ミヤザキケンスケさん(画家・壁画アーティスト)

アーティストのミヤザキケンスケさんが世界の紛争地帯や社会問題を抱える国に出かけ、学校などの壁にスーパーハッピーな絵を描く<Over The Wall>世界壁画プロジェクト。新たな舞台はエクアドルの首都キトにある女性刑務所の壁です。これまでとは勝手が異なる環境ながら、多くの人のサポートに支えられ、プロジェクトは大反響を呼びました。感嘆と感謝、ポジティブな声に包まれた報告会の模様をご紹介します。

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■2年の準備期間を経てエクアドルへ

<Over The Wall>がスタートしたのは2015年。ケニア、東ティモール、ウクライナと毎年出かける国は違っても共通するのは、見るだけで楽しくなるスーパーハッピーな絵を現地の人々と一緒に描くこと。4か国目となるエクアドルでもそれは同じでした。

Over the Wall 報告会の様子

ただし異なる点が一つ。今回、ミヤザキさんが絵を描いたのはこれまでのような学校の壁ではなく、女性刑務所の壁です。しかも、50人ほどの小さな子どもたちが受刑者である母親と暮らす施設を併設する場所でした。

「2018年は日本とエクアドルの外交関係樹立100周年にあたる年。この女性刑務所で以前ボランティアをしていた日本人女性と知り合ったのがきっかけで、記念事業として何かできないかと話し合い、プロジェクトが立ち上がりました」

2年の準備期間を経て、意気揚々と旅立ったミヤザキさんを始めとするプロジェクトメンバーを待ち受けていたのは、飛行機の遅延やロストバゲージという洗礼でした。しかし、35時間かけてようやくたどりついたエクアドルでミヤザキさんたちは、良い意味で予想を裏切る「驚き」を体験します。

■完璧なサポート体制に支えられたプロジェクト

ミヤザキさんたちはまず、キトで開催される「日本祭り」でバスへのペイントを行いました。

日本祭りで描いた100周年記念バス[写真提供:Over the Wall]

「現地にいる日本人はわずか400人なのに、日本祭りに集まった人の数は約3万人。非常に大規模で驚きました。そこで小学生から中学生までの子どもたち90人と一緒にバスに絵を描いたのですが、描きやすいように丁寧にバスが養生されていたことにもびっくりしましたね。正直、中南米というとおおざっぱというイメージだったのですが、まったく違った。ボランティアスタッフも意識が高く、必要な絵の具を混ぜ、筆を洗ってくる。きめ細やかなサポート体制でした」

エクアドルの象徴のコトパクシ(山)、日本の象徴である富士山、力士、100周年のロゴにも使われている両国の鳥であるコンドルと鶴、さらにはエクアドル人と日本人が手をつないでいる姿の周囲を色鮮やかな花が彩るバスは、まさに「ハッピー」そのもの。完成したときには大きな歓声が上がったそうです。

バスのペイントを成功させた翌日、ミヤザキさんはいよいよ今回のプロジェクトの主舞台である女性刑務所へと向かいます。絵を描くのは、高さ4m、長さ30mもの長い壁。まず下地を塗り、ミヤザキさんが下絵を描いた後、お母さんでもある受刑者の女性たちがあらかじめ選んでいた花にペイントをするという流れです。

この大きな壁全面に絵が描かれる[写真提供:Over the Wall]

「壁の状態も壁の下地の処理も完璧でした。壁画を保護するために小さな屋根も付けてくれていたんですよ。だから、すごく塗りやすかったですね。2日目からはお母さん受刑者たちが参加してくれましたが、自分の子どもの名前と花言葉がリンクしているからこの花を選んだというお母さんもいました」

■花を描き終えたらハグをする

刑務所で暮らすお母さんたちはみな複雑な事情を抱えています。中にはこんな女性もいました。

「子どもが病気になったので、その医療費を稼ぐために麻薬を運ぶ仕事に手を出してしまったという方です。つかまって施設にいる間にお子さんが亡くなったというんですね。彼女はそのお子さんに捧げるために本当に丁寧に丁寧に白い花を描いていた。みな、自分が描く一つの花にそれぞれの思い入れを持って、絵を描いてくれたように思います」

受刑者たちが花を描いている様子[写真提供:Over the Wall]

花を描き終えたら必ずハグをする。ミヤザキさんは欠かさずこれを実行しました。エクアルドではあいさつとして当たり前に行われていることですが、ハグを通してミヤザキさんは子どもを思い、互いに助け合い支え合いながら暮らしている彼女たちと心を通わせることができたことを実感したそうです。

