写真左:河野真衣さん(株式会社シュアール 手話通訳士)、右:中西茉奈美さん(同 コーポレート事業部)

PCやスマホのテレビ電話機能を利用し、遠隔地から手話通訳者を呼び出して、手話通訳を行うサービス「モバイルサイン」を提供する株式会社シュアール。従来の派遣型手話通訳とは異なり、いつでも、どこでも、短時間でも気軽に活用できるのが最大の魅力です。役所や病院、店舗のほか、企業でもろう者(聴覚障がい者)とのコミュニケーションを深めるために幅広く導入されています。

「手話」と「IT」を掛け合わせた手話ビジネスを展開するシュアールは、どのような経緯で設立されたのでしょうか。同社コーポレート事業部の中西茉奈美さんと手話通訳士の河野真衣さんにお話を聞きました。

■「耳が聞こえなくて119番ができなかった」──ろう者の話から起業した

──お二人が、株式会社シュアールに入られたきっかけと現在の仕事内容について教えていただけますか。


中西:シュアールの立ち上げ時に遠隔手話通訳というサービスを皆さんに知ってもらうという実証実験が行われたのですが、当時学生インターンとして関わっていました。そのご縁で今年8月末に入社し、業務改善や人事労務、営業、広報など会社を回すための業務をやっております。

河野:私は、株式会社シュアールとNPO法人シュアールの両方に携わっています。株式会社では、手話通訳士の資格を生かして遠隔手話通訳事業部で手話通訳の提供をしております。

現在はNPO法人の業務割合も大きく、ここでは通訳とは別の役割として、ろう者の皆様が豊かに暮らすための可能性、例えばどのような娯楽や趣味があったら楽しんでいただけるかといったことをメンバーたちと一緒に考えながら活動をしております。

シュアールに入社する前は、「ろう学校」という耳の聞こえない子どもたちが通う学校で、言語聴覚士として補聴器の調整や聴力検査をしておりました。その時に、たまたまテレビ番組でシュアールが特集されているのを見て、「この会社だったら、全国のろう者の皆さんに手話のサービスを届けられるかもしれない」と思ったのが入社のきっかけとなりました。

実は、私の両親も耳が聞こえません。そういう家庭で育ってきましたので、私の身近にはいつも手話がありました。この世界に入ったのは、手話をもっと世の中に広めたいと思ったからです。

──シュアールは、どのような経緯で立ち上がったのでしょうか。

中西:当社代表の大木洵人の経験が原点になっています。大木がボランティア団体を立ち上げ、手話の旅行番組を自主制作していた時のこと。全国各地で取材をする途中で、一人のろうの女性と出会い、「先日、子どもの具合が悪くなって救急車を呼ぼうとしたのですが、私は耳が聞こえないので119番に電話ができなかったのです。すごく困りました」という話を聞いたそうです。

結局、近所の方にお願いして事なきを得たそうですが、救命救急のような命に関わるサービスが、ろう者には簡単に使えないということについて大木は大変な衝撃を受け、起業に至ったということです。

──先ほど河野さんのお話にもありましたが、シュアールは株式会社とNPO法人があるそうですね。両者の違いは何でしょうか。

中西:一番大きな違いは、社会に働きかけるのが株式会社シュアール、ろう者個人に働きかけるのがNPO法人シュアールです。株式会社は、主に遠隔手話通訳サービスを提供しております。大木が起業したきっかけのエピソードにも繋がりますが、遠隔手話通訳は生活する上で最低限必要なインフラだと私たちは考えています。それを社会に根付かせていくことが最大の目的です。

一方、NPO法人は、ろう者のみなさまが豊かに暮らすために、教育や教養、趣味の場において手話に関するサービスを個人に向けて提供する活動をしています。

■モバイルサインが使われる3つのシーン

モバイルサインを利用した企業での会議の様子(写真提供:シュアール)

──モバイルサイン(遠隔手話通訳)は、実際にどういった場面で使われることが多いのでしょうか。

中西:モバイルサインは、大きく分けて3つのタイプがあります。ひとつは、「対面型」。駅や役所、商業施設などにタブレット端末を設置していただき、手話通訳者がインターネットを介して手話通訳を提供することで、ろう者と聴者のコミュニケーションを円滑にします。営業時間内であれば、いつでも、どこでも、短時間であっても利用できます。

2つ目は、「社内コミュニケーション型」。打ち合わせや会議で、インターネットを使った遠隔通訳をします。特に面談などの重要な場面で使われる企業が多いです。

3つ目は、「コールセンター型」。上の2つと同じ仕組みで、電話での申し込みや問い合わせができないろう者に向けて、企業に代わり、テレビ電話を利用した手話でのお問い合わせ窓口を開設します。

──現在、何人ほどの手話通訳士の方が対応されているのでしょうか。

中西:現在、当社には合計8名の手話通訳士が在籍しています。シフト制でコールセンターに常駐し、平日は朝9時から17時、土日祝日は朝8時半から17時半までサービス対応をしております。 

