それで結婚まで続いたというのは、純愛を貫かれましたね。

志の春:いやいや、それが、かみさんは「長年つらい時期を付き添った妻」といわれるのが嫌なんです。私のことを好きだと思われるのも屈辱的だといっていて、「あんたは拾ってきた犬で、情がわいたというだけ」というんです。二つ目に昇進してから結婚しましたが、落語に関して「辞めたら?」などといわれたことはないですね。

岩瀬:そこが奥様のすごいところだと思います。前座から二つ目の昇進までは、何年かかりましたか?

志の春:前座はまる7年。見習い時代も含めて8年3か月、師匠の付き人をしていたということになります。

岩瀬:二つ目に上がるには、どんな条件があるんですか?

志の春:立川流の場合は、落語50席のほか、日本舞踊、長唄、小唄、端唄など、芸事をいろいろと覚えなくてはなりません。師匠志の輔による試験はクリアした上で、当時は最後に、談志師匠の試験がありました。師匠から「明日行くぞ」と。初めて舞台に上げてもらった時も、日常においてもそうですが、いつも急です。準備をさせてくれるわけではありませんでした。

岩瀬:談志師匠にお会いする時は緊張しました?

志の春:私だけでなく、師匠も緊張していました。2人で談志師匠のマンションに行って、「こいつを二つ目にしようと私は思いますが、よろしいでしょうか」と。すると談志師匠「わかりました。志の輔、お前がいいというなら、いいです」。本来ならあるはずの談志師匠による最終試験というのはなくて、「ありがとうございます」と言って帰ってきました。

岩瀬:見習い、前座時代が長かっただけに、嬉しかったでしょうね。

志の春:名前が付いた時と、二つ目に昇進した時は飛び上がるほど嬉しかったですね。

岩瀬:落語家として、この日がようやくスタートだ、という感じですか?

志の春:そうですね。2011年の1月から正式に二つ目となり、お付きの仕事からは解放されました。自分で落語のイベントを開くことも可能になりました。ただ、二つ目貧乏という言葉もあって、前座の間は周りが面倒を見てくれるけど、今度は自分が主体的に動かないと、仕事が一切なくなってしまうんです。

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