島田由香さん(ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役人事総務本部長)

「労働生産性の向上」「残業時間の短縮」──官民挙げて進められている働き方改革でも、最も注目されているワードは「生産性」でしょう。しかし、「そもそも生産性とは何か?」という問いに対して明確に答えられる人は、それほど多くないのではないでしょうか。

そのとらえ方によって、働き方改革の目指す方向は大きく変わります。社員全員が自分らしく働き、それぞれのライフスタイルを楽しむために、私たちは何を目指せば良いのでしょうか。

すべての社員が働く場所や時間を自由に選べる新しい人事制度「WAA(Work from Anywhere and Anytime)」の立ち上げに携わったユニリーバ・ジャパン取締役 人事総務本部長・島田由香さんをライフネット生命にお招きし、多くの人が抱く「生産性とは何?」という疑問に答えていただきました。 (前編はこちら)

■「インプット=私たち」を大事にしなければ、良質なアウトプットは生み出せない

いきなりですが、私は「生産性」という言葉がきらいです。会社の上司から「生産性を上げなさい」と言われて、「やるぞ!」と思う人なんて、ほとんどいないのではないでしょうか。

みなさんは、「生産性」とは何だと思いますか? アウトプットを出すこと。成果を出すまでの時間を短縮すること。売上を伸ばすこと。今までできなかったことができるようになること。たくさん挙げられますね。

「生産性とは何か」という疑問を社内で議論をしているうちに、気付いたことがあります。生産性には、アウトプットの量、質、かかる時間、あるいは、子育てや介護との両立など何でも当てはめることができるのです。つまり、生産性は、その会社が決めるものだと言えます。

私が「生産性」という言葉がきらいな最大の理由は、そこにあります。一般的な生産性とは、会社の視点で定義されたものです。例えば、人員を減らして従来のアウトプットが出せれば、生産性が上がったということになりますよね。

アウトプットを出すためには、インプットが必要です。では、インプットとは何でしょうか。答えは、会社で働く社員全員です。社員のみなさんが、どのようなマインドセットを持って生きているのか。健康状態はどうか。モチベーションはどうか。今、ハッピーなのか。どんな感情を抱いているのか──これらのすべてを考えなければなりません。

例えば、風邪をひいているときに企画書を作っても、よい企画は生まれにくい。大切な会議の前に怒り心頭になる事件が起きて、心が乱れた状態で参加をしても、いい成果は出せませんよね。

私たちの存在すべてがインプットです。インプットを大事にしないと、アウトプットにも影響が及び、その結果は私たちに返ってきます。

そこでユニリーバでは、「生産性」を再定義しました。それは、社員全員が「生」き生きと、「産」み出したくなる状態。一度、これでよし! と思いましたが、自分の中でまだ納得がいかず、さらに2、3か月ほど考えてみました。

■社員にとっての生産性と、会社にとっての生産性

会社にとっての生産性とは、少ないインプットで大きなアウトプットを生み出すということです。これは非常に明確です。時間、人員数、コストなどのリソースをなるべく少なくして、成果物の質や量を高めるのです。

では、社員にとっての生産性とは何か。当社では、社員アンケートで「あなたの生産性が高い時とは、どういう時ですか? 自由に書いてください」と聞いています。前提として出てきたのは「自分自身の健康状態がよいこと」や、「仕事の目的や責任範囲が明確であること」です。

それに加えて、95%の人が二つの言葉を書いていました。

一つ目のワードは「集中」。多くの人は、集中している時に生産性が高いと感じています。ここでぜひ考えたいのは、「集中できる状態」をどのように作り出せばよいのか、ということ。興味深いデータがあるのですが、人は深い集中に入るまでに23分間かかると言われています。ところが、会社では平均で11分に一度、仕事を中断されているのです。

仕事中、「ちょっといいですか?」とよく聞かれませんか? あるいは、自分自身が他の人に言っていませんか? 電話やメールで仕事が中断されることもありますよね。会社は実は集中するのがとても難しい環境なのです。

二つ目のワードは、「余裕」。時間に余裕があるとき、スケジュールに余裕がある時、心に余裕があるとき、多くの人は生産性が高いと感じます。

もう一つ、生産性について付け加えたいのが、85%の人が生産性を上げるためには、付加価値を生まない無駄な作業をなくす必要があると答えていたということです。この中には、通勤も含まれています。

