森永康平さん(経済アナリスト、ライター、株式会社マネネ代表)

経済アナリスト、ライターなどさまざまな肩書きを持つマネネ代表取締役社長CEO、森永康平さんのミッションはただ一つ。日本における、金融教育の義務教育化を実現すること。しかしそのハードルは極めて高いと言います。森永さんはなぜ、金融教育の義務教育化を目指しているのか。そして大人でも扱いの難しいお金のことを、子どもたちにどのように教えているのか。ライフネット生命のカフェスペースにて開かれた講演会の模様を2回に分けてお届けします。

■日本人が江戸時代から持ち続けてきたお金への悪いイメージ

大学卒業後、何度か転職を経験しながらも金融業界ひと筋という森永康平さんは、3児の父となったことがきっかけで「金融教育に携わる仕事がしたい」と思うようになったのだそうです。2018年6月には、金融教育の義務教育化をミッションに掲げ、株式会社マネネを設立。子ども向け、保護者向けにセミナーを開き、独自の「お金の授業」を実践しています。

しかし金融教育の普及していない日本では、子どもに金融を学ばせることに抵抗を感じる人も多く、「うちの子にお金のことを教えないで」と苦情を言われることもあるのだとか……。

「日本人はずっと、『貧乏な人はすばらしい、お金を持っている人は卑しい』と教えられてきました。1900年代初頭に書かれた本を読んでみても、お金や金融の知識がある人間は『育ちが悪い』とされ、逆に育ちのいい人にはそうした知識がないものだとされてきました。なぜそのような風潮があったのかというと、貧富の差が縮まることで革命が起こりやすくなってしまうため、時の権力者が貧しい人たちに貧しいままでいてもらうようにコントロールしていたのです」

「そこまで昔に遡らなくても、近代でもお金や金融に悪いイメージを持っている人は大勢います。高齢の親が詐欺に遭ったり、金融商品で損をしたりする姿を、子どもや孫の世代が見ているからです。実は私の祖母も、金融会社の営業員から、リスクの高い金融商品を買わされそうになったことがあります。

祖母はひ孫にあたる私の子どもに何かを買ってあげたいけれど、年金だけでは足りない。そこで営業員から高配当の金融商品をすすめられたのですが、私からすればとんでもない商品です。私が止めたので祖母はそれを買わずに済みましたが、金融会社の営業員に言われるままリスクの高い金融商品を買ってしまう高齢者もたくさんいると思います」

■正しい金融知識は「攻撃力と防御力」を高めてくれる

正しい金融知識を身につければ、それが武器にも防具にもなる。森永さんはそう言います。資産運用でお金を増やせばそれは武器に、詐欺被害や無駄遣いを防げばそれは防具になります。どちらも大切ですが、金融教育の入り口としては、身近な事例を示せる防御の話のほうが入りやすいそうです。

「警察庁*1のサイトによると、オレオレ詐欺や未公開株詐欺などの特殊詐欺は、昨年1年間で18,212件、被害総額は394.7億円に上ります。これは警察が把握しているだけの数字なので、泣き寝入りしたものは含まれていません。実際にはもっとたくさんの人が詐欺に引っかかっているということ。みなさんは『自分は大丈夫』と思うかもしれませんが、自分の親、子ども、祖父母はどうでしょうか。

私も先日、大手宅配業者を装った不在通知をショートメールで受信しました。そこには『再配達手続きのURLにアクセスしてください』と書かれている。私は引っかかりませんが、親やおばあちゃんは引っかかってもおかしくないと思います」

■投資をするアメリカ人と貯蓄をする日本人、資産を増やしたのはどっち?

大切な資産が奪われないためにも、金融知識による「防御」はとても重要ですが、人生を豊かにするにはお金を増やすための「攻め」も必要。マネネ作成の資料によると、1990年当時、日本の個人金融資産は全体で982兆円ありました。それを人口で割ると、一人あたり798万円。それに対してアメリカは、全体で1,928兆円、一人あたり771万円。一人あたりで見ると、日本人のほうがアメリカ人よりも裕福だったということが分かります。

しかし2017年時点では、日本人一人あたりの個人金融資産が1,424万円であるのに対し、アメリカ人の個人金融資産は2,777万円。30年近くの間に倍近くの差を生んだのは、アメリカ人にあって日本人にない「攻め」の姿勢でした。

「家計の金融資産構成を日米で比較すると、日本人は資産の50%強を現金または預金として持っています。それに対してアメリカ人は、現金または預金として持っているのは約13%だけ。一番多いのは株式等で、約35%を占めています。日本人は株式等が10%しかない。つまり、安全資産を持っていたか、リスク資産を持っていたかの違いが、これだけ大きな金融資産の差を生んでしまったということになります。

株は価値が下がることもある金融資産ですが、このように長期で見れば増えています。金融教育が義務教育化されているアメリカでは小学校のうちから金融のことを学んでいるので、資産を増やすことを考えられるのです」

■日本人の投資戦略は「貯蓄」で正解だった!?

