一般社団法人Colabo代表理事・仁藤夢乃さん

「すべての少女に『衣食住』と『関係性』を。少女から搾取しない社会へ」を目標に、虐待や性暴力などが原因で孤立・困窮した中高生世代を中心とする女子を支える活動を行っている、一般社団法人Colabo代表理事の仁藤夢乃さん。自身も渋谷の街をさまよう女子高生だった、というご自身の経験から活動を始められた彼女へのインタビュー後半では、少女たちを危険から守るために必要なことについてうかがいました。

(前編はこちら)

■「見えない」ことにされている少女たち

──前編の最後に「警察の厳しい取り締まりによって、夜の街をたむろする女の子たちは一見するといなくなったように感じられるが、実はもっと孤立していて、困難を抱えている」というお話がありました。

今回、仁藤さんにお話しをお伺いできるということで、事前に当社(ライフネット生命)の社員のお子さんに、Colaboの活動について質問はないか聞いてみたんです。その子は高校生なのですが、彼女も友人たちも家が大好きなので、安心して過ごせる場所がない中高生がたくさんいるということに驚いた、ということでした。

仁藤:私たちの活動で関わるのは、貧困家庭だったりシングルマザーだったりする子が多いですが、中には意外と、進学校に通う子やいわゆるお嬢さまという子も結構います。また、実は、ちゃんと職があって経済的に安定している親だけど、子どもに対して虐待やレイプをしていたということが、結構あるんです。

でも経済的に困っていない家庭の子たちは、周りに同じような境遇の子なんていないと思い込んでいて、しかも学校の先生も、そういう環境に理解がなく頼りにくい、という場合もあり、本当に孤独です。

私も実は中高一貫の女子校に通っていました。だから家庭は経済的に困っていなかったし、高校中退後予備校に行って、無利子の奨学金は借りたけど大学に行くことができました。

なので、家に帰れないということを“自分ごととしてとらえることができない”という子たちも、「もしかしたらそういう思いをしている子がそばにいるかもしれない」と考えてみることがすごく大事だと思います。なにかしてあげることはないかと考えるよりも、まずは、「そんな子いるわけないよね」とか「そんなの自己責任でしょ」というふうに思わず、世の中には居場所がないと感じている子がいるんだということを知ってほしいです。

──当事者の女の子の気持ちに寄り添う、というのは、なかなか想像が及ばないこともあり、難しいことですよね。その子も、新聞や本を読んだりするので子どもの貧困や虐待というのは知識としてあるけれどリアルではない、と。むしろ、その子やその子の友だちにとっては、Tsubomi Caféを利用するような状況にある中高生は、海外の貧困や紛争といった問題点よりも遠い存在なのかもしれません。

仁藤:すごくよくわかります。途上国の話を聞いて「かわいそう」「助けなきゃ」と思う人は多いですよね。私も、大学に通ったのは、高校をやめた後、フィリピンの支援活動をしていた恩師に出会い、フィリピンに連れて行ってもらったときの経験があったからなんです。

フィリピンのマニラの繁華街には、日本人向けの夜のお店がたくさんあったんです。街頭で日本人に対して売られている女の子たちは、日本人が経営してる店で働かされていました。当時の私と同じ18歳ぐらいの子たちが、日本の男たちに買われている──その光景をみたときにすごくびっくりして、「渋谷で声を掛けてきた男たちと同じ!」って思ったんです。「なんでこの人たちは、こんな海外まで女の子を買いに来てるの?」って。

これは渋谷でさまよっていた私たちだけの問題じゃなくて、もっと大きいことなんじゃないか、と考えました。だけど一緒にフィリピンに来ていた学生たちに「日本でも同じような現状があるよ」という話をしたら、「映画みたいだね」とか「そんなこといまの時代にあるの?」とか、「日本は誰でも努力すれば大学に行けるよ」みたいに言われたんですよ。すごくびっくりして。本当に分断されていると感じました。

でも一方で途上国の子どもに対する「かわいそう」「助けなきゃ」という視線も違うなって。他人事として対象化しているからそう思えるのだと思いますが、日本の問題となると、自分が当事者に近いからこそ見えにくい。無意識の加害者性や、大人の責任に対して向き合っていない人が多いんだな、ということに気づきました。