勉強会での様子

このように、会社視点の生産性と社員視点の生産性との間には、これだけ大きな違いがあるのです。どちらも重要で、無視することはできません。そこで私は、「生産性」に代わる言葉をもう一度考えてみました。

■「生産性」と「幸せ」の関係

私がたどり着いた答えは「幸性(しあわせ〜)」という言葉です。もちろん、「幸せ」と「生産性」をかけています。こちらの方が「生産性」という言葉よりもクスっと笑えてワクワクしますよね。

ですので、私は社員に「生産性を高めてください」ではなく、「あなたが幸せである状態を目指してください」と伝えています。カリフォルニア大学の心理学者ソニア・リュボミアスキーは、20年間の研究の結果、幸せな人は、幸せでない人より営業成績が37%高いという結果を出しています。さらには、創造力は3倍にも伸びたという結果が出たのです。

今、多くの企業が「イノベーション」を求めていますが、創造力がなければイノベーションなど起きません。幸せでいることで営業成績が上がり、生産性や創造性も高まり、イノベーションが起こるのであれば、私たちは幸せでいればいいのではないでしょうか。これが、私の答えです。

■今一度、立ち止まって考えて欲しい。「幸せって、どういうこと?」

 

さて、ここで次の疑問が生まれます。「幸せって、どういうこと?」
ぜひ、自分自身にきいてみてください。あなたは、何をしている時が一番幸せですか? 決してお花畑でリラックスすることや、好きなだけお金をもらえて毎日遊んでいることだけが幸せとは限らないですよね。

本気で自分が打ち込めることがあり、本当に好きなこと、やりたいこと、得意なことをやることが、誰かの役に立ったり、社会に貢献したり、生きている目的と結びついていると、幸せだと思いませんか?

では、人生の目的を見つけるためには、どうすればいいのでしょうか。

まずは、それを見つけようと思わないことです。誰にも必ず、人生の目的はあります。「目的を見つけるために、ああしなきゃ、こうしなきゃ」と思えば思うほど焦りますし、自分の本音とは違うことを考えてしまいます。「こうしなきゃいけない」ではなく、「こういうことをしたい」という意識で動いていただきたいのです。

シンプルに、ワクワクすることをやる。これだけやっていれば、人生の目的は勝手に見つかります。仕事の中でも、ワクワクすることが一つはあるはずです。難しいプログラムを作れたとき。誰かの笑顔が見えたとき。どんなに小さなことでもいいんです。基本的には、自分の好きなこと、得意なことです。ワクワクすることが分かったら、それに集中してください。

■ワクワクをチーム全体に広げる

仕事はチームワークですから、ワクワクすることをシェアできる環境を作ることも重要です。私は、「ワクワクすることが本当に分かりません」という人のためにセッションをすることがありますが、最初は仕事や人生に関係なく、「あなたは何をしている時にワクワクする?どんなときに笑顔になる?」というトークを1時間ほど徹底的に行います。チームの中で、ワクワクすることをシェアするのです。

このやり取り自体が、自分のやりたいことを素直に言い合える関係性を築くことにつながってきます。ここで大切なのが、何を言っても受け入れてもらえるという「安心・安全な場所」を作るということ。「これを言ったらバカにされるのではないか」「評価に響くんじゃないか」「やる気がないと思われるんじゃないか」──そんな不安が、誰の心の中にも潜んでいます。それらをなくすには、リーダーの役割が非常に大切です。

ポイントは二つ。チームのリーダーが、自らどんどん自分の心を開示していくこと。もう一つは、相手のいいところを見つけたら褒めること。これは全部、成果として返ってきますし、チームの中で信頼関係が確実に構築できます。こうした積み重ねが、チームの生産性、すなわち「幸性」を高めていくのです。
(了)

<プロフィール>
島田由香(しまだ・ゆか)
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社 取締役人事総務本部長。
1996年慶応義塾大学卒業後、株式会社パソナ入社。2002年米国ニューヨーク州コロンビア大学大学院にて組織心理学修士取得、日本GE(ゼネラル・エレクトリック)の人事マネジャーを経て2008年ユニリーバ入社。R&D、マーケティング、営業部門のHRパートナー、リーダーシップ開発マネジャー、HRダイレクターを歴任し、2013年取締役人事本部長就任、翌年より現職。米国NLP協会マスタープラクティショナー、マインドフルネスNLP®トレーナー。日本の人事部HRアワード2016 個人の部・最優秀賞受賞。

<クレジット>
取材/ライフネットジャーナル オンライン 編集部
文/森脇早絵
撮影/横田達也