──長い時間、営業されているのですね。

中西:特長のひとつとして、365日コールセンターを回しているという点が挙げられます。手話通訳は、基本的にいつでも必要とされるものと意識してサービスを提供しております。

──特にニーズの多いサービスは。


中西:やはり、「対面型」と「社内コミュニケーション型」です。「対面型」は、役所での申請手続きや、バスセンターでのチケット購入、流行の靴の相談などあらゆる場面でご利用いただいております。たまたま行った先でも手話で会話ができるというのは、使いやすさにもつながっているのではないでしょうか。「社内コミュニケーション型」は、タスクについて少し確認したい時や会議にもご利用いただくことが多いですね。

「コールセンター型」のご利用が少ないのは、そもそもろう者には「電話をする」という習慣が根付いていないという背景もあると思います。

問い合わせたいことがあっても、「お客さま窓口に問い合わせる」という選択肢を最初から考えていない。遠隔手話通訳というサービスのニーズはコールセンターにもあると思いますが、ろう者自身がそのニーズを認識していないのではないでしょうか。

河野:あと、電話を使いたいと思ってはいるけれど、サービスがあることを知らない方も多いと思います。また、ろう者の多くは、対話をすごく大切にしているので、遠隔手話通訳という新たなサービスが入ってきた時に、本当にこれは使えるのか、自分たちのことを理解しているのかという気持ちも少なからずあるのではないでしょうか。

とはいえ、遠隔手話通訳はまだまだ新しいサービスです。目にしたことのない方はたくさんいらっしゃると思います。ひとりでも多くの方にサービスを使えてよかった、導入してよかったと言っていただけるよう、これからも努力していきたいです。

■参加型オンライン手話辞典「SLinto(スリント)」

──「SLinto」というオンライン手話辞典について、詳しく教えていただけますか。

中西:特長は2つあります。ひとつは、ユーザー登録をしていただければ、誰でも単語の登録ができるという点です。まさに「Wikipedia」の手話版です。将来的に、SLintoから新しい手話が生まれることも想定しています。

──例えば、「スカイツリー」という新語が出てきた時に、手話でも新しい単語ができるわけですね。

河野:そうです。例えばろう者同士の会話の中でも、「スカイツリーってどうやってる?」と確認し合うこともあるんですよ。「自分はこうやってる」「片手でできる方がいいな」とか。それで会話の中で自然と「スカイツリー」の単語が定まっていきます。

SLintoのサイトより。各キーボードに動かす部位が割り当てられていて、その組み合わせから単語を探すこともできる

中西:もうひとつ「SLinto」の特長は、手の形から意味を検索できるということです。動画でも確認することができます。

河野:手話は動きが伴う言語ですので、手話のイラストだけでは、正しく手話ができているか分かりにくい。動画で見ることによって初めて正しい手話の動きが確認できるのです。

また、手話にも方言があります。東京、沖縄、北海道、各地で手話が異なるんですよ。ですから、この辞書は聴者の勉強ツールだけではなく、ろう者にとっても「この地域の手話はこうなんだな」という参考になるのです。

──手話に方言があるのですか!

河野:そうなんです。若い方が使われる手話と、年配の方が使われる手話も異なるところがあるんですよ。最近はなくなってきましたが、男女の違いもあります。女性らしい手話もあるのです。

中西:ひとつの単語について複数の手話が登録されても、世代間の違いや方言の違いかもしれませんし、間違いの可能性もあります。今後は「いいね!」ボタンのようなフィット機能を追加して、投票数が多い表現の方がより使われているというように「見える化」します。当社がフィルタリングをしなくても、登録していただくほど精度が上がっていく仕組みになるというわけです。

──画期的なサービスですね!

(つづく)

<プロフィール>
河野真衣(かわの・まい)
手話通訳士・言語聴覚士。株式会社シュアール 手話通訳事業部に所属。
宮崎県生まれ。ろう者の両親を持つ聴者(コーダ)。小さいころから両親の通訳をするなど、ろう者の文化と聴者の文化で育つ。自分がいなくても両親が手話で過ごせる社会が必要だと思うようになり、ろう者や手話に関する仕事を続けている。2009年、言語聴覚士取得。2013年、手話通訳士取得。現在は、NPO法人シュアールの理事も務め、ろう者の理事と活動している。趣味は、タヒチアンダンス。

中西茉奈美(なかにし・まなみ)
株式会社シュアール コーポレート事業部に所属。
東京都生まれ神奈川県育ち。家族、親戚、友人を含め、ろう者は身近にいなかったが、手話に興味を持っていたことをきっかけにシュアールに関わる。日々、手話通訳事業部の社員やろうの社員の力を借りながら、サービス拡大に向け奮闘中。趣味は、外国語に触れること。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/森脇早絵
撮影/村上悦子