──我が子の反応や話から、社員は「知らない」ことはつまり「いない」ことになっている、と感じたと言っていました。仁藤さんが前編でおっしゃったように、表面に出てこない子どもたちがいることを「自分ごと」としてとらえてもらうには、とてつもない断絶感があるように思えます。

仁藤:そうですね。私もフィリピンでの気づきがあって、社会のことを勉強しようと思って大学に入って、Colaboの活動を始めたんです。子どもたちが知らないことは、大人が教えてないから当然だよね、と思います。大人の責任だと、本当に思いますね。そういう現状に蓋をして、ないものにしてしまっているから、子どもたちもどんどん「そんな現実があるの?」とか、知ったとしても「自分とは別のこと」みたいに感じてしまう。

日本では女子高生が「JK」と呼ばれ、性的に価値が高いものとして売られていますが、海外ではそんなことは有り得ない。海外からの取材の方が「なんでそんな状況が野放しになってるんだ」とショックを受けるくらい。「JK」という言葉も、もともとは買春者が隠語としてつくった言葉なんです。私も高校生のとき使っていましたし、いまの子も普通に使っていますが、そういう言葉がそんなに広まってしまっている、というのが現実ですよね。

“「女子高生」っていうだけで性的に消費される社会はおかしいよね”“それって私たちの問題でもあるよね”と、日本の人権意識が高まって、女子高生たちがそれぐらい思えるようになって欲しいと思いますけど、そのためには大人がこういう現状に「NO」と言わないと。「うちの子は大丈夫」と思ってる家庭の子どもこそ、被害に遭っていたりするんです。

■罰せられるべきは子どもではない

仁藤:もし性的搾取の被害に遭ったとしても子どもは悪くありません。なぜなら子どもを取り込む大人の手口があって、売りたい大人と買いたい大人、その需要と供給の間で子どもが商品化されているのが悪いからです。日本ではどうしても「子どもの性非行」「子どもの問題」ということにして、子どもを叱ったり取り締まろうとしたり、いまでもそういう対策ばっかりなんです。加害者ではなくて被害に遭った側を責める風潮が、特に性の問題にはあって、性暴力の場合でさえ、日本では被害者が責められる。

児童買春のことが「援助交際」っていう言葉で語られるのも、世界で日本だけなんですよ。お金や家を持ってる大人が子どもを買っているわけだから、そんなの「援助」じゃないし「交際」でもない。支配と暴力の関係性だって、考えればわかるはずなのに、「子どもの非行」みたいに大人がとらえているのが本当におかしい。

例えば、日本では1990年代にブルセラブームが起こったとき、一部の社会学者や大人たちが「少女が好きで体を売り始めた」みたいなことを言ったり、メディアも「少女たちがブランド物欲しさに……」みたいな報道をしていました。

Colaboでは「私たちは『買われた』展」という、性的搾取や性暴力の当事者が声を上げる作品展を行なっているんですが、展示を通して、そのような90年代に中高生だった女性たちから、「私も彼女たちと同じです」「当時はこういう事情があったんです」と、300通近くものメッセージが届きました。「少女たちが好きでやっている」という風に大人が語った、その責任すら見えなくされてきたんだなってすごく感じました。

仁藤:だから、子どもではなくて、「買う側」の問題に目線を向けなきゃいけないと思います。日本には「売春防止法」という法律がありますが、これは「売る側」を取り締まろう、しかも、売るのは女性のほうだという発想の法律なんです。「JKビジネス」とかも、売るのも買うのも大人、その間でスカウトされて商品にされているのが子どもなのに、「売春防止法」五条の「勧誘罪」では、勧誘した罪というのは売る側にしか適用されないんですよ。でも、街で未成年の女子に声を掛けているのは大人なんです。大人は女の子に声を掛けても捕まらないのに、女の子はツイッターで会う相手を募集して逮捕されたケースもあります。

これってすごく女性差別が根深い仕組みになってしまっていると思いませんか。変えなきゃいけないことがたくさんあって大変なんですけど、一つ一つやっていくしかないなと思ってます。

