ストレスがたまる、ストレスでしんどい、ストレスで胃が痛い。一般に、ストレスという言葉は悪い文脈で使用されます。できるだけ軽減し、解消しなければならない対象とみなされている「ストレス」。そのイメージを一新し、健康に害を及ぼすのはストレスそのものではなく、ストレスについての考え方であると教えてくれるのが、スタンフォード大学の健康心理学者であるケリー・マクゴニガル博士の著書『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』です。

考え方を変えるだけで人はもっと健康で幸福になれると、科学的な検証をもとにストレス
を力に変える具体的な方法を披露しているのが本書の魅力です。さてその方法とは……!?

■「ストレスは健康に悪い」と考えると死亡のリスクが高まる!?

「ストレスは健康に悪い」。現代人のほとんどはそう思い込んでいます。それは、長くストレス緩和の方法を研究してきた著者のマクゴニガル博士も例外ではありませんでした。しかし、1998年にアメリカで3万人の成人を対象に行われた調査で得られた結果は博士を驚かせ、ストレスマネジメントに対する考え方を変えていきます。

「1年間でどれぐらいのストレスを感じたか」「ストレスは健康に悪いと思うか」という28の質問に答えた参加者の8年後を追跡調査したところ、次のような結果が得られました。博士は言います。

「調査の結果、強度のストレスがある場合には、死亡リスクが43%も高まっていたことがわかりました」

「ただし、死亡リスクが高まったのは、強度のストレスを受けていた参加者の中でも『ストレスは健康に悪い』と考えていた人たちだけだったのです」

「ストレスは健康に悪い」と考えると死亡のリスクが高まる。言い換えるなら「ストレスは必ずしも健康には悪い影響を与えない」とみなせば、死亡リスクを抑えられるということ。ここから博士は徐々にストレスに対する自らの考えを見直し、過去30年間の科学的研究や調査の内容を調べ、先入観を持たずにデータを吟味し、ついには次のような結論に至ります。

「ストレスに対処するための最善の方法は、ストレスを減らそう、避けようとするよりも、ストレスについての考え方を改めて、ストレスを受け入れることです」

■有意義な人生にある程度のストレスは付きもの

しかし、ストレスを悪いもの、解消すべき対象としてとらえてきた人たち──すなわちほとんどの読者──の考え方を変えることは容易ではありません。

そこでマクゴニガル博士は、多くの科学者たちの知見に基づく科学的な根拠をベースに、誰もが気軽に始められる方法を提唱します。本書の優れた点は、単なるマインドセットにとどまらず、ストレスを前向きに受け入れ、ストレスによって生じるエネルギーをうまく利用できるようになるための具体的なエクササイズを紹介している点でしょう。あまたの自己啓発書とは異なり、実践的な「使える」ガイドブックなのです。

例えば、マクゴニガル博士はストレスの定義についてこう語ります。

「ストレスとは、自分にとって大切なものが脅かされたときに生じるものである」

「どうでもいいことに関しては、ストレスは感じませんし、有意義な人生を送りたいと思ったら、ある程度のストレスは付きものです」

人生を有意義なものにしたい、価値あるものにしたい、豊かにしたいと考えるからこそストレスが生まれる。だったら、ストレスの良い面を見つめよう。それが博士のアドバイスです。そしてこうも言います。

「ストレスのよい面を見つめるのは、ストレスを全面的に肯定したり、否定したりすることではありません。大変なときでも、あえてストレスのよい面に目を向ければ、人生の困難な問題に立ち向かっていけるということなのです」

「『ストレスは場合によっては害になる』という認識を捨てる必要はない、ということです」

ストレスは全面的に悪いわけでも良いわけでもない。良い面を見つめれば、バランスの取れた考え方ができるようになり、ストレスに対する恐怖が減る。そして、ストレスにうまく対処できるようになり、ひいては人生としっかり向き合うことができる。博士の現実的なアプローチは読者のストレスに対する思い込みを優しく解きほぐしていきます。

■ストレスや不安は、興奮、エネルギー、やる気の裏返し

本書は実践的なガイドブックを標榜しているだけに、たくさんのユニークな実験結果やデータ、楽しいエクサイズが登場します。

一例を上げると……

  • 大変な仕事でも「その仕事が健康的な運動につながる」と思うことで、体重と体脂肪が減少し、血圧が下がったホテルの客室係
  • 「ストレスが健康に良い」というビデオを見た参加者は、「ストレスは心身を消耗させる」というビデオを見た参加者に比べて、ストレスに負けずにがんばれることを示すホルモンの成長指数が高くなった実験
  • 年齢を重ねることをポジティブにとらえていた人たちは心臓発作のリスクが80%も低いことがわかった大規模疫学研究

ストレスに対する考え方がポジティブに変わることで、こんなにも人間の心身が左右される事実には驚くばかりです。 自分はストレスをポジティブにとらえられそうもない。性格的に難しい。そう思うであろう読者に向けても、博士はちゃんとした答えを用意しています。

「ストレスについてのあなた自身の考え方を変えるには、まず、いま現在のあなたのストレスについての考え方が、日常生活にどのようなかたちで表れているかに気づくことです」

ストレスを感じるたびに思うことや口癖、それによって気分がどう変わるのか。生活にどう影響しているのか。「ストレスマインドセット」を自覚し、最近のストレスを思い出して、どんな反応が表れたかを考えてみようと博士はアドバイスします。 心臓がドキドキし、汗をかいたりするのであれば、それは注意力が高まり、やる気が高まり、困難にうまく対処しようとする表れ。友人や家族のそばにいたくなるのであれば、それは社会的なつながりを求め、人とのつながりを強めようとしている証。起こったできごとを分析したり、再現したり、誰かに話したくなるのであれば、それは脳が学び、成長するのを助けている反応であると分析するのです。

 「ストレス反応は、わたしたちが人間らしくふるまい、人とつながり、周囲や世の中と関わっていくための助けにもなるのです。それを理解したとき、ストレス反応は恐ろしいものではなくなります」

ストレスや不安は、興奮、エネルギー、やる気の裏返しであり、体が行動を興す準備をしている印なのだから、「体が助けてくれる」と考えて、自分がやるべきことに集中する等、勇気が出るエクササイズがいくつも紹介されています。 さらに、博士は1年のはじめにどのように成長したいかを考えると同時に、「ストレス目標」を掲げてみては提案します。

「なにかを新しく始めるときや、変わり目や節目のときは『これからどんなことに挑戦しようか』と考えるには絶好の機会です」

「いまだっていいのです。自分に問いかけてください」

「わたしはストレスによってどんなふうに成長したいだろう?」

ストレスとは私たちにとって「成長痛」のようなものなのかもしれません。読み終わったとき、ストレスを力に変えて成長のバネにしようと前向きに思える1冊です。

『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』ケリー・マクゴニガル(著)、神崎朗子(訳)、大和書房

<クレジット>
文/三田村蕗子