■飲み会を全部断る落語尽くしの商社マン

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志の春:前座さんの高座が終わって師匠が出てきてからです。枕の一言目から、「何だこれは!」という衝撃がありました。私はそれまでも、コメディや演劇を観に行っていたので、ライブの面白さは知っているつもりでした。でもそれまで観てきたものとは全く違いました。床に座っているみんなが腹を抱えて、足をバタバタさせながら、ぐわーっと笑っている。私もこれまでの人生で初めてというくらいに笑っていました。枕からそんな感じだったので、いつ落語に入ったかわからないくらいでした。

岩瀬:そんなに笑っていて、隣で一緒に聴いている奥様は逆に引いていませんでした? 「え、どうしたのあんた」みたいに。

志の春:いえ、僕と一緒に声を出して笑っていました。呼吸困難になりそうなくらいでした。80人くらいの熱がブワーっと一気に上がっていくんですよね。どっかーん、どっかーん、という感じで笑いが起こって、会場が揺れているような感じで。

岩瀬:その独演会は時間としてはどのくらいのイベントでしたか?

志の春:2時間くらいですかね。師匠が新作落語を披露した後に休憩が入って、その後に「井戸の茶碗」という古典落語の大ネタをやったんです。これがまた衝撃的でした。師匠の落語に耳を傾けているうちに、立川志の輔という落語家が目の前からフッと消えてしまったんです。高座で喋っているのは紛れもなく師匠なんですが、聴いているうちに意識が落語の世界に入ってしまって、僕の頭の中に情景が浮かんできた。そしてその中で登場人物が動き出したんです。落語をちゃんと聴くのは初めてなのに、何の前知識もないのに、「何なんだこれは」という感覚がありました。

岩瀬:そこから一気に落語にのめり込んでいくわけですね。

志の春:そうです。都内の落語のスケジュールを全部チェックして、ほぼ毎日どこかの会場で落語を聴いていました。

岩瀬:当時は商社マン。夜は連日接待の飲み会というイメージですが。

志の春:そうですね。私のいた鉄鉱石部は特に体育会系の色が濃いところですが、私自身はそうでもなく。最初は飲み会にも出ていましたが、落語に出会ってからは「私、用がありますので」と言って断っていました。若手は参加が必須といわれるゴルフコンペも断っていて、商社マンとしては最低だったと思います。

岩瀬:完全に落語優先だったんですね。上司から注意されませんでした?

志の春:不思議なことに、何も言われませんでした。上司はその時ちょうど、大きな商談をまとめようとしていた頃だったので、入社3年目の私に構っている暇もなかったのでしょう。

■落語家への第1関門は親の説得

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岩瀬:それだけ落語に染まっても、転身するまでにはさまざまな葛藤もあったと思います。

志の春::志の輔師匠の落語を聴いて、すぐに落語家になりたいという衝動はあったのですが、まずは半年くらい、落語をとことん聴きに行こうと思いました。半年後、自分の気持ちが変わっていなければ、これは絶対落語家になるべきだ、ならなきゃいけない。時間が経つほどその熱は高まるばかりで、志の輔師匠に自分は付いていくんだと決めました。葛藤というものはありませんでしたが、問題は親の説得でした。立川流は、「落語家なら親くらい説得してみろ」という考え方で、親の説得が入門条件でもあるのです。

岩瀬:どういう反応でしたか。劇団四季に入団された弟さんに続いて、長男まで芸能の道を歩むとなると、簡単に「よし、わかった」とはなりませんよね。

志の春:その通りなんです。親としては私が頼みの綱だったんですよ。それが「俺は落語家になる」と言った途端、弟の評価がバーンと跳ね上がりました。「劇団四季、すばらしいじゃないか!」と。

岩瀬:(笑)。やっぱり反対されたわけですね。

志の春:親父は何も言いませんでした。猛反対したのはおふくろです。全力で止めに来ました。「あんたなんか向いていない。才能がない。サービス精神が1ミリもない、面白くない」と。

岩瀬:散々ですね(笑)。

志の春:人格から何から全否定です。私が「やってみないことにはわからない」と言っても、「やらなくてもわかる。私には確信がある。私が産んだんだから」と。それでもしつこく言っているうちに、親父が「しょうがないんじゃないか」と言ってくれて、3か月くらいしてようやく納得してもえました。

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<プロフィール>
立川志の春(たてかわ・しのはる)
落語家。立川志の輔の3番弟子。1976年、大阪府豊中市生まれ、千葉県柏市で育つ。幼少時と学生時代の合計7年間を米国で過ごし、イェール大学卒業後、三井物産にて3年半勤務。2001年11月、偶然通りがかって初めて観た落語に衝撃を受け、2002年10月志の輔門下に入門。2011年1月二つ目昇進。2013年12月、谷中・よみせ通り商店街にて林家たけ平、三遊亭萬橘とともに谷中はなし処をオープン。毎月25日~28日の4日間3人で落語会を定期開催するほか、公演多数。古典落語、新作落語、英語落語を演じる。著書に『誰でも笑える英語落語』(新潮社)、『あなたのプレゼンに「まくら」はあるか?落語に学ぶ仕事のヒント』(星海社新書)、『自分を壊す勇気』(クロスメディアパブリッシング)。
●http://shinoharu.com/

<クレジット>
取材・文/香川誠
撮影/村上悦子