■日本の大人たちに求められていること

──Colaboの活動に必要なこと、そして居場所のない少女たちを守るために必要なことは何でしょうか。

仁藤:Colaboは市民の方たちのご寄付に支えられています。こういう活動が必要だよねと思ってくれる理解者・応援者が増えて支えてもらえることが、一番必要だしありがたいことです。

でもこれを読んでくれた大人の方には、まずは“子どもが何かあったとき思い出す顔”になって欲しい、と思います。

中高生くらいになると親や先生には言えないことも絶対出てきます。それはむしろ成長の段階で必要なことですよね。だからそれをなんでも管理しようとするのではなくて、家や学校以外に信頼できる大人との関係性がいくつもあって、困ったときに頼れる人がいる、そういう状態を、小さい頃から地域の人と交流させてつくっておくことが大事だと思います。

もっと小さいお子さんがいる親御さんは、なるべく早いうちから性教育をした方がいいと思います。小学校に入る前の被害もいっぱいあるんです。

──ほかに、家庭の中で親が普段からできることや、気にかけておくべきことはありますか?

仁藤:Colaboに来る子は、普段の人との関わり合いの中で、対等な関係性を見たことがない、という子がすごく多いんですよ。例えば家ではお父さんが偉い存在、学校では先生の言うことが絶対で、自分の頭で考えずに言われた通りにするだけの子が多いです。なので、自分の意見を持ったり、意見を言ったりすることは悪いことではなくて、そういう対等な関係性はいいことなんだよ、と生活の中でお子さんに伝えて欲しいな、と思います。

ピンクバスでも、「飲み物どれにする?」とか「これかこれどっちかあげるけど、どっちがいい?」と必ず聞いて、子どもが自分で「選べる」ということを大事にしています。そういう小さいことからでもいいから、その子の意思を尊重する、ということを、家庭の中でも当たり前にして欲しいです。

でも、家庭の状況はそれぞれ。子どもだけでなく親も、病気や障がいなどさまざまな事情を抱えていて、職場や学校の親同士の関係の中で孤立している場合が多い。

だから、その子の家庭の問題に気づいたとき、見なかったふりをするのではなくて、「大丈夫?」「気にかけてるよ」という些細な一言でも、「Colaboみたいなところがあるよ」という紹介でもいいので、声を掛けてもらえたらいいなと思います。

──同世代の10代で、困っている子たちに何かしたい、と思っていても、 “上から目線”だとか、“急にそんなこと言われても”と思われるのでは、という不安から一歩を踏み出せない、という子どもは多いと思います。そんな子どもたちは、どんなことができるでしょうか。

仁藤:Colaboの活動に興味を持ってくれていたり、困っている子たちになんとかしたい、と思っている子が、困っている子と一緒に「マジそういう大人許せない」「加害者許さない!」とか、「大人たちが言ってる『援助交際』っていう言葉おかしいよね」とか、そういう声を上げてくれると、当事者の子たちもうれしいんじゃないかなと思いますね。難しいことかもしれないけど、“自分の問題”として考えてほしいし、「いま自分には何ができるんだろう」って、考え続けて悩んで欲しいなと思います。簡単に答えは出ないから。そのためにもいろんな他者と出会って、問題も答えも一つじゃない、ということを知って欲しいです。

でも女の子たちの性的搾取の問題は、「女子高生」に価値がある、そういう風潮にした大人の問題。声を上げたときに受け止める、その力量もなさすぎ。女の子が、おかしいことに声を上げられる、被害を被害だって思える、そういう社会にしていかないと。私も大人なので、がんばろうと思っています。

<プロフィール>
仁藤夢乃(にとう・ゆめの)
1989年生まれ。中高時代に街をさまよう生活を送った経験から、女子中高生の支援を行っている。夜間巡回や声掛け、相談。シェルターでの一時保護や宿泊支援。食事・風呂・文具・衣類の提供。児童相談所や病院、警察などへの同行支援。自立支援シェアハウスや虐待や性暴力を経験した少女たちの自助グループの運営を行っている。第30期東京都「青少年問題協議会」委員。厚生労働省「困難な問題を抱える女性への支援のあり方に関する検討会」構成員。

<クレジット>
取材・文/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
撮影/横田達也