New York City panorama
前回は保険ビジネスコンサルタントの橋爪健人さんから、18世紀のイギリスで生命保険が誕生した経緯と、アメリカで新手の保険ビジネスが花開いたきっかけについて話をうかがいました。アメリカの保険会社は新たなニーズに対応する新商品、新サービスの開発にしのぎを削っています。ライフネット生命の社内勉強会で、そんな「未来の保険ビジネス」のヒントになりそうなアメリカの実例をうかがいました。

■たった3人だけの保険会社

「ニューヨークの世界貿易センタービルで社員3人だけの保険会社を訪れたことがあります。2001年9月11日のテロより何年か前の話です。この会社をモデルに保険会社とは何か、その本質を考えてみたいと思います。

その会社は、当時、世界最大の再保険ブローカー『ガイ・カーペンター』のオフィスの一角にありました。3人の社員はいずれも中国系アメリカ人。Aさんはアンダーライティング(引受業務)、Bさんは営業、Cさんは保険事務をそれぞれ担当していました。

もともと保険代理店でしたが、成長して保険会社の免許を取った経緯があります。日本では代理店は既成の保険商品を販売するだけですが、アメリカには保険引受業務から保険金の査定、支払いまで手掛けるMGA(managing general agent)という業態があります。3人の会社も保険会社になる前はMGAでした。

MGAは保険代理店でありながら、保険会社の持つ機能のほとんどを持っています。ただ、保険会社ではありませんから保険リスクだけは引受けません。再保険手配まで手掛けてリスク引受に間接的に関与しています。その業務フローはこんな感じです。

ある日、中国からやってきた移民のDさんがお店にやってきました。Aさんが保険会社に取り次ぐと、『ミスターDは米国に住み始めたばかりなのでどのような見えない危険性を抱えている人か、リスクの実態が読めない』と断られてしまいます。そこでAさんは、再保険会社に対し、Dさんに関する全情報を提示して交渉しました。結局、再保険会社2社が分担してリスクを引き受けてくれるとの内諾を得ました。Aさんは再度、保険会社に相談し、『すでに再保険を手配してあるのでDさんの保険引き受けを前向きに再検討してほしい』と頼むのです」

3人の会社の強みは、チャイナタウンに住む中国系移民のリスクを誰よりも、どこの保険会社よりもよく知っている点でしょう。アメリカの保険会社にとっては、アメリカでの信用履歴がない移民を査定するのは難しい。しかし、自身も中国系移民のAさんには、見込み客の保険リスクを目利きする自信がありました。そのためアメリカの保険会社には取れないリスクを再保険を使って引き受けられるようにすることができたのです。

「次はCさんの話です。3人の会社は保険事務を複数の会社にアウトソーシング(外部委託)していました。実は委託先をうまく管理するのは非常に難しい。気を付けないと委託先のほうが業務を熟知し力をつけ、いつの間にか委託元と委託先の力関係が歪み始め、委託元の要望に沿って業務の変化に対応してくれないといったことが起きます。別の委託会社に切り替えることや自社に業務を取り込むなどして、上手に円滑にアウトソーシングをマネジメントできるノウハウ持つ人は、アメリカの労働市場では高く評価されます。

保険会社の優劣を究極的に決めるのは2つです。まずは引受能力。リスクが分かっているどうかです。もう一つは経費率をどこまで下げられるかです。業務の委託先をうまく管理して経費率を下げることもひとつの方策です。この2つが強ければ保険会社として勝ち残ることができるでしょう。3人の保険会社は2つとも押さえていました。だからこそニューヨークのチャイナタウンでは他の保険会社がかなわない、非常に強力な保険会社になったのです」

(次ページ)アメリカの保険会社は「現物給付」で競っている