■従業員の死や末期患者で儲けることは許されるか

20世紀に入ると、アメリカでは「被保険利益」の考え方が拡大解釈され始めます。兄弟や婚約者間、連帯保証人間、債権・債務者間で保険をかけあうことが認められるようになってきます。
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「アメリカでの拡大解釈はさらに進んで、現在では大半の州で企業が従業員に生命保険を掛けることを認めています。従業員が死亡すると企業が保険金を手にするのです。しかも多くの場合、企業から遺族には何も支払われません。企業の説明では、『従業員の採用や教育には費用をかけており、その人が死ぬことで費用をかけた貴重な働き手を失う。それが被保険利益だ』となるのです。

実は日本でもバブル景気のころ、大企業の従業員に企業が保険をかける動きが広まったことがあります。米国のケースとは違う動きでしたが、社会的に批判を浴び、不適切だとみなされて大蔵省が規制して収束させたことがあります」

アメリカではもう一つ、注目すべき被保険利益の拡大解釈が進みます。いったん成立した契約には被保険利益の存在が問われないとの考えを根拠に生命保険契約の売買が認められることになるのです。

「1980年代にエイズ(後天性免疫不全症候群)患者の生命保険を買い取るビジネスがスタートしました。解約返戻金より高い金額で買い取れば、患者は治療や余生を豊かに暮らすために使えます。次第に心臓病や癌など他の重症患者、さらに健全な高齢者、極めつけは生命保険に入っていない高齢者にまで広がりました。『生命保険に入りませんか。入ってくれたら後で買い取りますよ』というわけです。これは『ライフ・セトルメント』という大ビジネスに発展しました」

日本ではこのビジネスは認められていません。ただ、生命保険契約をパッケージ化して証券化した「死亡債(Death Bond)」という金融商品は日本でも広がっています。

「死亡債は他の金融商品と違い、金融情勢によって値動きが上下しません。リーマン・ショックの後、大半の金融商品が値下がりする中で、死亡債は当初予定していた利回りを提供し続けました。その金融動向との相関性のない利点に機関投資家や富裕層が注目したのです。

そのような生命保険を巡る動きをどう考えるのか。日本では残念なことに議論はあまり活発ではありません。欧米諸国では、『関係当事者にメリットがあり、スポイルされる者がいないのならば合理的に考えるべきだ』と前向きに考える人が多いようです。一方で、反対する人もいます。やはりそこには一定の歯止めが必要かもしれないとの慎重意見があるのです」

橋爪さんの話の後半では、日本とは大きく異なるアメリカの生命保険事情をうかがいます。次回をお楽しみに。

<プロフィール>
橋爪健人(はしづめ・たけと)
東北大学卒、米国デューク大学修士。日本生命保険に入社後、ホールセール企画部門、米国留学、法人営業部門を経て米国日本生命副社長。その後、損保会社、保険ブローカー会社代表取締役等を経て2004年独立。企業向け保険ビジネスのコンサルタントとして活動。株式会社ターアイ・ジャパン代表取締役、元三井住友海上メットライフ生命非常勤監査役。著書に『日本人が保険で大損する仕組み』(日本経済新聞出版社)。

<クレジット>
文/谷道健太
写真/ライフネットジャーナル オンライン編集部