15051201_4では、スターバックスは「顧客中心主義」の企業に舵を切ったのでしょうか? それが、現在に至る成功の秘密だったのでしょうか?

■伝統と信頼があるからこそ、新しいことに挑戦できる

そうした疑問について、シュルツは次のように答えています。

顧客は、どんなやり方であれ、自分の好みに応じてコーヒーを楽しむ権利を持っている。ミルクと砂糖は常時、調味料用のカウンターに置いてあるし、希望すればバリスタがいろいろな味のシロップを混ぜてくれる。

しかし、われわれは最も大切にしているものの完全性を損ない、めちゃくちゃにしてしまうような事には絶対に手を出さない。最も大切なものとは、深煎りの豆を使った、入れたての香り豊かなコーヒーである。それは、われわれの試金石であり、基盤であり、伝統なのである。スターバックスに行けばそういうコーヒーが飲める、と顧客に信頼されていることが必要なのだ。

つまりシュルツは、最高のコーヒーという「理念の象徴」があるからこそ、ノンファットやシロップありのコーヒーという、商品ラインナップの拡充にも手を伸ばすことができたのだと考えているのです。

「企業の理念」と「顧客の声」は相反する要素ではなく、「企業の理念を大切にしなかれば、そもそも顧客の声に“正しく”応えることはできない」というわけです。

こうした問題は、その後も何度も起こりました。大ヒット商品「フラペチーノ」の開発に際しても、ペプシと共同開発した微炭酸入り缶コーヒーについても、社内で激しい議論が起こったのです。

そのたびにシュルツは、「最高のコーヒーの提供」という理念に立ち返って、導入の是非を判断してきました。何度もテストを行い、プロのバリスタたちがおいしいと感じなければ安易に導入しない。そして、理念の象徴である「最高のコーヒー」は絶対に守り続けること。

それこそが、スターバックス成功の秘訣でした。

■失敗したときこそ、本分に立ち返ることが再生の鍵

90年代後半にコーヒー豆の価格が急騰した際には、高級なコーヒー豆に安価な豆を混ぜる(しかも、ほとんどの顧客には違いがわからない量で)という安易な解決策をとらず、顧客離れも覚悟した値上げを断行しています。シュルツは言います。

主要製品の仕入原価を削減し利益を増やしても、顧客の90%は違いに気づきもしない。なぜこの方法を実行しないのか?

われわれには違いがわかるのだ。スターバックスの関係者は、素晴らしいコーヒーの味を知っている。本物のコーヒーこそがスターバックスの売り物なのである。それがスターバックスをスターバックスたらしめているのだ。本分を果たさずに利益を上げても、いったいそれで何を成し遂げたことになるのだろうか。やがてすべての顧客に、品質を犠牲にしたことが知れわたり、顧客はわざわざスターバックスに足を運ぶ理由はないと考えるだろう。(強調原文ママ)

しかし、シュルツが退任したあとのスターバックスは、世界的な拡大戦略に邁進してしまい、品質を犠牲にするようになります。そしてとうとう、ファストフード店のコーヒーにすら、顧客満足度で敗れてしまったのです。

そこで08年にCEOに復帰したシュルツがまず行ったことは、数百万ドルをかけたバリスタの再教育でした。「最高のコーヒーの提供」という企業理念に、すべての従業員を立ち返らせることに注力したのです。

それから先の大復活の過程については、続編の『再生物語』をぜひ読んでみてください。シュルツ自身の語りによる『成功物語』と『再生物語』の2冊は、起業家や経営者だけでなく、日々の仕事に悩めるビジネスパーソンにとっても、さまざまなヒントが含まれた良書です。

<クレジット>
文・小山田裕哉