壁画を描くかたわら、ミヤザキさんは参加者の子どもたちに、クレヨンでお母さんの絵を描くワークショップも実施しました。こうした取り組みもプロジェクトの意義をより高めたことは確かでしょう。

「最終日に急きょ、お母さんたちが僕たちの活動についてちゃんと知りたいということで説明する時間が設けられたんですが、一人の女性が歌を歌い始めたのがきっかけとなり、会場全体が涙で包まれたそうです。ただ、僕は壁画を仕上げるのに専念していたので残念ながらその場にはいなかったのですが」

■本当に必要な人に絵を届けること──プロジェクトの意義を再確認

完成直前に大雨に見舞われたものの、みなのサポートを受けてミヤザキさんは完成にこぎつけます。みなで描いた今回の絵は、いままでで一番素晴らしい絵になった──。ミヤザキさんはこう振り返ります。

「最初は葛藤がありました。僕は自分がしっかりと手を入れて絵のクオリティは担保したいという気持ちを強く持っていました。また、これまでのようなパブリックな場所ではなく、閉じられた空間に残す壁画は、人目に触れる機会も限られていて、正直もったいないなという思いもありました」

[写真提供:Over the Wall]

「でも、今回はお母さんたちの『もっと描きたい』という気持ちが強く、限りなくゴールに近いところまで彼女たちに描いてもらったので、僕が描く時間は少なくなったんですね。そのおかげで彼女たちが本当に喜んでくれて、彼女たちのための絵になった。こんな風に一緒に作り上げること、本当に必要な人に絵を届けることこそが<Over the Wall>の目指す道だと、やっていく中で気づいたんです」

壁画のお披露目会でスペイン語であいさつをしたミヤザキさんとOver the Wallのスタッフを、お母さんたちはお礼のダンスでもてなしました。壁画を描いている間に練習を重ねてきた心のこもったダンスです。彼女たちが貴重な時間を割いて作り上げたハンドメイドの美しい刺繍布もプロジェクトメンバーに贈られました。

ひと針ひと針、時間をかけて作られた刺繍の布

みなが壁画を愛してくれている――感慨を胸に女性刑務所を後にしたミヤザキさんたちは、次の目的地であるハラミホという都市に向かい、子どもたちのための絵のワークショップを開催しました。誰ともかぶらない絵を描いた人が勝ちという「オンリーワンゲーム」は大好評。その後、子どもたちは個性あふれる絵を描き、来年のプロジェクトの地であるハイチに届けるフラッグ制作も行われました。

ハラミホで子どもたちに行ったワークショップ[写真提供:Over the Wall]

この後、ハラミホではこの日を「アートの日」に制定し、毎年子どもたちと絵を描くことにしました。いかにワークショップが盛り上がり、子どもたちが夢中で取り組んだかがよくわかります。

プロジェクトの報告を行った後、後半は現地入りしたプロジェクトメンバー3人が参加して、当時の苦労話やプロジェクトにかける思いを語り合うトークショーが開催されました。笑いに包まれる中、ミヤザキさんが発した言葉が印象的です。

「言葉や人種は関係なく、人は人とつながれるのだと強く思いました。今後もいろいろな国に行って、いろいろな体験をしてシェアしたい。この気持ちをわかちあえれば平和な世界に近づくんじゃないかなと思います」

これはプロジェクトに関わるメンバー全員に共通する思いでしょう。願う、行動する、そしてシェアする。このサイクルが世界を温かなものに変えていくに違いない。参加した誰もがそうポジティブに思えた報告会でした。

完成した壁画の前でスタッフの記念撮影[写真提供:Over the Wall]

<プロフィール>
ミヤザキケンスケ
1978年、佐賀県生まれ。筑波大学修士課程修了後、ロンドンに渡り、アート制作を開始。2006年に始めたケニア最大のスラムの学校の壁に子ども達と絵を描くプロジェクトが注目を集め、世界中に壁画を残す「Over the Wall」を主宰するように。2016年の東ティモール、2017年のウクライナに続き、今年8月、エクアドルの女性刑務所などでプロジェクトを実施。

●OVER THE WALL 〜世界壁画プロジェクト〜
●ミヤザキケンスケ公式ウェブサイト

<クレジット>
取材・文/三田村蕗子
報告会撮影/横田達也