では日本人は金融リテラシーが低いのかというと、必ずしもそうではないと森永さんは言います。その論拠となるのが、消費者物価指数の推移。日本では90年代後半以降、物価がほとんど上がっていない、いわゆる「デフレ」の状態が続いています。投資のセオリーとして、デフレ時に最良の選択と言われるのが現金を持っておくこと。日本人は貯蓄好きと言われますが、デフレ期においては結果的にそれでよかったというわけです。

「デフレというのは、ものの値段が下がるということなので、投資をしなくても勝手にお金の価値が上がっていきます。たとえば今100万円で買えるものが、翌年は98万円で買え、もう1年待てば96万円で買えることになる。こうなると投資する必要がないので、実は日本人は現金で持っていて正解だったのです。

しかし、いつまでもデフレが続くとは言い切れません。個人的な見解として当面は物価上昇は見込めませんが、いずれ消費者物価指数が2%程度までは上がるだろうと思っています。そのタイミングで勉強を始めても遅いので、今のうちから勉強していく必要があるのです」

■人生100年時代、老後にはいくら必要か

金融教育は、その人の一生を左右するもの。特に、老後を豊かに過ごせるかどうかは、金融知識を生かしてどのような人生設計を立ててきたかが大きな差を生みます。平均寿命が伸び続け、人生100年時代が現実になろうとしている今、老後のためにどれだけお金を準備しておけば良いのでしょうか。

「生涯ずっと元気に働けるなら何歳まで生きても問題ありませんが、60歳以降、健康状態が良好である保証はありません。体力の低下などで働けなくなるかもしれません。つまり、長く生きるのもリスクだということです。65歳まで働き、90歳まで生きると仮定して、どれだけお金が必要なのか計算してみましょう。

公益財団法人の生命保険文化センターの調査*2によると、夫婦2人の老後の「最低日常生活費」は月額で平均22万円、『ゆとりある老後生活費』は34.9万円です。ゆとりある老後生活を25年間送るとすると、1億470万円必要になります。今の年金支給額は平均で19.3万円で、これを25年間もらい続けても5,790万円にしかならないので、5千万円近く足りない計算です。

平均的な退職金が2,500万円と言われていますが、それを足してもまだ2,180万円足りない。それでも退職金がもらえる人はいいほうで、私のように退職金をもらえない会社で働いている人も多いでしょう。子どもを全員大学に行かせて、家のローンを払い終えて、その上で5,000万円近い資産を持っておくというのは、絶望しかないような数字です。

自分が何歳まで生きるとして、いくらお金を持っていればいいのかということはとても大きな問題なのに、その認識を持っている人はまだ多くはありません。『ゆとりある老後を送るためにいくら足りない。ではどうやって生きていけばいいのか』ということを私たちは考えないといけません」

■iDeCo、NISAは「自分でやれよ」というメッセージ

今の現役世代が年金をもらう頃には、年金支給開始年齢が引き上げられ、支給額も減らされるかもしれません。そんな中、ゆとりある老後生活の不足分の2,180万円(退職金がない人は4,680万円)をどう捻出するのか。残された道は、資産運用しかありません。

「個人型確定拠出年金の『iDeCo』(イデコ)や、少額投資非課税制度の『NISA』(ニーサ)は、おそらく国からのメッセージだと思います。『税の優遇制度は作っておいたから、運用しないで貧困になったら自分のせいだからね』という、ある意味、辛らつなメッセージ。国は『やれよ』と言っている。

そこで、30年間で2,000万円を積み立てるための毎月の投資額について計算してみます。預金だけで積み立てていく場合、年利0.01%とすると毎月5万5,473円が必要です。しかし株や投資信託などで年率4%で運用できるとしたら、毎月の投資額は2万9,186円で済みます。預金だけで積み立てるケースとの差額2万6,287円は、そのまま毎月のゆとりになります。こうして見ると、長期的にはやはり投資をしたほうがいいという話になるわけです」

 

*1 警察庁「平成29年の特殊詐欺認知・検挙状況等について(確定値版)」

*2 公益財団法人生命保険文化センター「老後の生活費はいくらくらい必要と考える?」

(後編につづく)

<プロフィール>
森永康平(もりなが・こうへい)
株式会社マネネCEO。証券会社や運用会社にてアナリスト、エコノミストとしてリサーチ業務に従事した後、複数金融機関にて外国株式事業やラップ運用事業を立ち上げる。業務範囲は海外に広がり、インドネシア、台湾、マレーシアなどアジア各国にて新規事業の立ち上げや法人設立を経験し、各法人のCEOおよび取締役を歴任。現在は法律事務所の顧問や、複数のベンチャー企業のCFOも兼任している。日本証券アナリスト協会検定会員。
株式会社マネネ
●Twitter : @KoheiMorinaga 

<クレジット>
取材・文/香川誠
撮影/横田達也